第22回 師弟
まずは、郡学を中心とした学問改革が動き出した。
人手の少ない郡学に、私塾へこの制度を説明させるのは多少酷に感じたが、今後優秀な人材を太学に送り込んでもらうためにも、ある程度の負担をしてもらうことにした。
成都の方は若干、落ち着いた。ここで杜瓊が譙周を太学の居室に呼び出した。杜瓊が言う。
「譙周殿。地方巡察に出発する際に、私が言ったことを覚えているかね?」
「もちろんでございます。私を弟子にしていただけるというお話でした」
「そうか。今でも、その気持ちは変わらぬか?」
「はい。是非にお願いしたいと思っています」
「それでは三日に一度、職務が終わったら、私の官舎に来てくれるかな。そこで、色々と話そうではないか」
「わかりました。お忙しい中、私如きのためにお時間を割いていただけるとのこと、心より感謝いたします。今後は杜瓊先生と呼ばせていただきます」
譙周は拝礼して立ち去った。
そこで尹黙と出会った。尹黙が言う。
「譙周殿。杜瓊殿に師事されるのですか?」
「はい。今そのお話をさせていただき、正式に弟子として学ばせていただくことになりました」
「そうですか、それはよかった。杜瓊殿の学識は並々ならぬものがあります。もちろん、譙周どのもそうでしょうが、何かしらの学びはあるでしょうね」
「はい。今から楽しみでなりません。ここのところ、自分の学問の探求が出来ていなかったので……」
「我々も忙しくなりましたからね。体には気を付けてくださいね。譙周殿は熱中すると止まらないところがありますから」
二人は笑いあって別れた。
譙周は、杜瓊と出会う前から、杜瓊の名は知っていた。
兄の譙熙から、今この蜀漢で一番の学者と言えば杜瓊殿であろう、という話を聞いていたからである。
学問官僚として働くことが決まった時、まさか杜瓊と働けるなど思っていなかったので、譙周は誰にも言っていないが、一人静かに興奮をしていたのである。
その杜瓊から「弟子になれ」と言われたことが嬉しくてたまらなかった。
そして三日に一度、譙周が杜瓊の官舎を訪ねて、主に尚書や図讖の解釈について教えを受けた。
譙周は自分でもかなり突き詰めて学んできたつもりだが、上には上がいるということを改めて実感できた。そして目指すべき人から教えを受けられるのは幸せな事であった。
しかし、天文学の話は一切出てこなかった。そこで譙周は聞いた。
「杜瓊先生。天文学のお話を伺うことは出来ますでしょうか?」
「うむ……。譙周殿、実は私も悩んでいるのだ」
「と、申しますと?」
「天文学に関しては、自分の目で天文そのものの動きを追い、それを記録し、それが何を意味するのか突き詰めていくわけだが、言葉で伝えられるものではないのだ。もし、こうであればこう、という答えがない以上、天文学に関しては譙周殿にも伝えるのは難しいというのが、今の見解だ」
「お言葉、わかりました。天文学に関しては、自分で突き詰めていくものと理解をしました。今後とも、尚書と図讖についてお教えを請いたく存じます」
譙周は、拝礼した。
譙周が充実した日々を過ごす中、第二次北伐がいよいよ動き出すのである。




