第8回 張裔
張裔を勧学従事に任命したのは、諸葛亮の肝入りである。
若き才能である譙周に、学問だけに凝り固まって欲しくない、というのが実務を知っている張裔を付けた狙いであった。
そして、人柄もよく、目上を敬い、目下を慈しむといったことのできる人物であった。
張裔は最初、この人事を断ろうとしていた。
譙周自身は全く自覚していないが、譙周の名は若き俊才として、その名を多くの者が知っていたのである。
張裔は、その様な人物の教育を自分如きが出来る訳がないと考え、その旨を諸葛亮に上申した。しかし、諸葛亮は張裔に言った。
「譙周は俊才とはいえ、まだ若い。そして、田舎で暮らしていることから、その人柄は純朴であると聞いている。これから、譙周の様な若き才能を育成していくのが我が国の急務であり、張裔、あなたにはその能力があると思っている。どうか、譙周を導いてもらいたい」
丞相に直接ここまで言われては、張裔もとても断り切れないと思い、今回の人事を受け入れた。受け入れやすかったのは、自分が譙周の上官ではなく、ともに勧学従事という同じ役職であることが、張裔の肩の荷を少し軽くした。
張裔は肩肘を張らずに、譙周と共に成長をしていこう、という考え方になった。
そして、実際に譙周に会ってみて、その考え方で間違いなさそうだ、と思った。自分の勝る点は譙周に教え、譙周の勝る点は、譙周から謙虚に学ぼう、と決めたのである。
張裔と譙周は太学に行くために待ち合わせをした。落ち合うと、張裔が言った。
「譙周殿は、兵学や法学、諸子百家の学問については全く自信が無い、と言っていたが、学ばれたことはおありなのかな?」
「はい。全く手を付けていない、ということではありませんが……。その思想や考え方についていけなかった、というのが実情です」
「なるほど……。例えば、どの様な点が?」
「兵学においては、戦の事を書いておりますので、それだけではないと理解しつつも、人を殺すための学問に思えてしまいます。そして、法学は、人間の性質が悪であることが前提の様な書きぶりになるので、その点がなじめませんでした」
「なるほど。しかし、孫子の兵法は戦わずして勝つことを最上としているし、法学においても、身分問わずに法を適用する考えなどは、これからの国造りには必要になると、私は思っていますぞ」
「確かにそうですね……。我が国は、三国で最弱なのは誰しも認めるところ。ここから、漢の復興を目指すのに、学問の好き、嫌いを言っている場合ではございませんね」
「おっしゃる通り。その辺りを、今日は尹黙殿と三人で話し合い、杜瓊殿に我々の考えとして述べられるようにしないといけませんな」
「はい。私にできることは少なく思いますが、張裔殿や尹黙殿の考えを理解することにつとめたいと思います」
そうこうしているうちに、太学に到着した。
二人は早速、尹黙の居室へと向かった。
そして、太学改革の論議が始まるのである。




