伍
「雅先輩っ、お昼一緒にどうですか?」
六月七日午後十二時ごろ……昼休みのことである。
福嗣高校二年四組の教室を覗くように、紗姫は雅を探す。
「おう、紗姫。なんか用事か?」
「えっと、お昼一緒にどうです? 中庭で食べるのも乙なものですよ」
紗姫は手に持ったお弁当箱をちいさく掲げ、そうたずねた。
「うーん、まぁいいけど。ちょっと紗姫に聞きたいことがあったんだよ」
「聞きたいこと?」
首をかしげるように紗姫は聞き返す。
「いや、聞かないほうがいいかもしれないから気にするな」
「気になりますよ」
紗姫は雅の手をにぎる。
「ほら、話はお昼を食べながらでもいいですから」
「わかった。ちょっと弁当持ってくるから待っててくれ」
なかば無理矢理にだが、雅は紗姫に連れて行かれるように中庭へと向かった。
中庭に入ると、紗姫は近くのベンチに座り、お弁当を膝の上に広げる。
雅もその隣に座り、持ってきていた弁当箱を膝の上に広げた。
「っと、おかずってお惣菜ですか? たしか雅先輩って一人暮らしでしたよね?」
「いや、寝る前に弁当の材料とか仕込んでおくんだよ。オレ結構寝付きがいいし、日付が変わる前には寝るようにしてるからな。起きるの大体朝の四時くらいだから、六時までに宿題とか済ませて弁当とか朝食の用意をしてるな」
「え、えっと日付が変わる前ってことは、四時間しか寝てないってことですか?」
紗姫は目を見開きながら雅にそう聞き返した。
「まぁ結構慣れてるからなぁ。それにあまり寝過ぎるとかえってダルくなるみたいなんだよ」
「そういうものですか。私もあまり夜更かしはしないようにしてますけど、それでも朝の六時くらいですよ。起きるのって」
紗姫はそう言いながら、お弁当を箸でついばむように食べ始めた。
「それで、私に聞きたいことって……」
紗姫が雅に教室の前で聞かれようとしていたことについて聞き返そうとしていた時だった。
「えっと、なにをしてるんですか?」
うしろから悍ましいような凄んだ声が聞こえ、雅は平然とした表情で、紗姫はすこしばかり怯んだ表情でうしろを振り返った。
そこには湊がニンマリとした表情で二人を見下ろしている。
が、紗姫にはそれがすこし恐ろしい物に見えていた。湊の目が笑っていなかったからだ。
「お二人さんはこんなところでお弁当ですか? こっちはお昼抜きでキツイのに」
「お昼抜きって……皐月さんどうかしたのか?」
「いやママさんが悪いんじゃないんですよ。あたしがまた朝練に遅刻しそうになって慌てて家を出ちゃったから」
「用意されていたお弁当を鞄に入れるのを忘れたと」
雅にそう聞き返され、湊は応えるようにうなずいた。
「わかった。オレのすこし分けてやるよ」
「いいんですか? 見たところ一人分みたいですけど」
と、湊の横で浮遊していた遊火が聞き返す。
「いいよ。オレは今日もバイトだから、休憩の時にパンでも食べればいいしな」
雅はそう言うや、自分の弁当箱を湊に渡した。
「それに湊は吹奏楽部だろ? あれって見た目以上に体力いるみたいだし、その様子だと朝も食べてないんじゃないか?」
「あはは、まったくもって大正解です」
湊と遊火は苦笑を浮かべ、雅の厚意を受けることにした。
雅はすこし横に、紗姫とのあいだを人一人が入れる隙間を作る。そこに湊が割って入るように坐った。
「あ、そうだ湊にも聞こうと思ったんだけどな。お前たちって人を見た目で判断するほうか?」
「……どういう意味ですか?」
湊と紗姫はキョトンとした表情で首をかしげる。
雅は先日、コンビニで小池が倒れたことを、名前を伏せて説明する。
「あぁ、つまりその倒れた人の顔が見るに耐えない状態であるけど、人として付き合うとしたらってことですか?」
「まぁそうなるな」
「そうですね。私は気にしないほうかな。小さい時に、まだ大爺が生きていたころなんですけどね、その知り合いで怖い人とか、顔半分に刀傷がある人が、ママさんと稲妻神社に遊びに行った時に偶然訪ねに来たりしてましたけど、あたしはよくその人に遊んでもらっていたからそんなに怖い人だなって思ったことないですね」
「そ、それってヤクザじゃないの? っていうか湊の大爺ってなにやってた人なの?」
ドン引きするかのように、紗姫がそうたずねる。
「たしか警察官だったって瑠璃さんから聞いてる。さっき言った人は大爺が捕まえたり、脱会の手伝いをした人みたいですね。でもお礼参りは滅多にされなかったですよ」
湊はそう言うと、遊火を一瞥する。
「それに普段から遊火みたいな妖怪が視えていますし、雅先輩が言っているその人が、障害や事故でそういう顔になったのなら、それはその人の特徴であって気にすることじゃないと思いますよ」
「うーん、私も同じかなぁ。というかそんなことで人を好きになることって卑怯な気がするんですよ」
