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姦~妖華絢爛~  作者: 乙丑
第三話・仙狸
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「『優しさと怨みは同じ物だと、如何して気付かないの?』」

 と、イヤホンから聞こえてくるメロディーを鼻歌交じりに口遊みながら、私服姿の黒川聖子が福嗣高校の前を通りかかった時だった。

 イヤホンの音を掻き消す程の賑やかな音が聞こえ、聖子は片方のイヤホンを外し、耳を済ませる。

 部活棟の方から聞こえているのと同時に、トランペットやトロンボーンと言った吹奏楽に使われる楽器の音色だったため、聖子からして姪孫(てっそん)(兄弟の子ども(姪甥)の子ども)である湊が所属している吹奏楽部が練習をしているのだなと、聖子は考える。

 それと同時に、はてもうそんな時間かと、自分のスマホを上着のポケットから取り出し、時間を確認した。

 日付は五月一二日・一六時二五分と表記されている。

「あれ?」

 と疑問そうな声も聞こえ、聖子はそちらに目をやった。

 そこには雅が聖子を見ており、彼は自転車に乗ろうともせず、それを押すようにして聖子の方へと近づいてきた。

「あぁ、雅くん。今帰り?」

 そう訊かれ、雅はうなずく。

「授業が終わってから、先生にプリント印刷のまとめを手伝わされていたんスよ。それが終わったから、一旦家に帰ろうと思ったんスけどね」

 雅が頭を抱えるように言う。それを見て聖子は思わず首をかしげてしまった。

「なんか、よくないことでも遭ったの?」

「えっとッスね、駐輪場の近くに、技術の授業で使ったと思われる釘が、多分バールで抜いたみたいに曲がった釘が落ちてたんスよ」

「つまり、その落ちていた釘を自転車で帰ろうとした時に踏んでしまい、タイヤがパンクしてしまったと?」

 聖子の問いかけに、雅はうなずいてみせる。

「まぁバイト先はここからだとそんなに遠くないですし、明日は土曜日でバイトも入ってないッスから、朝はある程度暇なんスよ。その時に直せばいいかなって思ってます。まぁ昼になったら入院している母さんの様子を見に行かないといけないッスけど」

「ふーん、まぁ私は()()()()()()お母さんはいないけど、お母さんが入院してたら見舞いに行くのは当然といえば当然ね」

 聖子の言葉に、はて……と雅は怪訝な表情をした。

「えっと、オレはあまり瑠璃さんたちのことを知らないッスけど、瑠璃さんたちって両親はどうしてるんスか? たまに草むしりとかで稲妻神社に行きますけど、今まで会ったことないッスよ」

「あぁ、その件はありがとうね。お母さんもだいぶ助かってたよ。私も白ねぇも仕事とか学校で忙しいから、このままほったらかしにしていたら、また今年も蝿やら藪蚊が出てきて、白ねぇがパニック起こしそうだったからね」

「…………っ、えっ?」

 雅はさらに困惑した表情を、聖子に向ける。


「ありゃ? 私、なんか変なことでも言ってるかな?」

「いや、そうじゃないッスけど、あれ? えっと、ちょっと整理させてください。たしか白ねぇってのは、最初、神社で会った時に一緒にいた、白髪の女性ッスよね?」

「そうだよ。名前は黒川秋玲。ここからだいぶ離れた悟帖ヶ山にある子安神社の巫女兼管理人をしてるんだよ」

 それを聞いて、「なるほど」と雅は思った。

「で、その近くと、お風呂を借りる時に案内してくれた、なんかわかんねぇッスけど、忍者みたいな格好をした女性が因達羅さん」

「おぅ、よく知ってるね。彼女はまぁ今は言わないほうがいいかな。お母さんの昔からの知り合いみたい。私も小さい時から知ってるし、家族同然の付き合いだから、ある意味私からしたら気心知れた人ってところかな。白ねぇと一緒で真面目すぎるところが難だけど」

「いや、だから、そこが妙にわからないんッスよ。さっきから瑠璃さんのことをお母さんって、聖子さんも秋玲さんも言ってるじゃないッスか。でもオレからみたら年の離れたお姉さんに見えるんスけど」

