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姦~妖華絢爛~  作者: 乙丑
第二話・守宮
17/67


 雅がコンビニでバイトをしている最中のことであった。

「嵜本彩奈が殺されたらしいな」

 店内にあるイートインスペースでたむろしている三人の少年たちが嵜本彩奈のことについて話をしていた。

 雅は店内の掃除をしながら、その話に耳をかたむける。

「嵜本彩奈って、あの化粧品会社のだっけか?」

「でもさぁ、妹のほうだって噂もあるけど?」

「その妹もさぁ、去年亡くなったって話だぜ?」

「だけどこの前テレビに出てたじゃないか。なんで亡くなったなんて話になるんだよ」

「それがさぁ、二人ともすげぇ似てるから入れ替わってるって話だぜ? 化粧品の売上が落ちたのだって最近だって話だしな」

 そんな話がされている中、店の自動ドアが開き、「いらっしゃいませぇ」と雅が例外なく返事をした時だった。

 店に入ってきた女性と男性は、店を見て回るではなく、余所見もなくイートインスペースにいる少年たちに声をかけていた。


「おぉ、葉月さんじゃないですか? どうかしたんですか」

 女性――黒川葉月を見るや、少年の一人が驚いた表情で葉月に声をかけた。

「君たち、この前の事件で嵜本彩奈と一緒にいたっていう男性についてだけど、ほかになにか気になったことってないかしら?」

「気になったこと? まぁ嵜本彩奈は変装していないのに、そいつはマスクにサングラスだったのが印象だったかなぁ」

 首をかしげるように少年は言う。

「それじゃぁ、この男性に心当たりは?」

 葉月はふところから写真を一枚取り出し、少年たちに見せる。

 そこには町中を歩いている、例の探偵だった。

「うわぁ、事件っぽい……ってか、葉月さんって本当に警察官だったんですね?」

 少年の興奮している口調に、葉月は苦笑いを浮かべる。

「俺、葉月さんに指導された時も、どっかのお姐さんがナンパしようと声をかけてきたとしか思ってなかったからなぁ」

 葉月の愕然としている表情を見ながら、岡崎は葉月が少年たちから警察だと思われていなかったのだなと確信する。

「君たちはここらへんを遊び歩いてるんだよね? 事件があった日の晩も、亡くなった嵜本彩奈が料亭に入っていくところを見てるわけだし」

「あぁ、見てる見てる。それは今説明したとおりだったよ」

「その時、店の前に現れたのは男性が先だった? それとも女性のほうだった?」

「そうですね。どっちが先だったっけ?」

 少年の一人が、仲間にそうたずねる。

「そこまで詳しくはわからないけど、でも嵜本彩奈は走って店に来てたみたいだよ」

「慌ててやってきたってことなのかしら?」

 葉月の問いかけに、少年はうなずいてみせた。

「待ち合わせをしていたってことかしら? とはいっても、嵜本彩奈の部屋を調べたところ、スケジュール帳みたいなものは発見されていないし」

「葉月さん、今時スケジュール帳なんて使う人いないですよ。オレほとんどスマホの中で管理していますし」

「お前はスケジュール書くほどの用事なんてないだろ?」

 少年の一人が笑いながら言う。それに釣られてもう一人の少年は苦笑を見せた。


「あの、ちょっといいッスか?」

 雅がそう葉月たちに声をかけるや、葉月たちは雅のほうに視線を向けた。

「キミは――」

「あぁ、ここでバイトをしている桜野(おうの)雅って言います。掃除をしていたら話が聞こえてたんで、失礼ながら聞いていたんスよ」

 雅がそう葉月たちに挨拶をする。

 ――あぁ、皐月お姉ちゃんが湊ちゃんから聞いたっていう妙な少年って彼のことか。

 と、葉月はそう思いながら、雅を凝視した。

「まぁ話が聞こえていたのなら仕方がないけど、それで私たちに何の用かな?」

 葉月にそう聞かれるや、雅はズボンのポケットからA6サイズの薄いスケジュール帳を取り出して見せた。

「オレ、こうやってスケジュール帳を使ってますよ。仕事の最中にシフトとか棚卸の指示とかありますから、忘れないようにメモ帳代わりにしていますけど」

 雅はスケジュール帳を葉月たちに広げて見せた。

「そりゃぁ使っていても可笑しくないわよね? アルバイトしてるわけだし、朝早くにシフトが入っていることだってあるんだし」

「まぁそういうのは連休の時くらいですけどね。それにスマホだと壊れて全部がおしゃかになるじゃないッスか?」

「言われてみればたしかにそうだ」

