第3回 諸葛亮
馬車で約五日間の旅程であった。
とうとう、成都に到着した。
成都は益州の中心地であり、蜀漢は小国とはいえ、その賑わいは譙周の想像を超えるものであり、人の多さや物の豊富さに圧倒された。
ここが自分の生活の場所になるのかと思うと、本当に自分のような田舎者が通用するのか、と多少引き目を感じた。
しかし、兄であり、師である譙熙に誠心誠意励むと約束した以上、この約束を果たす責務があると、譙周は一人性根を据え直した。
しばらくすると、使者が譙周に言う。
「間もなく丞相府に到着する。諸葛亮様との対面だぞ」
譙周は驚きながら言う。
「えっ!いきなり、諸葛亮様とお会いするのですか?」
「ああ。諸葛亮様は、自分の辟召した人材とは、どんなに忙しくても、必ず対面して話す時間を設ける。とても立派なお方だ」
「私は何を話せばよいやら……」
「まあ、無理かもしれんが、そう緊張するな。問われたことに答えればよい。わからないことは、正直にわからない、と言えばいいだけだ」
「そうですか……。それならば、何とか……」
「譙周、お前は本当に謙虚なのだな。これまで、何人かを諸葛亮様の使者として人材の辟召に当たってきたが、お前ほど謙虚な者はいなかった。むしろ、みんな自信満々、満を持して呼ばれた、と言う感じであったぞ」
「私にはとてもその様な自信はありませぬ……。ただ、ひたすらに学問に取り組んできただけであり、その学問を世のために活かすなど、考えたこともございませんでした」
「そうか。ならば、その考え方は今から改めよ。お前は、世のため、民のために働くのだから」
「わかりました。そうさせていただきます」
話しているうちに、丞相府に着いた。
使者は馬車を他の者に預けると、譙周を中へと誘った。
譙周は、かしこまりながら使者の後ろについて行った。
しばらく進むと、使者が立ち止まり言う。
「ここが、諸葛亮様が普段執務を行う中堂だ。準備はいいかな?」
譙周は頷いた。使者が言う。
「丞相!譙周殿をお連れ致しました!」
中から、清らかではあるが、はっきりした言葉が聞こえてきた。
「入られよ」
まず使者が入室して、その後に譙周が続いた。
使者が言う。
「こちらに控えるのが巴西郡西充国の譙周殿です。譙周殿、諸葛亮様にご挨拶を」
譙周は一目、諸葛亮を見た。
身長は譙周同様、大柄である。しかし、威圧的な感じは全く受けなかった。むしろ、こちらの話を聞く姿勢であるが、譙周は既に緊張でわきの下に大汗をかいていた。
しかし、落ち着いて、一呼吸おいてから名乗る。
「ご紹介にあずかりました、巴西郡西充国より参りました譙周でございます。この度は、私のような者にお声を掛けていただいたこと、心より感謝申し上げます」
諸葛亮は、譙周の緊張を見て取ったのか、柔らかい雰囲気で言う。
「譙周殿。そなたの学問に打ち込む姿勢はまことに素晴らしいと、私のもとにその名が届いてきた。我が国は、これから多くの優秀な人材を育成していかなければならない。そのためには、学問の奨励が急務となる。あなたには、勧学従事として、その役目を果たしてもらいたい」
「もったいないお言葉、まことにありがとうございます」
「譙周殿。あなたの得意とする学問は、何か教えてくれぬか?」
「はい。主に尚書、図讖、天文を学んでまいりました」
「なるほど。お父上の譙へい殿もその学問において名を馳せていたと聞いている。これが譙家としての学問の最も重きを置くもの、ということか」
「はい。父は私が幼い時に亡くなりましたので、兄の譙熙から学びました」
「なるほど。これからは、その学問をこの国のために活かしてもらいたいと考えているが、力を貸してもらえるであろうか?」
「もったいないお言葉でございます。私にできること、精一杯、つとめさせていただきます」
「期待している。この国で学ぶ者たちのために、その礎を造り上げてほしい」
譙周は拝礼し、退出した。
使者が言う。
「譙周。いや、これからは譙周殿と呼ばせていただこう。緊張は見て取れたが、それなりにしっかり諸葛亮様とのお話は出来ていたな」
「兎に角、緊張をしていて……。正直、何を申し上げたのか、既に記憶があやふやでございます」
「いや、立派であったぞ。さて、これからは、譙周殿の暮らすことになる官舎に向かう。ここで、私とはお別れだ」
「使者殿。何から何まで、お世話になりました」
「なに、それが私の仕事だ。私はこの仕事に誇りを持って取り組んでいる。一番うれしいのは、自分が連れてきた人材が活躍をして名を馳せる時だ。譙周殿、期待しているぞ」
こうして、これから暮らす官舎に入り、荷物を下ろしたところで使者は去って行った。
これより、譙周の成都での生活が始まるのである。