「――うん。だってお母さんなんだから、お母さんって呼ぶのは間違っていないと思うよ」

 はて、そんなにおかしなことだろうかと、聖子は首をかしげる。

「いやッスね、瑠璃さんとは神社に行く時に何回か会うことはありますけど、どう見ても三十ちょっと過ぎたくらいの美人さんじゃないッスか?」

「自分の母親が美人って言われるのは、まぁ置いといて。う~ん、見た目からしたらそうなんだろうけど、ぶっちゃけ私も知らないんだよねぇ、お母さんの実年齢って。訊いても見た目で判断してくれれば別に気にはしないって言ってたし、物心ついた時はまだ中学生くらいで、白ねぇと大差なかったもの」

 聖子がそう説明すると、理解に苦しんだ雅の頭は混乱に陥ってしまう。

「まぁ、そもそも私と白ねぇは()()()()血が繋がっていないし、お母さんも()()()()()()()しね」

「実の親じゃない?」

「えっとねぇ、私が産まれて間もないくらいの頃かな、私と白ねぇのお母さんが事件に巻き込まれて、その事件の最重要人物として警察に捕まったの。で、お母さんとお父さん……つまり君から見れば黒川瑠璃さんと、その夫である黒川拓蔵さんが、身寄りのない私と白ねぇを養子縁組として受け入れてくれたの」

 淡々と、まるで他人事のように自分のことを話す聖子を、雅はジッと見つめた。

「オレはあまりそういう体験をしている人に会ったことがないッスからよくわからないッスけど……」

「あぁ、辛くなかったかとかそんなの? もちろん辛いことなんていっぱいあったよ。私が小学校に上がる時なんて、お父さんもう結構歳だったからさ。それにお父さんが誰から見てもお祖父ちゃんって言っても可笑しくなかったから、本当はいるんじゃないかって思ったよ。それが理由で、同級生からいじめにあったこともあったけどさ……、でもまぁ、今はそんなの興味ないかな」

「――興味がない?」

「自分がどうして産まれたのか、もしかしたらなにか、母親が私と白ねぇを手放さないといけない事情があったのかって幼心に悩んだけど、白ねぇはお母さん……あ、これは瑠璃さんじゃなくて、本当のお母さんのことね。そのお母さんのことをすごく気高く気品のあって、自分のことも私のことも大切に想ってくれている優しい人って言ってたから。本当にそうなんだと思ってる」

「恨んでないんスか? そんなに優しい人なのに、自分のところに会いに来ない母親を」

「恨むって、その私を産んでくれたお母さんを?」

 聖子に聞き返され、雅はちいさくうなずいた。

「今はないかなぁ。というかそもそもあんまり記憶がないんだよね。ほら、お母さんが白ねぇと私から離れたのは私が産まれて間もないくらいの頃だったらしいからさ。私からしたらお母さんって云えば今のお母さんだし、お父さんもそうだよ。まぁ私は周りの皆に育ててもらったようなものかな? だから別に不幸だなんて想っていないし、むしろここまで育ててくれたことに感謝してる。恨むなんて要素はどこにもないよ」

 聖子はカラカラと笑った。

 それを見て雅は、すこしばかり俯いてしまう。

「おりょ? 私なんか君を傷つけるようなこと言ったかな? それだったらごめん」

 その様子に気付いた聖子が、申し訳ないと言った表情で雅に謝った。

「いや、そうじゃないッス。そんな環境なのにあっけらかんと説明できるのがすごいなって思っただけッスよ。オレもまぁ、産まれた時から父親がいなくて、母さんが女手ひとつでオレを育ててくれたッスからね。バイトしてるのも生活費と母さんの病院代を稼ぐためにやってるんスよ。今まで育ててくれた分、感謝の証にっていう自己満足ッスけどね」

