捌
「それにしても、まったくどういうことなのかしら?」
毘羯羅と因達羅が、それこそ目の前の高山と燈花を睨むように見つめていた。
高山探偵事務所の一室で、四柱の神々は向かい合うようにソファに腰をおろしている。
「なぜ、桜野雅という少年が、皐月たちの後を継ぐような形で執行人をしているんですか? これまで妖怪が起こしたという事件がなく、彼女たちも既に大人になってそれぞれ平和な日常を暮らしています。なのになぜ彼のような執行人が現れるのです?」
「ふ、二人には後々説明しようとは思っていたの。だけど思いの外早く彼が力を使って水妹慶太に取り憑いていた妖怪を地獄に送ってしまったから」
詰め寄る因達羅を燈花はなだめる。
「いや、毘羯羅と因達羅に説明をしていなかった私の責任だ。なにせ彼の力は全盛期の皐月たち以上だからな。その力を制御するためにも、あまり表沙汰にできなかったのだ」
高山の言葉に、毘羯羅は怪訝な表情を見せる。
「皐月たち以上? それってどういうこと?」
「うむ。その桜野雅という少年は、鬼絶神子である大竹鈴歌の一子なのだが、その出生があまりわからぬでな」
「わからない? それはどういうことですか?」
因達羅が訝しげな口調で高山を問いかける。
「大竹鈴歌本人に聞いても彼女は黙りを決め込んでしまっていてな。だがとてつもない力を持った人間とのあいだにできたものと、私は考えている」
高山がその話をしている中、毘羯羅は物思いにふけていた。
「どうかしたの?」
「いや、その鬼絶神子っていうのがどうも気になってね。別に皐月たちみたいにこっちで悪さをしている妖怪を地獄に連行するのが役目なんでしょ?」
「うむ。表向きはな……だが、その名を持った執行人には、皐月たちには科せられていたある条約がない」
「……ある条約?」
「鬼絶神子は妖怪を殺すことができる」
高山の言葉に、毘羯羅と因達羅は喉を鳴らした。
「それって、言い換えれば罪人を刑罰関係なしに殺せるって言っているようなものじゃ」
毘羯羅の言葉に高山は黙ってうなずく。
皐月たち元執行人は、あくまで警察と同様、犯人を捕まえることが目的であり、殺人を猶予されていない。
逆に鬼絶神子という存在はそれを、犯人を殺めることも許されている。
「だからこそ危険なのよ。鬼絶神子は神仏の力を借りて妖怪を地獄に連行していた皐月さんたちとは違う。神仏そのものの力を持っているんだから」
燈花の言葉に、毘羯羅と因達羅は更に焦りを見せる。
「つまりその桜野雅も、神の力をなにかしら持っていると?」
「うむ。彼にはどうやら母親から受け付いた八雷神の力を自在に操ることができる。今は彼自身が力の制御ができていても、これから先どうなるかわからん」
そう話す高山の表情に翳りが見え、毘羯羅と因達羅に一抹の不安を植え付けてしまった。
「そうか、水妹慶太が自首したか」
とあるビルの一室。黒光りの机の椅子に腰を下ろしている初老の男性が、目の前の坂本曜生を見つめていた。
「ええ。まるで憑き物が取れたみたいに、自分が犯した罪を自供したようです。まったくバカな男だ」
坂本曜生は憤慨した表情で言う。
「そうか、彼はなにもせずに捕まってしまったというわけだな」
「えっ? いや、水妹慶太は自首したのですが」
「そうだったな。いや済まない」
男は坂本に苦笑を見せる。
「いえ、それでは先生。今度の選挙。必ずや勝ちましょう」
坂本はそう言うと、男に頭を下げ部屋を後にした。
「桜野雅か……すこし警戒しておいたほうがいいかもしれんな。私の計画に邪魔な存在となりかねん」
男は机の引き出しを開けると、ある一枚の新聞記事がプリントされた紙が入っていた。その見出しには『**園*迎バ*転*し*破、乗客*2人中、死*者3*人の大*害』と書かれている。
その日付は『二〇二三年六月十八日(火曜日)』と記されており、今から十一年前に起きた事件であった。
男はそれを目で直されていることを確認しただけで、引き出しを閉じる。
そしてゆっくりと立ち上がり、部屋を後にした。
机の上には無数の眼球が飾られている。
ミニチュアとは思えないその精巧な作品は、見るものを恐怖に陥れ、また圧巻させるその目力に惚れ惚れとしてしまう奇妙な出来栄えだった。
「ちぃッス、瑠璃さん、おはようございます」
