第4回 尹黙
成都での最初の夜が明けた。
昨日の興奮から、熟睡は出来なかったが、だからといって、体が疲れているわけではない。
今思えば、つい先日まで田舎でひたすら学問に没頭していただけであるのに、何と、あの諸葛亮と直接話す機会を得たのだ。
思いの外、しどろもどろにならなかった自分に少し安心をした。表に出て顔を洗おうと思っていたところ、声を掛けられた。温厚で礼儀正しそうな雰囲気を感じる。
「おはようございます。私は、典学校尉の尹黙と申します」
典学校尉とは、学問官僚の一種であり、譙周の拝命した勧学従事より格上に当たる。
譙周は襟を正し、拝礼しながら言う。
「おはようございます。私は、この度、勧学従事を拝命いたしました譙周と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「あなたが譙周殿ですか。諸葛亮様がこの度、学問官僚のお一人を辟召されるとは伺っていました。こうやって官舎が隣になったのも何かの縁を感じます。差し支えなければ、同じ学問に取り組む官僚として、今後も友として交流を持たせていただきたいと考えますが、如何でしょうか?」
「とてもありがたいお話でございます。しかし、友と言うには尹黙殿は私より格上、上官とも言えるお立場の方となりますが……」
「何をおっしゃいます。ともにこの国の学問のために働くのです。その官職の多少の差など全く関係ありません」
「左様でございますか。ならば、是非、友とさせてください。兄からも、ともに学び、ともに働く仲間を大切にせよ、と言われておりますので」
「それでは、只今この時より、我々は友となりました。早速ですが、今晩、仕事が終わりましたら、一献如何ですか?」
「もちろん、お受け致します。それでは、後ほど」
譙周は、初出仕の緊張している朝に尹黙と出会い話をしたことで、緊張が少しほぐれたような気がした。
今この国は、大変な状況である。
劉備が亡くなり、息子の劉禅がその跡を継いだばかりである。しかし、諸葛亮がその影響を最小限に抑える政を行っており、民たちの生活に大きな変化は生じていなかった。
譙周は自己肯定感の強い人間ではないが、諸葛亮と話したことで、自分でもこの国のために何かできるのでは、という思いが生じ始めていた。
そして、初出仕の時がやってきた。