 岡崎が納得した表情を見せた。が、葉月は雅がなにを言いたかったのかが妙にひっかかっており、怪訝な表情を浮かべてしまう。

「――岡崎さん、嵜本彩奈の携帯が見つかっていないってことは」

「その中に見られてはいけないものが入っていたってことか?」

「もしかすると犯人に直接関係しているものが入ってたんじゃないッスか? ()()()()()()()()()で」

 雅の言葉に、葉月は怪訝な表情を浮かべる。

「この前の事件……」

 葉月がどういう意味だろうかと雅に問いかけようとした時だった。


 店の自動ドアが開き、それに気付いた雅が「いらっしゃいませぇ」と返事をした時だった。

「あれ? 葉月叔母さんだ」

 と聞き覚えのある声が聞こえ、葉月と岡崎……雅はそちらへと視線を向けた。

 店に入ってきたのは制服姿の湊と、その母親である皐月だった。

「湊ちゃん? こんな時間にどうして? それに皐月お姉ちゃんも」

 葉月が鳩に豆鉄砲を食らったかのような表情で、湊と皐月を交互に見渡す。

「…………」

 皐月の頭上で舞っている遊火が、皐月に葉月の質問を説明する。

「さっきまで稲妻神社で夕食の御馳走になってたんだよ。それで帰りのバスを待っている間になんかお菓子ないかなぁって」

「『時刻表を見たら、バスが来るまで三十分以上ありましたから』」

 と、皐月の言葉を遊火が葉月に口伝する。

「そうか。ほんとう母娘(おやこ)そろって(あま)いモノ好きだね」

 葉月は皐月を見ながら言う。

「…………」

「『最近はカロリー控えめで健康を考えたケーキも作ってるよ』と云ってますよ」

 遊火が皐月の言葉を口伝する。

「ごめんごめん」

 葉月は返事をするように苦笑を見せた。

「だけど、どうして葉月叔母さんたちがお店に来てるの?」

 湊がキョトンとした表情でそうたずねるや、

「なんか、この前起きた事件の聞き込みをやってるみたいッスよ」

 と雅が説明した。

「お、おいっ! キミ」

 岡崎が制止に入るが、葉月がそれを止めた。

「別にこちらが話し始めたことですし、協力してくれる人がいることは嬉しいことですよ」

「たしかにそうだけど――それじゃぁすこし訊いてもいいかな?」

 岡崎は湊に目をやる。皐月の耳が聞こえないのを知っているため、自然と湊のほうに目が行くのだ。

「ヴィエルジェっていう化粧品会社についてなんだけど、なんか話を聞いたことないかな」

「…………」

「『それだったら、身近に知っている人がいるんじゃないの?』と云ってますけど」

 そう皐月の言葉を口伝している遊火だったが、彼女もどういうことだろうかと眉をしかめる。

「身近な人って、そりゃぁ皐月さんのお義母さんは化粧品会社の社長だから耳にはしているんだろうけど、そのヴィエルジェができたのは今から十年くらい前で、有名になりだしたのはそれから二年後になるんだ」

 葉月から遊火を通じて、皐月の問いかけを聞いた岡崎は、大宮から聞いた話をみなに説明する。

 その話を聞いていた少年の一人が、アッと声を上げた。


「あのちょっといいですかね?」

 少年の一人が手を上げる。

「どうかしたの?」

「八年前って、嵜本文香の結婚騒動があった時じゃなかったっけか?」

 そう少年は仲間に問いかけた。

「お前、なんでそんなこと覚えてるんだよ。でもたしかそんなのが報道されてたなぁ。っても、あれってただの噂だったじゃないか」

「『その時、嵜本文香は何歳(いくつ)だったの』」

 遊火が見えない少年たちに、葉月がそう問いかける。

「えっと、たしか二十歳になるかくらいじゃなかったっけ?」

「……ずいぶん若いな」

 と岡崎は怪訝な表情を浮かべた。

 ――二十歳以前に結婚している人もいるけどね。

 葉月はあきれた表情で皐月を一瞥する。その視線に気づいた皐月はキョトンとした表情で葉月を見なおすように首をかしげた。

「あれ? なんか妙に咬み合わないような」

「『咬み合わない?』」

 遊火がそう葉月に声をかける。葉月は遊火ではなく皐月に視線を向けた。

「今日会議をしている時に飯塚カスミっていう同僚の人が言っていたことなんだけど、嵜本彩奈は五年前まで坂本曜生っていう政治家のところでウグイス嬢みたいなことをしていたって」

「まぁでも、ヴィエルジェは最近になって大きくなってきたみたいだし、そんなに気にすることじゃ――」

 湊は言葉を止める。

「その坂本曜生って人のところに嵜本彩奈がいたのは五年前のことだよね? だけどヴィエルジェができたのは十年前ってことは、会社の経営で他のところにいるなんてことできないんじゃ」

