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姦~妖華絢爛~  作者: 乙丑
第四話・否哉
33/67


 六月七日《その日》の、午後七時をすこし過ぎた頃である。

 稲妻神社を訪ねに来た葉月が、瑠璃からの宿題についてわかったことを報告していた。

「それじゃぁ、あのプラスチック製の千枚通しはあくまで脅しに使われただけでってこと?」

「うん、前にも話してるけど、先端にすこし血が付いているだけで皮膚にその痕がなかったんだよ。ただちょっと気になる部分はあったみたいだけどね」

「気になる部分?」

「どうして実験室にそんなものがあったのかってことだね。犯人がわざと、それが凶器だと思わせるためと上は考えているみたいだけど、どうもこれも利用していたんじゃないかって(ゆえ)さんは思ってるみたい」

「ですが、死因はショック死ですよね? 出血時によるショック死だと(ゆえ)は言うでしょうし、ということはそれがなかったからこそ、あなたたちはあくまで千枚通しは脅しに使った以外になにかあると思っていますか?」

 瑠璃にそう訊かれ、葉月はうなずいてみせた。

「ただ皮膚にそういった損傷が見つからなかった。いやあったといえばあったみたいですけど、事件と関係しているかどうか」

 煮え切らない葉月の言葉に、秋玲はすこしばかり怪訝な表情で、「もしかして胸のところを怪我していたけど、屠殺によるものじゃないってことですか?」と問いかけた。

「白蔵主の言うとおり、胸に火傷の痕があったんだけど、それを調べると屠殺した痕がなかったの」

「次元現場の写真を見た時、被害者は胸を焼かれていたことは前にも話していますけど、その時に負った傷じゃないかと」

 葉月は瑠璃に視線を向ける。

「前と言っていることが違いませんか? 岡崎くんは屠殺した痕があったと言っていますよね?」

「……え、えっと……そ、そうですけど」

「それともうひとつ、私はゴム手袋を使ったとは言っても、出入りに自分の指紋を残さないためにゴム手袋を使ったとは思っていませんよ」

 あきれた表情で、瑠璃は淡々と言い放った。

「えっと、お母さん、それってどういう意味?」

 聖子と秋玲が目を点にする。


「いいですか、実験室には被害者である宗方冬馬の他に、波渡崎孝和、小池璃奈の二人も利用しています。その二人のうち、どちらかの指紋がなければ怪しまれるのは目に見えていますよね?」

 瑠璃はそう言うや、キッと葉月を見据えた。

「瑠璃さんの言うとおりです。どっちも怪しいのだけど、小池璃奈がもっとも怪しいということで、明日くわしく取り調べを受けてもらうことにしてます」

 葉月が、それこそ観念したように口を動かした。

「明日? それってどういうこと?」

「今回の事件は部屋に三人いる状態があり、殺されたのはその内の一人になる。つまり二人のうちどちらかにアリバイもなければ、もしかしたら共犯の可能性もある。ということですね」

「えっと、あ……っ、とぉ……」

 どういう意味か混乱している秋玲と聖子は、視線を葉月に向ける。

「簡単に説明すると、まず被害者をBとして、そのBが亡くなったとされる時間、十五時半から十六時のあいだ、部屋に入ったAが殺人を実行したとはいえないんだよ。逆に後で入ったCが殺人を実行したとも言える」

「でも小池……Aが実験室に入ったのは十五時五十五分から十六時五分だよね? 被害者が亡くなった時間と重なるんじゃない? 波渡崎……Cが遺体を発見したことだって間違いはないんじゃ」

 聖子がそう言うや、「もしかして、波渡崎が実験室に入った、十六時十分が妙だと思ってるの? 葉月さんもお母さんも」と、秋玲は葉月と瑠璃を見渡した。

 瑠璃は応えるようにうなずく。

「死亡推定時刻はあくまで推測ですからね。その前後三十分以上は見たほうがいいというのが私の持論です。つまり小池だけでなく、波渡崎にも実行は可能ということになります」

「通信指令室に問い合わせて、事件当日、いつ通報が来たのかを調べなおしてもらったんですよ。そうすると通報があったのは十六時二十分だったんです」

 葉月がそう報告するや、瑠璃たちは喉を鳴らした。

「それって、波渡崎が実験室に入ってから十分以上経ってるってことじゃ?」

「ただ、私としては死亡推定時刻に固執しなかったことは褒めますけどね」

 瑠璃はそう言うと、ちゃぶ台の上に乗せられたままの食器などを片付け、台所へとそれを持っていくように去っていった。


「まぁた謎かけだ。死亡推定時刻の前後に怪しい人がいたら、その人を疑うのが普通だと思うんだけどなぁ」

 聖子は、居間から見える瑠璃のうしろ姿を見ながら、頬杖をつく。

「聖子ちゃん、お行儀が悪いよ」

「はいはい。あ、そうだ……後で湊ちゃんのところ行ってこよう」

「こんな時間に?」

「いやいや、マンションに行くんじゃなくて、VRMMOの話。夜の八時くらいになったら一時間だけレベル上げのサポートしてあげようかなって。湊ちゃん、VRゲームをする時はかならずリビングのテレビでやるようにって、中学生の頃から家庭内ルールを皐月ねぇたちから出されてるし、遅くまでやらせると忠治さんから、私も一緒に怒られそうだから、こっちも遠慮してるんだよ」

