漆
雅はバイト先のコンビニまで自転車を走らせていた。
高山の話を聞けば聞くほど、水妹慶太のアリバイに違和感を覚える。
それはつまり――自分もそのアリバイ工作に巻き込まれていた可能性もあったからだ。
どうしてそんなことをしたのか、雅はそれが自分が水妹慶太に対する苛立ちだと自覚する。
――もしかすると、光明寺っていう男がオレを襲わせるように頼んだのも……。
雅がコンビニに着いたのは、ちょうど水妹が駐車場に停めていた自家用車に乗り込もうとしていたところだった。
「店長、ちょっといいッスか?」
大声でそう水妹を呼び止めると、水妹は雅の方を一瞥する。
「雅くんか、どうかしたのか?」
突然現れた雅に怪訝な表情を見せる水妹がそう聞き返す。
「ちょっと聞きたいんッスけど、四月一日、オレがシフトに入っていた晩の時、店長はいったいどこに行っていたんスか?」
「またずいぶん前の話を聞くね。その日はたしか急な呼出しがあってね」
「呼び出しって、支部局にッスか?」
「あぁ、もちろんそのことは君にも言っているはずだが?」
水妹はそう訊ねたが、雅は否定するように首を振った。
「オレ、店長が出て行ってからしばらく、一時間してから仕事が上がったんス。それにさっき栗川さんからRineでその日のことを聞いたら、……店長はその日二日ほど店に来なかったって」
そう問い詰めるや、水妹はすこしばかりたじろぐ。
「あ、ははは……栗川くんには伝えていなかったのかな? 私もうっかりしていたよ」
「栗川さんはオレみたいなバイトの教養係を任されてます。オレたちが店長に用事がある場合、栗川さんが店長の行き先を知らないっていうのはちょっと責任感にかけるんじゃないッスか?」
雅の言葉に水妹はちいさくためいきをつく。
「たしかにそうだ。それは私の責任だろう。しかし……きみには関係のないことではないのか?」
「それがどうもそうはいかないんッスよ。オレ、今日のバイトが終わって家に帰ろうとした時、光明寺っていう男性に殺されかけたッスから」
その名を聞くや、水妹はアッと声を上げた。
「――やっぱり知っていたんスね」
「な、なんのことだね?」
「その光明寺が言うには、オレが水槌杏子をレイプしていたって言っていたんスよ」
「きっ、きみ……そんなことをしていたのか? そんな……あの山奥で――」
雅は口角を上げる。その態度に水妹は不審に思った。
「店長、オレは光明寺という男性がオレを襲った理由を軽く説明しただけなのに、なんで山奥なんて言ったんスか? そんなことする気なんてないッスけど、もし人を襲うようなことがあったら、なにもわざわざ山奥に行かなくても、人気のないところに誘い込んだりするんじゃないッスか?」
「こ、言葉の綾だ。もしかしたらと思い口が滑った」
雅はジッと水妹を凝視する。
「それじゃぁひとつ、これを証明できるって言うならオレはこの話はなかったことにして、心の奥底にでもしまっておきます――店長の車――どうして車のエプロンがところどころ凹んでるんスか?」
そう訊かれ、水妹はハッとした表情で自分のミニバンを一瞥した。
「それって、山道を走っていて弾いた石ころがぶつかったってできたんじゃないんスか?」
「た、たしかにこれは山道を走っている時にできたものだろうな。しかしそれがなんの証拠になるというんだ?」
「それに店長の車の窓、妙に暗くないっすか? 車内が見えていますけど、逆に車内から外が見えないんじゃないッスかね?」
「い、いい加減にしろっ! アルバイトの分際で」
「店長、オレは店長が四月一日の晩、あの時電話があった後どこに行っていたのかを聞きたいんスよ。だってその日の晩まで店長の車そんなボロボロじゃなかったッスから」
雅は言葉を止め、水妹を見つめた。
「少々きみを見くびっていたようだ」
「オレもここまで動揺してくれるとは思ってませんでしたけど」
「しかし、その証拠がどこにある? 私がその日山奥で水槌杏子という少女を殺したという証拠――が……」
水妹は自分の言葉に違和感を覚える。
そう……雅は水槌杏子の名を口にしたまでで、少女という単語は言っていない。
だが、水妹がその水槌杏子を知っていた。だからこそ、彼は自分の口から少女と言ってしまったのだ。
「桜野雅ぃ……、貴様ぁ図ったなぁ」
水妹は目を大きく見開き、雅を糾弾する。
「オレはなにも図ってなんていないッスよ。店長が勝手に自滅しただけじゃないッスか」