 湊の言葉に、その場にいた全員がアッと口を開いた。

「ということは、その時坂本曜生の事務所にいたのは妹の嵜本文香だった?」

「といっても、その妹は五年前から海外でモデルをやってるってプロフィールにはあったようですから」

「『遊火、葉月に坂本曜生のことで調べられることはないかってたずねて』」

 と皐月は遊火に口伝をお願いする。

 遊火は皐月に言われたことを葉月にたずねた。


「いや、それがねぇ。皐月お姉ちゃんの言う通り、今回の事件で坂本曜生を調べることはできるんだけど。だからといって今回の事件とは関係がないんだよ」

 葉月がためいきをつくように愚痴をこぼす

「それって、どういうこと?」

「要するに嵜本彩奈が坂本曜生のところにいたのは五年前のことで、彼女の近辺調査をしたら、彼とはそれ以来会っていないみたいなんだ」

「でも会っていないという証拠はないんですよね?」

「……たしかに、それが確信できる被害者のスマホはいまだに発見されていないからね」

 湊の問いかけに、岡崎はこちらの失態だといわんばかりの表情で頭を抱える。

「坂本曜生の事務所も事件と関わりたくないだろうから、情報提供はしてくれないだろうね」

 葉月がそう湊に言うや、雅がポンッと手を叩いた。


「じゃぁこういうのはどうッスか? ほら、よく推理モノだと二人一役みたいなことって、双子が犯人だとよくあるじゃないですか。その逆もできるんじゃないッスか?」

「そりゃぁ今回の被害者である嵜本彩奈と嵜本文香の容姿が、他の人からは見分けが付けられないほどだったらできなくもないことだけど、実際――……えっ?」

 葉月は雅の言葉を聞くや、今までの、嵜本彩奈の会社がなにもアクションを起こさなかったことへの違和感が緩和したような感触におちいる。

「そうか……だから会社は捜索願を出したみたいなアクションを起こさなかったんだ」

「どういうことだい?」

「つまり……嵜本彩奈と嵜本文香のどちらもすでにいなかったということになるんです」

 葉月の言葉に、岡崎は怪訝な表情をみせる。

「は、葉月叔母さん。言っている意味がよくわからないんだけど」

 湊がそう眉唾ものを見るかのように、葉月に問いかけた。

「えっとね。双子が犯人だと、その片方が死んでいたとしても、もう片方がその死んだ片割れを演じることができるからアリバイ工作もできるんだよ。そう考えると嵜本彩奈の代わりを妹の嵜本文香ができることも可能だし、その逆もできるってことになる」

