弐
「警部補、そろそろ会議を始めるそうです」
福嗣署の刑事部に設けられた会議室の前にあるソファで、Rineを使って皐月に連絡をしていた大宮に対して、書類を手に持っている葉月がそう声をかけた。
「あぁすまない。話を聞く限りだと、かなりの惨殺だったみたいだね」
「詳しいことはこれから岡山県警のかたが説明してくれるそうです」
葉月は手に持っている書類を目で追う。
そこには『現場には熱風で焼けただれた首だけが見つかり、近くの釜から人間の骨と思われるものが発見されている』と記されている。
岡山県警の刑事たちが来る前、事件の内容が要約されたメールが大宮たち捜査一課に届いていた。
「現場には被害者が作製したとされる刀が発見されていて、検査をしたところ、被害者の血液反応があったそうです」
「つまり、凶器は発見された刀ということか」
「……とは限らないわよ」
自分たちと違う声が聞こえ、大宮と葉月はそちらへと視線を向けた。
そこには白衣姿の月が立っており、葉月と同様に書類を手に持っていた。
「刀はあくまでカモフラージュでしょうね。発見されたのが首だけだったということを考えれば、直接的な死因はまだわからないわ」
「ですが岡山県警の話では、発見された村工場の中にある土釜の中で骨が発見され、そのDNA鑑定をしたところ、殺されたのは卜部輝一という刀工だと」
「葉月ちゃん、刀で殺される場合、死因はなにになると思う?」
そう訊かれ、葉月はすこしばかり考え込んだ。
「えっと、刺されるか、斬りかかった時に……出血多量によるショック死?」
その答えが正解だと言わんばかりに、月はうなずいてみせた。
「その考えたもっとも多いわね。だけど発見されたのは被害者の首だけ、その首は焼け爛れていて身元が判明できない。といっても、太古の昔だったらの話で、今はDNA鑑定が精密になっているからすぐにわかっただろうね」
月は視線を会議室の方へと向けた。
警視庁福嗣署の捜査一課と、出張でやって来た岡山県警捜査一課の面々が集まっており、警官たちは各々設けられた机に坐っている。
「むこうはあらかた犯人に勘付いているみたいだし、話を聞いてみましょう」
月の言葉に、大宮と葉月は「わかりました」とうなずいた。
「それではこれより、岡山県で発生した焼死体事件における合同捜査会議をおこないます」
会議場の上座に位置する場所には、刑事部長の灰羅。
右隣に捜査一課長の江東という五十を過ぎた初老の男。
左隣に岡山県警から来た椎名武彦という四十代前半の刑事が坐っている。
「事件が発生したのは、今から二年前(二〇三二年)の八月七日。岡山の北部にある村で刀鍛冶の見習いであった楽々森が出勤したところ、その工場を任されている刀工卜部輝一の姿がなく、卜部の自宅や村近辺などを探したが見つからなかった。それから一時間したあと、工場から肉が焼けた臭いがしだし、その場にいた刀工見習いの楽々森彰、卜部の義娘である卜部麗白、白銀師の犬飼吏人。この三人が遺体を発見しています。土釜の前に首だけが残されており、通報を受けた我々岡山県警が現場に駆けつけたところ、あちらがすでに土釜の火を消し、中をかきだしたところ、中から人間の骨が出てきております」
椎名がそう福嗣署の刑事たちに説明した。
「ひとつお聞きしてよろしいでしょうか?」
福嗣署側の刑事の一人が挙手する。
「その白銀師というのは?」
「刀を鞘に収めるさい、刀身がズレたり、傷つけないように固定するためのハバキを作製したり、鍔や柄の装飾である目貫などを製作する専門の刀工ですね」
本来、椎名が応えるべき質問を、葉月がかわりに答えた。
「ほう、よく知っておるな黒川巡査長」
感心したように灰羅は葉月に視線を向ける。
「資料をもらってからネットで調べてみましたが、亡くなった卜部という刀工は、よほどこだわりがあったと思われるのですが?」
「こだわり……とな?」
葉月の質問に、会議室にいるほとんどの刑事たちがざわつき始める。
「卜部輝一の作品として発表している刀のすべてが無垢鍛えと呼ばれるもので、作製に一年以上はかかると思われるのですが」