雅はカカカと笑みをこぼす。
「だがなぁ、俺は捕まらないんだよ。なにせ俺のバッグには――」
水妹は言葉を止め、ゆっくりと雅を見つめなおした。
「俺のバッグには――その先はなんスか?」
雅は笑みを浮かべる。だがその目は殺気に満ちていた。
「お、お前、あの貧乏アパートに母親と二人で暮らしているんだろ? だが母親は今入院中でその治療費も必要になるはずだ。どうだろうかこの話はお互いの胸にしまいこんでくれないか? そうすれば私のほうからいくらか援助しようじゃないか」
水妹は下手に出るや、そう雅に提案する。
「オレ、おふくろと約束してることがあるんスよ」
「や、約束? 高校生にもなった男が、母親となんの約束をしていると言うんだ?」
近寄ってくる雅に、震えた表情で水妹は訊ねる。
雅の目は険しく、まっすぐに水妹を掴んでいた。
「『たとえ相手が心のそこからの悪党だとしても、相手を恨むのではなく、その悪しき心を恨め』って、店長がやったことが本当なら、オレは店長の邪心を喰らい祓う」
雅は水妹の身体に一撃を食らわせた。
「…………っ!」
雅は違和感を覚え、眼前を見やる。
その先には水妹が笑みを浮かべ、口元を手で拭っていた。
「――――あぶないあぶない、なるほど先生の言う通りだ。桜野雅、あの事件の唯一の生き残りだったことはある」
「いったい、なんの話ッスか?」
水妹の言葉に、雅は怪訝な表情で聞き返した。
「おや、あまり覚えてはいないようだな。まぁいい」
水妹はポケットからちいさな箱を取り出すと、そこからカプセル状の錠剤を取り出し、口に含んだ。
「う、うぐぅっ?」
突然呻き声を上げた水妹は、その場でのたうちまわりだす。
「って、店長? いったいなにを飲んだんスか?」
雅は慌てた表情で水妹に近寄る。
「うぐぅあぁっ!」
突然首を掴まれ、雅はその手を放そうと力を込めた。
「な、なんだよこれ……店長ってこんなに強かったっけ?」
「はぁ……はぁ……、水*杏*は**きをしていた。その*を*えるために私は……彼*を山*に連れ*行き、プレ*ブ小*で犯**めたのだ」
水妹はよだれを垂らしながら、言葉を発する。
しかしまるで雑音が入ったように、その言葉の節々が途切れたり、ノイズが入っている。
「だかぁ*ぁ、私のや*たこ*はし**なのだ。それをど*して貴*のようなガ*に問い*められね*ならぬのだぁ」
「店長、あんた間違ってるッスよ」
雅は体内の磁力を使って、自分の首を掴んでいる水妹の腕に電気を放出した。
その傷みに耐え切れず、水妹は雅の首を掴んでいた手を放す。
「しつけっていうのは、礼儀作法を正しく教えることッス。店長のやったことはただの強姦殺人じゃないッスか」
「だがなぁ、水*杏*は他の店でも万*きを繰り*していた。その被*は相*だったんだ。私は彼女に罰を与*るため*行に移*た」
「それでも他に、他にできたんじゃないッスか? オレあまり頭使うの苦手だけど、店長がやったことは間違っているっ! これだけは大声で言えますよ」
「あんなガキは殺されて当然だ――私を脅そうとしていたのだからなぁ! 私が店で万引きをしていた女子小中高生にそれを脅迫し、ビデオで撮影していたのだから――」
その言葉だけは、しっかりと聞こえた。
「桜野雅、お前はこう考えているだろう。こいつにはなにを云っても無駄だと――だがなぁ、それは万引きをしていたガキどもにも言えることだ。あいつらは万引きが軽犯罪だから軽視している。親が頭を下げることが当たりまえだと考えちまっている。ああいうのはすこし罰を与えないといけないんだよ。一生消えることのない深い深ぁい傷をなぁ」
水妹は哄笑する。それはまるで舞台上に立ったオペラ歌手のように、大きく歌うように告白した――。
「店長、あんた本気でそんなこと思ってるんスか?」
「あぁん、まぁそうだな。とりあえずきみは色々と知りすぎた」
水妹は手に持ったリボルバー式の拳銃を雅に向ける。
「店長――いい加減にしないと……キレるッスよ」
「キレてどうなる? いいかい、生身の人間が銃に勝てるわけがないだろう?」
水妹はその銃を、なんの躊躇いもなく撃った。
――若雷の荒魂よ。目の前の邪鬼を祓いたまへ浄めたまへ……。
銃声が駐車場に響き渡る。
「はははっ、私に歯向かうとどうなるかその身を持って知るんだな。だが知ったところでもう教訓にすらならないだろうが」
水妹は笑いながらその場を後にする。