翌日曜日の朝九時ころ。稲妻神社の母屋のチャイムを鳴らしながら、雅は大声でそう呼びかける。
しばらくして玄関のドアが開き、瑠璃が顔を覗かせた。
「こんな朝早くに来てくれたのはいいのですが、ちょっと今から選挙に行ってこないといけないんですけど」
瑠璃が申し訳ない表情で言う。
「わかってます。瑠璃さんたちが帰ってくるまでのあいだ、あの雑草をすこしは片付けておきますから。住む場所が散らかっていたんじゃ、神さまだって落ち着いて休めないんじゃないッスか?」
と、雅は笑みを浮かべながら言った。
「なるほど、だからこの前ゴミ袋を用意しておいてくれって言ったんですね。ですが突然そう言われても、用意する暇もありませんでしたし、それに見たところ雅くんしかいないようですが?」
「ええ。まぁ一人でどうこうできる量じゃないですけど、やらないよりマシっしょ?」
「そうですね。因達羅……」
瑠璃がそう声をかけると、因達羅が姿を見せる。
「お呼びでしょうか、瑠璃さま」
「彼がちゃんと仕事をしてくれているか監視をお願いします」
「了解しました」
因達羅は凝視するように雅を見る。その妙な視線を感じた雅は、
「あれ? オレなんかしたッスか?」
とたずねた。
「いえ、とりあえず本堂の前をお願いできますか? 人も神もまず入り口が塞がれてしまっては中に入れませんからね」
因達羅はそう雅にお願いする。
「了解ッス。えっと本堂はっと……」
「ここからすぐに見えるちいさな社のことですよ」
そう説明しながら、因達羅はそちらへと指さした。
「あっちッスね。わかりました」
そう言うと、雅は指先が切り抜かれた軍手を手にはめ、雑草刈りの作業をはじめた。
それを見て、因達羅は頭にハテナをつくってしまった。
「お母さん、早く行こう」
玄関から出てきた聖子と姉の秋玲の姿があり、瑠璃にそう呼びかける。
「ええ、そうですね。それでは雅くん、よろしくお願いします」
「了解ッス」
瑠璃はそれを聞くと、娘二人と一緒に投票会場である近くの福嗣中学校の武道館へと出かけていった。
それから一時間後、投票から戻ってきた瑠璃たち母娘は、本堂の方を窺いに行くと、本堂の前に蔓延っていた雑草は刈り取られていることに驚く。
そして山積みにされた雑草を見ると、それを背に雅が腰をおろしていた。
「す、すごい……」
唖然としている秋玲と聖子を後目に、瑠璃は険しい表情で雅を見つめていた。
「因達羅、いったい彼はなにをしたんですか? どう見ても一時間で、しかも一人で刈り取れる量ではないと思いますが」
「あぁ、それはオレが説明します。えっとなんかいらない紙とか藁ってないッスか?」
そう言われ、聖子は玄関の前に置いてあった廃品回収に出そうと思っていた古新聞の束を手に持つや、雅に近付く。
「これでいいかな?」
「あぁそれでも良いッス。ちょっと離れててください」
雅に注意された聖子は、彼から二歩ほど後退りする。
「ほんじゃぁ、ちょっと焼けた臭いがするかもしれないッスけど、我慢してください」
その言葉に、瑠璃たちは怪訝な表情で雅を見た時だった。
「地雷の荒魂よ。祓いたまへ浄めたまへ」
雅が呪を唱えた時、瑠璃と因達羅のみならず、秋玲と聖子も目を見開いた。
雅は人差し指と中指を立てた拳を作っており、その指先が青い火花を散らしている。
その指先を古新聞に近づけると、そこから煙がたちこもる。電気による熱で焼け切られているのだ。
そしてその焼け跡はまっすぐ、古新聞を切り裂いた。
「……とまぁ、こんなもんです。まぁかなり集中しないとすぐに放電してしまうのが難点ですけどね」
「――なるほど電気メスと同じ、電気の熱で物を切るという原理ですか。君の身体に流れている人以上の磁力を扱えるからこそできる芸当ですね」
だがそれでも、本殿の前だけだったとはいえ、たった一時間ほどで、すべて刈り取れるということは、かなりの早さで刈り取っていということになる。
そのことを疑問に思っていた瑠璃は、その時の状況を因達羅にうながした。
「特におかしなところはありませんでした。右手で草を束にして掴み、地面スレスレのところを先ほどの方法で切り取っておりました。最近の若者にしては腰がしっかりしていて、恥ずかしながら見惚れてしまうほど綺麗な姿勢でしたよ」