「そちらの婦警がおっしゃるとおり、卜部輝一の作品はすべて無垢鍛えと呼ばれる製法で作成された刀です。これは玉鋼と呼ばれる刀の元となる金属のみで作成されたもので、刀の多くは小分けされた玉鋼の炭素量によって心鉄、刃鉄、皮鉄部分に分けられ、それを積沸しという作業で様々な組み合わせにして刀が鍛錬されていきます。しかし卜部輝一の作品はすべてそれがほどこされていない。まさに玉鋼を無垢のまま刀剣とするんです」
「それはどれくらい難しいのですか?」
「できあがる確率は数本に一本という割合と言えますね。それだけ難しいものなのです」
「作品ということは、美術品として取り扱われていたようですが、盗難の被害届はなかったのですか?」
「いえ、そのような報告は今のところありません。また拳銃と違い、刀剣は都道府県別の教育委員会から発行される登録証があれば誰でも所有できるものですが、高値の作品に対しては美術館が厳重に管理をしているという報告を受けております。それから犯行に使われた刀は、たしかに卜部輝一の作品ではありましたが、居合い斬りの演舞用に作製されたもので、まだ柄などが付けられていないものでした」
「卜部に対する怨恨の可能性は?」
「こちらの初動で、そのような考えもありましたが、事件当時、卜部に恨みを持っていた人間のアリバイはすべて完璧でした」
椎名が説明していく中、葉月の隣に坐っている岡崎が、「楽々森と麗白、犬飼。この三人のアリバイは?」と挙手した。
「さきほども申しましたが、被害者がいつ殺されたのかがわからないのです」
「ではなぜ、今回の事件において犯人がこちらに潜伏している可能性があると思われたんですか? 殺害された時間がわからない以上、アリバイがないようなものですが?」
葉月がたずねた時だった。
「アリバイがないことがアリバイになっている……ということですかな?」
灰羅が椎名を一瞥する。椎名は応えるようにうなずいた。
「えっと、それはどういうことですか?」
福嗣署の刑事たちは怪訝な表情で椎名に目をむけた。
「卜部を最後に見たと言ったのは義娘の麗白だけです。彼女の証言では事件前日の八月六日晩十一時。明日も早くなると卜部輝一が先に自室で休んだとのことです。その翌日朝五時に家を出たのを音で確認したようです。戻ってきたのはそれからしばらくした五時三十分ごろ。それから六時に朝食をすませ、八時前に工場へと出かけていった。これが卜部を最後に見るまでの経緯となっています」
「それから楽々森が工場におとずれたのは?」
その問に対して、椎名は「午前九時前と楽々森が証言しています」と応える。
「犬飼という白銀師が工場をたずねたのは?」
「そちらは午前十時ごろですな。なんでも装剣のデザインについてアドバイスをもらいに来ていたそうです」
「卜部の遺体が発見されたのは?」
「楽々森が探し始めたのは午前九時。それから発見されたのは十時ころとされていますから」
「麗白という女性が最後に見たのは午前八時ごろなら、行方不明になったのは二時間のあいだということになりますね」
「ですが、その麗白という女性が犯人という可能性が一番ではないのですか? 被害者を最後に見たのは彼女ですから」
飯塚がそう挙手する。その問いに椎名は困惑した表情を見せた。
「……もしかして発見される前、楽々森が工場に入った時、まだたたらの中に火がなかったと?」
「いえ、炎はすこしですが燃えていたようです。それから楽々森の証言では、自分が工場に入った時には先生の作品は片付けられていたとのことです」
「そうなると、殺害現場はその工場で間違いはないということですね」
「そういうことになります。発見された刀には卜部の血が付着されていたのと、地面に大量の血が飛び散っていました」
椎名は説明しながら、上座の壁に貼られたスクリーンにプロジェクターの映像が映し出されている。
その映像には刀鍛冶の工場の床に血の痕が広がっていた。
「犯人は返り血を浴びていたはずだろうから、捨てる暇もなかったでしょうね」
「それはないと思いますよ。布は燃えますから、首を切り落とし、遺体と一緒に返り血を浴びた服も燃やせば証拠隠滅になります」
飯塚の言葉をさえぎるように、葉月は言った。
「布は完璧に炭素となっていました。布の性質は調べられますが、どこにでもある布ですから、判別が難しいんです」
椎名はためいきをつくように答えた。




