表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姦~妖華絢爛~  作者: 乙丑
第五話・ヒダル神
36/67


『ヒダル(かみ)


 人間に空腹感をもたらす憑き物で、行逢神または餓鬼憑きの一種。主に西日本に伝わっている。

 山道などを歩いている人間に空腹感をもたらす悪霊の類をいう。これに憑かれると、歩いている最中に突然にして激しい空腹感、飢餓感、疲労を覚え、手足が痺れたり体の自由を奪われたりし、その場から一歩も進めなくなり、ひどいときにはそのまま死んでしまうこともあるという。

 これに憑かれるとされる場所は大抵決まっており、山道、峠、四辻、行き倒れのあった場所などが多い。

 土地によっては火葬場や磯でも憑かれるという。

 和歌山県では、熊野の大雲取、小雲取(現・東牟婁郡新宮市と那智勝浦町の間)という二つの山のあたりに餓鬼穴という深い穴があり、そこを覗くと必ずヒダル神に遭ったという。



 六月も中旬を過ぎれば、雨の足音も頻繁に聞こえてくる。

 六月十二日(月曜日)。その日は昨夜未明から雨が降っており、外は明るくも、どんよりとした雲で空は鬱蒼としている。

「ふぅ……」

 そんな窓の外を窺いながら、葉月はデスクワークに勤めていた。

 ふと、視線をパソコンのモニターから大宮に向ける。その大宮は係長机に座って、葉月と同じようにパソコンに視線を向けていた。

「お昼、どうしますか?」

 それを聞くや、大宮は壁にかけられた時計を一瞥した。

 午後十二時になろうとしている。

「もうそんな時間か……」

 大宮はすこしばかり考える仕草を見せる。

「岡崎たちが戻ってきてからでいいかな? 場所はいつもの店ってことで」

 そう言われ、葉月はうなずいてみせた。


「あぁ、二人は聞き込みに出ていなかったのね。すこしいいかしら?」

 鑑識課の(ゆえ)が、刑事部に入るや、葉月と大宮に声をかける。

(ゆえ)さん、どうかしたんですか?」

「そんなたいしたことじゃないのよ。忠治くんたちは今どんな事件を調べていたんだっけ?」

 (ゆえ)が首をかしげるようにたずねる。

「えっと、昨夜発見された女性の他殺体の調査ですね。部屋は窓とドアの鍵が閉められていて、発見したマンションの大家の話では部屋から悪臭がするということで部屋の鍵を開けると、女性が台所で倒れていて、死後七時間が経っていた。そして遺体の腹部に刺し傷があったことから他殺と判断して、ローテーションでうちの班が担当している事件です」

 葉月の説明を聞きながら、大宮は(ゆえ)に視線を向ける。

「それとなにか関係しているんですか?」

「その遺体についてなんだけど、腹部の皮下脂肪が妙にすくなかったのよ」

 その事件の鑑識と司法解剖をしている(ゆえ)は、皮膚の切除の時に違和感があったことを報告する。

「その遺体の(あばら)が浮き出ていて、拒食体質だったのかって思ったのだけど正解だったわ」

「それって、たしか食事を取ろうとしても、身体がそれを受入れないっていう、精神科の病気でしたっけ?」

「そうだけど、まぁ葉月ちゃん()()()()には、昔から無縁な病気だろうけどね」

 そう言いながら、(ゆえ)は含み笑いを浮かべる。

「ちょっと、それってどういう意味ですか?」

 意味がわからず、さらに笑われたため、葉月は不服な表情で頬をふくらませた。

「だけど(ゆえ)さん、こっちはまだそういう報告を受けていないのだけど?」

「あぁ、私の夜叉を使って調べてもらったのよ。本当なら君たちが調べることなんだろうけど、こっちは司法解剖もしているから、病院に入院や通院がなかったかって調べることができるからね」

 大宮の問に、(ゆえ)はさぞ申し訳もない表情で応える。

「まぁそれはしかたがないですし、こっちもそれを知るまでに余計な時間がなくなって助かりますからいいんですけど、それじゃぁ被害者には病院の通院履歴があったということですね」

 葉月があきれた表情でそうたずねると、(ゆえ)はちいさくうなずく。

「被害者の財布から病院の通院カードもあったし、それは間違いないわね。ただねぇ……」

「どうかしたんですか? (ゆえ)さんの話を聞くかぎり、被害者は拒食症にかかっていた可能性があったということですよね?」

「それなんだけど、鑑識って、遺体以外に部屋の隅々から、それこそ冷蔵庫の中まで見るんだけど、その中にタッパーに入ったサラダとか煮物とかのおかずがいくつか入っていたのよ。ただ、その量が妙でね」