切り取られた草の根本を見ると、焼け焦げた跡があり、瑠璃はそれ以上のことは聞かなかった。
その時、ポツポツと雨が降り始めた。そして遠雷が聞こえ始める。
「たしか昼ごろから大雨になるとか言っていましたね」
「うん。だから今朝早くに白ねぇから起こされたから、眠いんだよねぇ」
聖子はあくびをしながら、母屋の方へと入っていく。
「普段から朝六時に起きないといけないのわかってるよね? 来年から社会人なんだよ?」
そのあとを秋玲はあきれた表情で追いかける。
「ほんじゃぁ、オレもそろそろ失礼します。これ神社に生えてる雑草全部を刈り取るってなるとかなり時間掛かりそうッスけどね」
雅はそう言うと、腰を上げ、稲妻神社を後にしようとした。
「いやこれだけやってくれたのですから、これからは君が気が向いた時にやってくれればいいですよ。それよりすこしその汚れを落としてから帰ったらどうです? たしか君の家はここからだいぶ離れているみたいですし、服が汚れていては人の目もあるでしょう」
瑠璃に呼び止められ、雅は少し考える。
「お言葉は嬉しいッスけど、着替えとか持ってきてないッスよ?」
「それは大丈夫です。たしかまだ男性もののシャツとか着替えがあったはずですし、あの姉妹には後で話しておきます」
瑠璃はそう言うと、母屋から拝殿がみえる縁側の方へと歩く。
「では雅さん、お風呂場までは私がご案内いたします」
因達羅にそう呼びかけられ、雅は母屋の方へと案内された。
その道中のことである。
「あの因達羅さんでしたっけ? ちょっと聞いて良いッスか?」
「なんでしょうか?」
「瑠璃さんって、娘さん二人の見た目にしては若すぎませんかね? いったい何歳なんですか?」
そう訊かれ、因達羅は少し考えてから、
「別にお答えしても構いませんが、だからといって女性に年齢をたずねるというのは失礼だと思いませんか?」
と悪戯っぽく聞き返した。
「あはは、そうッスね。でも見たところ男性が住んでいるようには見えないですし、なんでまだ男物の着替えがあるなんて云ったんスかね」
雅は首をかしげる。それを見て、雅が誰かに似ているなと因達羅は思った。
「瑠璃さん、白ねぇ、聖子おばちゃん、誰かいる?」
突然玄関から大きな声が聞こえ、なにことかと秋玲は居間から顔を覗かせた。
玄関にはずぶ濡れになった湊の姿があり、焦燥とした表情でやってきた秋玲を見ている。
「ど、どうかしたの?」
「どうかしたのじゃないよ? 遊びに行こうかなってこっちに来たら、突然土砂降りなんだもの」
湊は愚痴をこぼすように言うと、そのままズカズカと脱衣所のほうへと歩いて行く。
それを目で追っていた秋玲は、ふと瑠璃から言われたことを思い出した。
「ちょ、ちょっと待ってっ湊ちゃんっ! ――今お風呂には」
だが、その声が湊の耳に届くことはなかった。
脱衣所に入ると、濡れた服を脱ぎ始め、一糸まとわぬ姿となった湊は、壁に掛けてあったタオルを手に風呂場の扉を開けた。
その時、湯気が湊の身体を包み込む。
――あれ? お風呂沸かしてたのかな?
「聖子おばちゃん、お風呂入ってたの?」
そう風呂場に向かって言ったが返事がない。
それを疑問に思った湊は、風呂場を注視する。
立ち籠っていた湯気はゆっくりと薄くなっていき、湯船に人が入っているのが見える。
――白ねぇはさっき見たし、瑠璃さんが入っていると思え……
湊は湯船に浸かっている人影が視えるやいなや、
「きゃぁああああああっ!」
と悲鳴を上げてしまった。
「ちょ、なに? なんかあったの?」
その悲鳴に驚いて、先に様子を見に来ていた秋玲のみならず、二階でうたた寝をしていた聖子も脱衣所に姿を見せる。
「な、なんで? なんで雅先輩がきょ、きょきょにいるんですか? というかなんでママさんの実家でお風呂に入ってるんですかぁ?」
湊は目の前にいる雅に気付くや、なにがなんだかわからず、頭が混乱している。
そして終いにはその場で、気を失ってしまった。
「えっと、どう説明したものか」
と対照的に雅はその湊の様子を冷静に見ていた。
湯船に身体が浸かっていたため、さいわい雅自身の裸体は見られることはなかったが、湊のほうは前こそタオルで隠してはいたものの、雨で濡れた裸体はしっかりと雅に見られていた。
ちょっと細かい修正。




