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姦~妖華絢爛~  作者: 乙丑
第二話・守宮
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 時間はすこし戻って、湊が稲妻神社に訪れている四月二一日、午後七時くらいの時である。

 福嗣駅の前に小規模のコンビニがあり、その店に一人の女性客が入店するや、

「らっしゃいませぇ」

 ……と、レジに立っていた雅の軽快な声が店内に響きわたるや、女性は驚いた表情で店の中を見渡しはじめた。

「あの? どうかしたッスか?」

 その仕草に疑問を持った雅が、女性に声をかけると、女性は雅の方を見て、

「――えっ? っと……もしかして今のキミが?」

 とたずねてきた。

「へっ? いやそれってどういう意味ッスか? 今ここにいるのはオレ以外だとお姐さんくらいですけど」

 雅は首をかしげるように言う。女性は店内を見渡すと、たしかに雅の言う通り、客がほとんどいない。

「お姐さんって、まぁいいや。……えっと、キミ、なんか周りで妙なことがあったりしない? ほら霊や妖怪……人じゃないなにかが見えたり話せたりとか」

「そうッスねぇ……まぁ人並みには」

 と雅は女性の問いかけに対して、素直に答えた。


 ――人並みって、この子見たところ妖怪ってわけじゃ……。

 女性は雅の胸に付けられている社員証に書かれた雅の名前を見るや、アッと想い出したかのように雅を凝視する。

「な、なんスか? オレなんか失礼なこと言ったッスかね?」

 雅はあたふたと女性に頭を下げた。

「いいえ、ところで、きみはアルバイトみたいだけど、年齢は?」

「えっと、福嗣高校二年の桜野(おうの)雅って言います。まぁ苗字が読めないッスから、皆からは雅って呼んでもらっているッスよ」

 雅は照れくさそうに自分のことを女性に話した。

 ――ということは十七歳くらいか……、もしかしたらあの人の――。

 女性は目を細め、それこそ子どもを見るような暖かな目となる。

「あの、お姐さんと会ったことってあるんスかね?」

 そう訊かれ、女性はキョトンとする。

「どうしてそう思うの?」

「いや、なんか昔、ちいさい時におふくろから聞いたことがあるんスよ。オレが生まれる前、おふくろは不思議な体験をしていて、その話に出てくる女の子が、お姐さんみたいに綺麗な髪をしていたって」

 雅の真面目な表情を見るや、女性――大宮皐月は思わず吹き出してしまった。


「あなたのお母さんの思い出話に出てくるってことは、どこかで彼女とは会っているのかもね。だけどあなた自身とは初対面じゃないかしら?」

 皐月は苦笑を浮かべるように雅を見つめる。

「そうッスね。たしかにそうだ」

 雅は照れくさそうに笑った。

 ――見たところ、悪い子ではなさそうね。

 皐月は次第に、雅に悟られないよう険しい表情を浮かべた。

 ――あの時、彼女から感じた、人とは違う悍ましい邪気を胎内から感じて、それを絶とうと思ったけど、彼女がそれを守ろうとしていたから見逃してしまったことを後悔してたのだけれど……。

 今の雅の様子を見るや、その心配はなかったのだろうと、皐月は思った。

「雅くんでいいんだっけ? お母さんは元気?」

 そう皐月がたずねるやいなや、雅はバツが悪い表情を浮かべた。

「あれ? なにかマズイことでも聞いてしまったかしら」

「いや、そうじゃないんスよ。おふくろは入院していて、オレが高校に入ってからすぐに、働いていた工場で倒れたらしいんッス。病院で(しら)べてもらったんスけど、病名は原因不明らしくて」

 それを聞くや、皐月は険しい表情をあらわにした。

「ごめんなさい、辛いことを聞いてしまって」

「いやお姐さんが気にすることじゃないッスよ。別に死んだってわけじゃないッスし、それに病気の発作が頻繁に出るから入院しているってだけで、見た目は健康そのものなんスから」

 雅は笑みを浮かべるが、皐月にはそれが無理しているように見えた。


 それから皐月は、自分で作ったクッキーと、コンビニで買ったソフトドリンクをおみやげとして稲妻神社へと訪れた。

 ふと母屋のチャイムを鳴らそうとしていた時、そこから見える本殿の周辺に蔓延っていた雑草が綺麗になっていたことに疑問を感じた。

 ――瑠璃さん、業者か誰かに頼んで雑草処理したのかな?