「妙……ですか?」

「自分が拒食症ってわかっているなら、無理しない程度の量を作りおきしているはずなのだけど、冷蔵庫に入っているタッパーは半人前どころか、二人前くらいは作ってあったのよ」

「作りおきなんですから、一週間分は置いてあったんじゃないんですか?」

「葉月ちゃん、もう一度たずねるけど、拒食症はどうしてなるんだっけ?」

「えっと、無理なダイエットで、食事制限や偏食をしたさいに陥るやつでしたっけ?」

「そうね。でももうひとつあるのよ。ダイエットに成功したあと、もっとも気をつけないといけないのってなにかしら?」

「と言われても、私ダイエットとかした覚えがないからなぁ。爺様や瑠璃さんに言われたとおり、よく食べ、よく動き、よく寝るをしっかりやってればいいって言われていたし、体重は気にしても、別に自分の身体に不満があったわけでもなかったから」

 葉月は眉をしかめる。それを聞いて、(ゆえ)は質問した相手を間違えたと頭を抱えた。


「ダイエットってのは見た目を良くしたり、体重を減らしたりが一番の理由なの。つまりダイエットに成功しても、食事制限をしていたら栄養失調を引き起こして、身体が異常な食欲を促す。そしてそれがリバウンドとなって過食になるんだけど、もともとダイエットとして食事制限をしていたというストレスが元で、食べたものを吐き出し、拒食症になってしまうってわけ」

「それじゃぁ、被害者はその傾向があったと?」

「ええ。ただ妙なのはそこだけじゃないのよ。忠治くん、初動の報告ではどうなってるの?」

 そう訊かれ、大宮は机の上に広げていた昨夜未明に行われた会議での資料に目を向けた。

「殺されたのは(さかい)真魚(まな)、二二歳、OL。F商事に勤めていて、現在一人暮らし。近辺住民の話では、男の線ありみたいですね」

「でもそれだったら、鑑識はもう知ってるとばかり、被害者以外の指紋とか部屋を調べればすぐ見つかりそうですけど」

「それなんだけどね、やっぱり発見までに七時間以上経っていることがネックでね、加害者が自分の髪の毛や指紋を消す時間はいくらでもあったと思うのよ。それこそご几帳面にテレビ台の裏までなにもなし」

「部屋が綺麗なのはいいけど、鑑識に取ってはたまったものじゃないと」

「そういうこと。それこそベッドの上も綺麗になっていて、思わず“ホテルの清掃員か”って、ツッコミたくなったからね」

 (ゆえ)はそう言うと、鑑識課のほうへと消えていった。


 葉月は(ゆえ)を目で追いながら、彼女が刑事課を出て行ったのを確認するや、大宮のほうへと振り返った。

「岡崎さんと飯塚さんに連絡したほうがいいんじゃないですかね?」

「殺された堺真魚が拒食症だったことをかい?」

「それもありますけど、まず男性の方ですね。その人にアリバイがあるかどうかですけど」

「今考えられるのは、その男性がなにか知っている。もしくは犯人だということか」

「――しかも同居していたとなれば、もっとも怪しい人物となります」

 それは大宮も考えていた。

 発見時、被害者の部屋の鍵は閉められていた。チェーンロックがかけられていなかったため、外から鍵が閉められている。

 また犯人は用意周到だったのか、自分のものと思われるものはすべて持ち去っている。

 防犯のために男物の下着を持っている一人暮らしの女性も少なくないため、堺真魚もそうなのではないかと考えてしまい、初動がおかしな方向に行ってしまう。

 いつの時代においても、事件捜査の初動がもっとも重要になってくる。


「昨夜の会議で警部補が言っていた“近辺に下着泥棒の実例はないか”についてですけど、こうなることを予想してのことですか?」

「あぁ、被害者は美人だった。彼女の下着を盗もうとしている人間だっていたかもしれないと思ってね」

 そう説明する大宮を見ながら、葉月はちいさく笑を浮かべる。

 その意味深な態度に、大宮は怪訝な表情を浮かべた。

「いや、いちおう大宮警部補は、私の姉の夫になりますから、先ほど言ったことを皐月お姉ちゃんにリークしようかなって。別にどんな感想を持ってもいいけど、フラフラッとどこかに行かないように」

「さすがにそれはないよ」

「ありゃ? キッパリ言われた。もっと焦るかと思ったのに」

「これでも皐月と結婚して十八年も経つからね。彼女と付き合っていた時期を加えたら、もう成人を迎えているよ。それに彼女には不満なんてないし、他の女性に目移りするどころか、自慢の奥さんだって言いたいくらいだ」

 大宮は胸を張ってそう言う。

 それを見ながら、からかうつもりが、逆に惚気話(のろけばなし)を聞かされたと、あきれた表情を浮かべる葉月であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