 雅はそう言うと、自分のスマホを取り出し、時間を確認した。

 スマホの画面には一六時三三分と表記されている。

「っと、そろそろ行かないとバイト遅刻しそうなんで、これで失礼します」

「お仕事頑張ってね。ただ無理だけはしないように、キミまで倒れたらお母さんを悲しませるよ」

「肝に銘じておくッス。それじゃぁっ!」

 雅は、聖子の声援を背に受けながら、バイト先の、福嗣駅前のコンビニへと自転車を押して歩いていった。


 去っていく雅の背中を見ながら、聖子はちいさくためいきをついた。

 ――まぁ、別に本当のお父さんとお母さんのことで悩んでいたのは本当だけど、やっぱり私からしたらお母さんは瑠璃さんで、お父さんは拓蔵さんなんだよね。二人には感謝してるし、遼子ねぇや健介にぃにも感謝してる。弥生ねぇや皐月ねぇ、葉月ねぇもお盆とかお正月の時、神社に戻ってきた時は一緒に遊んでくれたし、皐月ねぇの友達の、希望ねぇに信乃ねぇ。葉月ねぇの友達の、美耶ねぇに、信乃ねぇの妹の浜路ねぇもよく遊んでくれたからなぁ。湊ちゃんも私からしたら可愛い妹みたいなものだし……。

 そこまで自分のことを考えながら、聖子はここまで考えても、やっぱり本当の両親を恨むような要素はどこにもないなと思った。

 生まれて来なければ、こんなにもいろいろな人が自分のことを大切にしてくれる、想ってくれているという恵まれた環境に自分がいることなどなかったからだ。

 だから聖子は自分を産んでくれた本当の母親……九条奏愛(九尾の狐)に感謝している。

 それと同じくらいに、自分を成人するまで育ててくれた瑠璃にも、父親である黒川拓蔵にも、半分血が繋がっている姉の秋玲にも、言葉では言い表せないくらいに感謝していた……。

 ――っと、そういえば、今日はお父さんの月命日だっけ? たまにはチューハイでも買って、仏壇の前で一緒に飲もうかな。白ねぇはお酒弱いけど、チューハイくらいだったら飲めるだろうし。

 そう思い立つや、聖子は商店街の方へと足を向け、そちらへと去っていった。


 いくら時代が進もうと、夕方のラッシュが賑やかだというのは変わらない。

 ホームで電車が来るのを待っていた松阪と乃川の二人は、ペンチに座って、今日の部活について色々と話をしていた。

 乃川の足元には買い物袋がある。

「耀くん、今日は大好きなハンバーグ作ってあげるね」

「楽しみだな。まぁ咲楽が作ったやつなら美味しいのは確実だけどよ」

「あはは、腕によりをかけて作ってあげるから期待して」

 乃川はスマホに目をやると、眉をしかめる。

「どうかしたのか?」

「……んっ? ううん、なんでもない」

 そう返事をする乃川であったが、明らかになにかあったのだなと松阪は思ったのだが、口に出すことはしなかった。

『二番線乗場に淡舞(おうま)直毘(なおび)駅行が到着します。危険ですので黄色い線の内側までお下がりください』

 というアナウンスが聞こえ、その電車に乗る松阪と乃川は立ち上がるや、その電車に乗るために並んでいる他の乗客のうしろに並んだ。

 それからしばらくして、帽子を被った、春とはいえすこし季節外れの黒いコートを着た人物が、松阪の背後に立って、電車が来るのを待っている。

 その人物が背後に立っていることを乃川は見遣る。

「そうだ。咲楽、ちょっとお願いしていいか?」

「えっと? なに?」

 突然声をかけられ、乃川はハッとした表情で聞き返す。

「ハンバーグだけどさ、できれば煮込みにしてくれないか? それだと片付けも楽だろ?」

「耀くんがそれでいいなら作ってあげるよ。……っと電車来たね」

 乃川は――左手で松阪の右手を握る。

 ……その時だった。

 フラッと、ホールの黄色い線の外側に、先ほどまで松阪のうしろに立っていたはずの人物が線路に倒れようとした瞬間、その気配にすら気付けなかった電車の運転手も、それこそ周りの人間たちも……轢死が遭ったのだと識るのはそれから一秒経ってのことだった。

 その一秒は、一時間とも思えるほどにながい一秒だった。


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