 聖子はそう言うと、自分の部屋がある二階へと上がっていった。

 秋玲はそれを目で追いながら、「自分もすこしはゲームする時間を制限すればいいのに」と頬をふくらませた。

「ははは、それでも強く注意できないのは白蔵主が優しいからかな?」

 葉月は目の前にある、自分の湯のみを手に取り、喉を潤す。

「そうじゃないですけど、最近また夜更かしがひどくて心配してるんですよ。肌が荒れていたら面接の時になにを言われるかわからないし、やっぱり化粧をしたのとしないのでは、他人(ひと)がもつ印象も変わってくるし」

 そう話す秋玲の表情は、本当に妹を心配している姉の表情だと、葉月は思った。

「まぁ、私は高校を卒業してからすぐに警察学校に入寮していたからなぁ……」

 葉月がその先を言おうとした時だった。


 突然、居間の中が暗闇に飲み込まれる。

「て、停電?」

 葉月はとっさに目を瞑った。光のある場所に慣れた目は暗闇に慣れるまで時間がかかる。

 そのため、自分で目を暗く、三秒ほどしてまぶたを開いた。

「瑠璃さん、白蔵主。大丈夫」

 そう声に出した時、部屋の中にポツンと、橙色の陰火が現れる。

「秋玲、ブレーカーを見てきてくれませんか? それから葉月は周囲の家を見渡して、電気が消えていないか確認してください」

 台所にいる瑠璃にそうお願いされ、葉月と秋玲はそれぞれの持ち場へとかけていく。


 秋玲がブレーカーがある玄関先まで行き、落ちたブレーカーを元の状態、つまり摘みを上げると、母屋の電気がポツポツと点き始める。

「あぁ、ビックリしたぁ」

 階段のほうから声が聞こえ、秋玲はそちらを一瞥すると、聖子が階段の踏み板に座って、秋玲を見下ろしていた。

「一階に降りてジュース取ろうかなって思ったらいきなり消えるんだもの」

「落ちなくてよかったね」

「ほんとよ。家の階段で転げて死んだら、成仏したくてもできないわよ」

 妖姉妹はクスクスと、互いに笑みを浮かべる。

「あぁ、白蔵主。電気つけてくれたんだ」

 居間の障子戸から、葉月が顔を覗かせるようにして秋玲を見る。

「えっと、すぐに点いたってことは、周りの家はなんともなかったってことですか?」

 そう訊かれ、葉月はうなずく。

「あれ? 停電ってことは、ほとんどの電気は一回消えたってことだよね?」

 聖子がすこし怪訝な表情を見せる。

「まぁ、そうだろうね」

「ってことは、テレビの予約をしてたブルーレイレコーダーも?」

 聖子はそうつぶやくやいなや、まさに転がるように階段を降り、居間に入るやテレビを点けると同時に、テレビ棚に収められているブルーレイレコーダーの電源を入れて、番組予約の画面に切り替えた。

 そしてブルーレイレコーダーの予約一覧を見るや、絶句する。

 その画面には『録画中に不具合が生じたため、録画を停止しました』という文字があったからである。


「えっと、なんか予約してたの?」

「七時からやってた音楽番組に『ギャルソン』が出るから、その番組を録画してたんだけどねぇ。いつ唄うかってのはわからないから」

 葉月はそれを聞くと、時計を一瞥した。時計は針時計であり、針は二十時四五分を指している。

「まだやってるし、テレビにしてみたら?」

 葉月にそう言われ、聖子はその番組がやっているチャンネルに変えた。

「『それでは、次はギャルソンで……』」

 ちょうど聖子のお目当てである男性アイドルグループが唄うところであった。

「おう、リアルタイム。得したかなぁ」

 聖子はすこしテレビから離れると、ジッとテレビに集中した。


「だけど、なんで停電なんてしたんでしょうか?」

 秋玲が、首をかしげるように葉月に聞く。

「そうだね。特になにか電気を大量に使った……使った?」

 葉月はハッとした表情で、台所から自分たちを見ている瑠璃を見据える。

 ――被害者は屠殺ではなく、ショック死。それを私たち警察は五十万ボルトを発生させることができる装置が近くにあったから、それを使ったと思い込んだ。そしてそれを使用したのがどちらかだとしたら……いや、そもそもなぜあれが提出されていなかったのか――。

 葉月はちいさく口角を上げる。

 それと同時に警察官になってまだ十四年しか経っていないこと、交番勤務を四年間務めた後、少年事件課を八年間やってきたこと、そして捜査一課に所属したのはほんの一ヶ月前のことだ。

「経験でも実績でも、まだ敵うわけないよなぁ……」

 葉月は頭を抱えるように、愚痴をこぼした。

「なにか思い浮かびましたか?」

 瑠璃にそう訊かれ、葉月はちいさくうなずく。

「明日、もう一度大学に行って、徹底的になる証拠を提出してもらうつもりです。もし私の考えが間違っていなかったらですけど」

 葉月はそう言うと居間を出て行く。「あ、葉月」

「瑠璃さん、どうかしました?」

 瑠璃に呼び止められ、葉月は振り返った。

「事件を解決するのにスピードは関係ありません。早く終わらせようとするからこそ、誤認逮捕が生まれてしまいます」

「つまり、犯人にぐうの音も出ないほどの、確実に落とせる証拠を……ですね」

 葉月は笑みを浮かべる。瑠璃は応えるようにうなずいた。


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