 そう思いながら、皐月はチャイムを鳴らした。

「こんばんわ、皐月ねぇ」

 玄関に現れた聖子がそう皐月に挨拶をする。

「こんばんわ……って、聖子ちゃんとは喋れるんだね」

 皐月は靴を脱ぐと上がり框に上がり、先ほど脱いだ自分の靴を整えてから、そう聖子にたずねた。

「うーん、まぁ皐月ねぇの耳って、人の声が聞こえないみたいだけど、半妖の私の声は聞こえているってことじゃないかな? 白ねぇは元々が妖怪だけど」

 聖子は苦笑を浮かべつつ、「それがどうかしたの?」と聞き返した。

「……ううん、なんでもない。あ、おみやげ。ジンジャークッキー焼いてきたよ」

 皐月は手土産を聖子に渡す。

「おおぅ、皐月ねぇの手作りお菓子って美味しいんだよね。後で食べよ」

 聖子はそれを手に持つと、ルンルン気分で居間へと入っていった。

 それを目で追いながら、皐月もそちらへと入っていく。

 居間に入ると、既に食事の用意がされており、皐月と湊の母娘以外に、瑠璃・秋玲・聖子の料理が用意されている。

 皐月は一度台所にいる瑠璃に挨拶を交わすと、居間を出て、一階奥にある和室のほうへと向かった。

 そこにはちいさな仏壇が置かれており、皐月はその前に敷かれた座布団に座ると、(りん)を鳴らし、手を合わせると黙祷する。

 ――ただいま爺様。瑠璃さんや白蔵主たちも元気みたいだね。

 皐月は頭の中でそうつぶやく。

 仏壇の上の壁には、祖父である黒川拓蔵の遺影が飾られている。

 写真から覗かせる拓蔵の屈託のない笑顔を見るや、皐月は返事をするように笑みを返すと、和室を後にした。


 その時、うしろから視線を感じたが、皐月は振り向かなかった。

 いや、それが誰なのか、振り向かずとも、なんとなくわかっていたからだ。

「お帰り、皐月ちゃん」

 そう皐月に声をかけたのは、福嗣町の地主神であり、稲妻神社の摂社に祀られている摩利支天ごと、陽炎であった。

 陽炎は、皐月が返事をせずともよかった。

 ただ彼女と、その娘である湊の元気な姿を見て、安心していたからだ。


 居間に入ると、皐月は湊の横に座る。

「集まったみたいですね。それじゃぁいただきましょうか」

 上座に坐った瑠璃が、皐月たちを見渡すと、手を合わせる。

 それにならうかたちで皐月と湊。秋玲と聖子も手を合わせた。

『たなつもの (もも)木草(きぐさ)も 天照(あまてらす) ()大神(おおがみ)の (めぐ)みえてこそ』

 という祝詞(のりと)を謡い、皐月たちは食事をはじめた。

「『そう云えば瑠璃さん、本堂の周りの雑草っていつ刈り取ったの?』」

 皐月は、遊火を通じて瑠璃にそうたずねる。

「『先日の日曜日。ちょうど選挙が行われていた時にですね』」

「それがね皐月ねぇ、その時面白いことがあったのよ」

 瑠璃が遊火を通じて、皐月の質問に応えるや、身を乗り出すように聖子が皐月に言った。

「聖子ちゃんはしたないよ。半妖とはいえ誇り高き白狐の血を持っているんだから、すこしは自覚しないと」

 と、横に座っている秋玲に注意され、聖子は秋玲を睨むように頬をふくらませた。

「そうじゃなくても、最近夜遅くまでゲームやってて」

「…………」

 皐月は秋玲の愚痴を聞きながら、隣に座っている湊を一瞥した。

「んぐぅ? どうかしたの? ママさん」

 首をかしげるように湊は皐月を見遣る。

 その様子を見て、皐月はなにもないと言ったように首を振った。

「それで、面白いことって?」

「えっとねぇ、なんか体内にある電気を使って雑草を刈り取る少年がいてね」

「……体内にある電気?」

 湊と遊火が、聖子の話を聞きながら、「はて、どこかでそんな感じの人に会ったような気が」と首をかしげた。

「湊ちゃんとおなじ福嗣高校の生徒さんみたいだよ」

 秋玲がそう言うや、湊と遊火の頭に電灯が点いた。


「もしかして、雅先輩かな? あれ? なんかとんでもないことを忘れているような気が」

 湊は箸を咥えながら、ムゥッとした表情で考えこむ。

「わ、忘れたほうがいいかもねぇ」

 瑠璃たちの苦笑を見るや、皐月は遊火を自分のところへと呼び寄せ、どういうことか説明を促した。

「え、えっとですね? つまりその桜野(おうの)雅という少年が、雑草刈りの後、雨が降りそうだったので帰ろうとしたんですが、私が汚れを落としてから帰りなさいということで、お風呂を借りていたんです」

 と、遊火の代わりに瑠璃が説明をした。

「……それじゃぁ、湊が遊びに行こうとした時に土砂降りになって、ずぶ濡れになった身体を洗おうと、この家の風呂場に入ったら、偶然その雅くんが入っていたと?」

 皐月はあきれた表情で失笑する。

「うぐぅ? ママさん、なんで笑ってるの?」

「『なんでもない』」

 と、皐月はそう言うかのように湊の頭を撫でた。

 その時、湊は食事に集中していたためか、皐月と瑠璃の会話が聞こえておらず、母親がなにを話していたのかは識らない。

 だが、あまり訊かないほうがいいのだろうと、湊は皆を見ながらそう思った。

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