が、次の瞬間、なにか、自分の全身を一口で喰らうような殺気を感じ、ゆっくりとうしろを振り返った。
「……なっ? ど、どういうことだ?」
そこには銃を撃たれたにもかかわらず、平然としている雅の姿があった。
「店長、オレはあんたを尊敬してる。初めてのアルバイトで四苦八苦していたオレを栗川さんと一緒に仕事のイロハを教えてくれたッスよね。だから今でもそれは感謝してるんスよ」
「きぃさまぁっ!」
立ち上がっている雅に、水妹は五発弾丸を放つ。
しかし、その一発を一発を、雅はその雷の如き手捌きで自分の足元に弾き落としていく。
リボルバー式の拳銃は弾の数に制限がある。水妹が使用してたのは六装式だ。水妹が撃ったのは六発。残りは拳銃本体に込められた弾丸のみ。
「てぇ、てめぇ……いったいなにをしやかった?」
水妹は目の前の雅に戦慄を覚える。
目の前にいる少年は、自分が知っている人間なのだろうかと――。
「くぅそぉっ!」
水妹はその残りの一発を、雅に向かって撃ちぬいた。
「店長、たとえあんたのうしろにどんな人がいるかなんてオレは知らないッス。だけど――いつかその大罪は裁かれるものなんスよ」
雅は右手に拳を作り上げ、その手を振り下ろした。
「地雷の荒魂よっ! この者に取り付いた邪鬼を祓いたまへ浄めたまへ」
雅の右手は青白い輝きをまとう。その拳は弾丸を打ち砕いた。
「閻獄第三条三項において、私利私欲のために少女を誘拐し、犯し殺めたものは『衆合地獄・脈脈断処』へと連行する」
雅が閻獄を言い渡すやいなや、拳は水妹の身体を一閃した。
「きぃさまぁ、イッタイナニモノだ」
水妹の身体から出て行く邪鬼の声を聞きながら、雅はゆっくりとこう述べる。
「――ただの人間だ。お前みたいな人の弱みに漬け込んで、悪さをする妖怪を罰するのが仕事だけどな」
雅はそう告げると、虚空から舞い降りた一枚の呪符を手に持ち、その場を後にした。
大宮の耳に、水妹慶太が自首してきたという報せが入ったのは、雅が水妹に取り憑き悪さをしていた妖怪を地獄に連行した晩の未明のことである。
妻である皐月と一緒に寝ていた大宮は、上半身を起こした状態で、電話先の岡崎にどういうことなのかと説明を促していた。
「それがどうもな、こちらとしては証拠がないから捕まえることはできないと言っているんだが、彼は水槌杏子殺害について話してくれているんだ」
「…………」
大宮のただならぬ様子を見ていた皐月が、遊火に口伝をお願いする。
「あの忠治さま、『その殺された被害者の携帯は本当に初期化されていたんですか?』」
「えっ? あ、ああ初期化はされていたよ。たしか遺体が発見された雑木林から三メートルくらい離れた場所で発見されたんだ。僕らは逃げいている最中に落としたんじゃないかって思ってるし、犯人が初期化したんじゃないかって考えてる」
「…………」
「『だけど、携帯の初期化って、そのパスワードを知っている本人にしかできない』」
「そうだろうね。でもそれがどうかしたのかい?」
皐月は遊火から聞いた大宮の言葉を聞くや、ちいさくためいきをついた。
「『犯人はその被害者の携帯を壊せばいいだけなのに、初期化しなければいけなかった。だから同型機の携帯を用意する必要があった。それは被害者の携帯に犯人が見られたくないものが入っていたから』」
遊火は皐月の言葉を大宮に口伝する。それを聞いた大宮は目を見開く。
「中身を? もしかして被害者は犯人と連絡を取り合っていたというのか? だけど調べたところ水妹慶太と水槌杏子はただの顔見知りで、直接会ったことはないそうだ」
「…………」
「『実行に移っていたのが水妹慶太だったとしても、彼女の携帯にはそれ以上のなにかが入っていたんじゃ』」
「それ以上のなにか――」
「…………」
「『そうじゃなかったら、被害者の携帯を新しくしてまで犯行におよぶとは思えない。壊したとすればその携帯に何か入っていたのではないかと警察が勘付いてしまう。なら携帯を初期化したことにすれば、被害者が自分から初期化したように思わせることができる』」
遊火を通じて聞いた皐月の言葉に、大宮は疑問を感じる。
「皐月……、まさかとは思うけど、彼もまた利用されたということだろうか?」
皐月はその問いになにも応えなかった。
いや、応えられなかったといったほうがいい。
自分の中でもハッキリとした答えが出ていない以上、事件の調査をしていた大宮の混乱になるのではないかと思い、黙ってしまった。