贔屓目にしても、湊と紗姫はモテるだろうなと雅は思った。
「オレも二人と同じ意見なんだよ。でもその人T大学に通っているって言ってたんだけど、普通どこに通っているとかでT大学なんていわないだろうからな」
「あれ? T大学?」
雅の言葉を聞くや、湊は首をかしげた。
「どうかしたの? 胸囲詐欺」
皮肉ったように紗姫がそうたずねる。
「胸囲詐欺ってなに? というかちゃんとDですからね」
「紗姫さん、湊さま、話が進まないから他所でやてくれませんかね?」
ケンカをし始めそうだったので、遊火と雅が二人をなだめる。
「というかまだ言ってたのかよそれ……はいいとして、どうかしたのか?」
「えっとですね、実は先日パパさんたちが担当している事件のことを稲妻神社で瑠璃さんたちに相談していたのを聞いたんですよ。たしかT大学で事件があったみたいで」
それを聞くや、紗姫は怪訝な表情を浮かべた。
「パパさん? えっとパパなんとかって外人が事件を捜査してるのかしら?」
「いやいや、パパさんはパパさんだよ。あたしちいさい時は周りが『お母さん』か『ママ』のどちらを呼ばせるかって話になったことがあったらしくてね、あたしが最初に言ったのが『ママさん』だったから、なんかそれが抜けないし、ママさんたちもあまり気にしてないから今のままでもいいかなとは思ってるよ」
「ということは、パパさんっていうのは父親ってことだから……ちょっと待って、ということは湊のお父さんって刑事さん?」
紗姫はギョッとした表情で湊を一瞥する。
「あまり周りの人に知られると困るみたいだけど、雅先輩は知ってるみたいだし、一人増えても別にいいかな。周りに喋らなかったらだけど」
ズイッと、湊は紗姫の顔に自分の顔を近づける。
「い、言わない。言わないから落ち着いて」
「でも、その人がT大学に通っているってだけで、事件と関わっているとは思えないしなぁ」
湊はお弁当を半分食べるや、弁当箱を雅に返した。
「おっ? もういいのか?」
「さすがに全部食べると失礼と言いますか。なにごとも腹八分目というじゃないですか」
湊は「ごちそうさまでした」と、雅に頭を下げた。
「うーん、見た目の話に戻していいなら、私はちょっとその人が不憫だなって思うところはありますよ」
紗姫は自分の胸を押すように手を添えた。
「ほら雅先輩には以前に話していますけど、私の胸って小学生の頃から周りの女の子に比べて早熟でしたから、男子どころか教師からも変な目で見られていたんですよ。別に変なことしてないのに成長しているから、その時は自分の胸が嫌だなって思ってましたけど」
「今はそうじゃないってことか?」
「そうですね。むしろ気にしないようにしてます」
紗姫は胸を張るように言う。
「…………」
湊が無言で紗姫の横っ腹を摘んだ。
「ぴゃうぅっ?」
それに驚き、紗姫は背筋をピンッと伸ばす。
「ちょ、ちょっとなにするのよ?」
「ちっ、駄肉もないってどういうこと? おっぱいが大きい人ってすこしはポッチャリしてるってのが定石じゃないの?」
頬をふくらませるように、湊は文句を言う。
「残念でした。これでもいちおう体のケアはおこたっていないからね。でも最近二の腕が」
そう言いながら、紗姫は自分の二の腕を摘む。
「まぁそれは本人の努力ってことで、そういえば、その人を救急車で病院に運んだ時なんだけどな、道中でなんかパトカーが走ってる音が聞こえたんだよ」
「それっていつの話ですか?」
湊にそう訊かれ、雅は思い出すように「たしか六月五日の夜八時くらいの時だったな」と言い返した。
「それって、あたしも稲妻神社から帰ろうとしていた時に見てますよ。直接見に行ったわけじゃないですけど、遊火からその時のことを聞いてます。たしか高校生が車に轢かれたって……」
湊がその先を言おうとした時、『二年四組桜野雅、二年四組桜野雅、至急図書資料室まで来るように。繰り返します…………』という校内放送が流れ始めた。
「っと、呼び出しみたいだな」
雅は弁当箱を袋に直すと、スッと立ち上がった。
「なんか用事があったんですか?」
「いや、たぶんだけど資料作成の手伝いだろうな」
雅は特に嫌そうな顔を浮かべるわけでもなく、淡々とした口調でそう説明する。
「ほんじゃぁ、ありがとうな二人とも」
雅はそう礼を言うや、校舎のほうへと入っていった。
「……別にお礼を言われるようなことしてないんですけどね」
「そうだね。むしろあたしが感謝したいくらいなんだけど」
そう湊が言った時である。
グギュルルという音が、彼女のお腹からちいさく響きわたる。
「ほら、サンドイッチひとつあげるから」
紗姫はあきれた表情でバスケットの中にあるサンドイッチを湊に渡した。
「あ、ありがとう」
湊は驚きながらも、素直に紗姫の厚意を受け取った。