「警部補が言っていたこともある程度は特定ができるな」

 岡崎がそう口にした時、「あのそろそろいいですか? 俺たちそろそろ帰らないと親から怒られそうなんで」と少年たちが口にした。

「あぁ、ごめんね」

「いやいいですよ。それじゃぁ犯人が捕まるといいですね」

 そう言うや、少年たちは店を出て行った。

 それと擦れ違うように、一台の乗用車がコンビニの駐車場に停まった。


 店の自動ドアが開くと「らっしゃいませぇ」と雅が声を上げる。

「っと、やっぱりここにいたのか」

 店の中に入ってきた大宮は、中にいた皐月と湊を一瞥した。

「パッ、パパさんっ?」

 湊が驚いた表情で大宮を見る。

「さっき瑠璃さんに連絡したら、皐月たちはもう帰っていると聞いてね。それで時間を考えてバスはまだ来ていないと思って、ここに入ってみたのだが」

 大宮は皐月を見る。その皐月はかつて……彼女が妖怪を罰する執行人をしていた時と同様に鋭い眼差しをしていたことに気付く。

 それを見て、大宮は葉月たちから事件についてある程度聞いているのだなと察した

「…………」

 皐月は、遊火に一言話すや、その遊火は怪訝な表情を見せた。

「遊火、ママさんなんて言ってるの?」

 湊がそう遊火にたずねた――それよりも前に……

「いや、それはどうッスかね? たしかに化粧会社だったら整形外科と連携していても、まぁ可笑しくはないだろうけど」

 と雅が片眉をしかめるように皐月を見ながら、言葉を口にした。


「……えっ?」

 と雅以外の全員が、その雅を凝視する。

「っと、あれ? どうかしたッスか?」

 その雅は皆から睨まれるように見つめられているため、なにか間違ったことを言っただろうかと慌てた表情を見せる。

「み、雅先輩……もしかしてママさんの声聞こえてるの?」

「聞こえてるって……それってどういうことだ?」

 湊にそう訊かれた雅はさらに困惑した表情を浮かべてしまう。

 ――皐月お姉ちゃんの声が聞こえるのは、たしか遊火や毘羯羅たちみたいな人ならぬものか、聖子ちゃんみたいな半妖だけど……

 葉月はそう思いながら雅を見つめると、「それで、この女性はなんて言っていたのかしら」と皐月を手で示しながらたずねた。


「いや、最近の形成外科だったら傷をなかったことにできるんじゃないかなって」

「そりゃぁ可能性はないし、双子そろって同じ時期に入院しているんだ……」

 岡崎はアッと声を荒げ、大宮を見る。

「葉月ちゃん、被害者の身体に手術痕がなかったと言っていたね」

「はい。だから今回の被害者は妹の可能性もあるということですから、明日ここらへんの形成医療外科を片っ端から……」

「それは無理に等しいんじゃないッスか?」

 と雅に言われ、葉月はズッコケるように肩を落とした。

「そ、それってどういうことですか?」

 怪訝な表情で湊がたずねる。

「考えてもみてくれ。その手術を受けたのは化粧品会社の社長だぜ? 日本だけでも形成外科をやっている病院がどれだけあるかわからないのに、もしかしたら海外で手術を受けたって可能性だって否定はできないんだ?」

 雅は困惑した表情を見せる湊を見ながら言う。

「た、たしかにそうだね。まぁ嵜本彩奈が手術を受けたということは否定できないわけだし……」

 そう大宮が口にした時、彼のスーツの裾を皐月は引っ張り、自分に注目を向けた。

「どうかしたのかい? 遊火ちゃん」

「『逆に考えて、妹が事故に遭っていたという場合はどうなるんですか?』」

 と遊火から皐月の言葉を口伝され、大宮は目を見開いた。

「そうだ。今回の事件では、被害者は双子のどちらとも取れるんだ」

「だから事件が起きた今でも、警察は被害者の発表ができないんだよな」

「あれ? 普通病院に問い合わせないんですか? DNA鑑定とかしたりして」

 父親と岡崎の話を聞きながら、湊が小首をかしげるように葉月たちを一瞥した。

「その被害者が個人でなら難しくはないんだけど、今回の被害者は一卵性双生児だから難しいんだよ。DNAの一致測定値が九〇%でも違っていたりするから」

「嵜本彩奈の部屋から見つかった彼女の髪の毛と、被害者の髪の毛を調べたら、一致したのは九〇%以上だったから嵜本彩奈だということになるんだけど」

「双子だった場合はそれも間違っている場合があるってことッスか?」

「いや、遺伝子の成長というのは環境にもよるから、大人になればなるほどそれが否定できるんだけど……」

 葉月は頭を抱え、苦痛の表情で皐月を見た。

「…………」

「遊火、皐月お姉ちゃんはなんて言ったの?」

「『今の時代、そういうのを否定できる方法もあるんじゃない』かって」

「否定って、双子のDNAをってこと?」

「たしかにそれはあるだろうけど……」

「もしかしたら、最初から違っていたとしたらどうッスかね」

 雅はそれを言うと、棚卸をしていた商品を持って店の倉庫へと入っていった。


「最初から違っていた……」

 葉月は雅を凝視するや、そうつぶやいた。

「……っ! まさか――」

 そう考えるやいなや、葉月はスマホを取り出した。

「は、葉月叔母さんっ? どうかしたの?」

「一卵性双生児はたしかに同じ環境で育っていない以上、遺伝子配列に影響が起きるから違う可能性があるの。だけど……(ゆえ)さんがこの方法をしなかったとは思えない」

 葉月は焦燥した表情で皆に説明しながら、耳元から聞こえる呼び出し音に耳をやる。

「もしもし……葉月ちゃん?」

 電話に出た(ゆえ)の声を聞くやいなや、

(ゆえ)さん、双子のDNAを調べる方法だとどうなりました?」

 と葉月はたずねた。

「そう聞くだろうと思って調べようとはしたけれど……無理だったわ。というよりサンプルが少なすぎる」

 (ゆえ)がいうサンプルとは、被害者のDNAを調べるためのもので、双子である嵜本彩奈と嵜本文香のDNAを調べるための皮膚や髪の毛がないということである。

「嵜本彩奈の部屋で見つかった髪の毛とかはどうでしたか?」

「それもDNA鑑定をしてはいるけど期待はしないほうがいいわね。グレアム・ウィリアムズという学者が発表した、DNAを温めて、水素結合が切断する温度を測って調べる方法でなら判別することは可能だけど」

「やっぱり、妹のサンプルがない以上は無理ということですか?」

 葉月がそうたずねるや、応えるように(ゆえ)はうなずいた。


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