第20回 王平
王平の太学初日。学問官僚四人で王平を出迎えた。
王平が言う。
「皆様、初めまして。私が王平です。私の様な者が出来る仕事とは思えなかったのですが、丞相からの命令と言うことで、参上させていただきました」
「私が学問官僚の筆頭をつとめさせていただいている杜瓊です。将軍のお越し、皆でお待ちしておりました」
「皆様既にご存知だと思いますが、私は字を読むことが出来ません。ここまで、耳学問でやってきました。その上での経験を学生たちには伝えるつもりですが、それでよろしいのでしょうか?」
「もちろんです。学問のみならず、実際の戦場でのご経験などの実戦譜も是非、お願いしたい。生きた学問を、学生たちには学ばせたいと考えておりますので」
「わかりました。前任の馬謖殿のように格式高い講義などはできぬと思いますが、やる以上は、精一杯つとめさせていただきましょう」
「ありがとうございます。それでは、学生が待っております。講堂に、ご案内いたします」
四人は王平と共に講堂に行く。
教室に入ると、学生たちは整然と座っていた。
尹黙が学生たちに王平を紹介する。
「今日から、この兵学の講義を担当していただく、王平将軍だ。将軍が教壇に立つというのは、恐らく曹魏でも孫呉でもないであろう。この貴重な機会を、諸君には大事にしてほしい。将軍、講義の前にご挨拶、お願いいたします」
王平は教壇に上がり、学生たちを見て言う。
「まず、皆に言っておく。私は、字を読むことが出来ない」
学生たちはざわついた。王平にとって当然、予測をしていた反応であった。王平はそのざわつきを、手で制す。そして続ける。
「しかし、私はここにいる誰よりも兵学に精通しているという自負がある。そうでなければ、将軍にはなれぬ。」
学生たちは静まり返る。更に続ける。
「私は、孫子、呉子、司馬法、尉繚子といった、君たちが学ぶべきとされている兵書を全て暗唱することが出来る。字の読める者に読んでもらい、耳学問で覚えた。そして、それを活用する術を知っているから、実戦で生き残り、将軍という地位にあるのだ」
学生たちは集中して、王平の言葉を聞いている。王平は更に続ける。
「君たちには、将来、この国を背負ってもらう人材となってほしい。いや、なってもらわなければならぬ。そこを今一度自覚し、学問に励んでほしい」
「はい!」
全生徒が一斉に返事をした。王平は大きく頷き、言う。
「それでは、講義を始める。皆、こちらに集まってくれ」
王平は、教壇に全員集まるように指示した。そして、教壇に地図を広げて言う。
「これが、どこの地図かわかるか?」
学生たちは誰も答えられなかった。
「これは、街亭の地図だ。」
この講堂にいる全員が驚いた。まさに、北伐の戦いの敗因となった戦いを、この講義で説明するということだ。王平は続ける。
「街亭の戦い。この指揮を執られたのは、あなた方の師であった馬謖殿だ。丞相は、この街亭は守りの要であるから、平地に陣を設ける様に指示をしていた。しかし、馬謖殿は丘陵地帯の高地に布陣をした。何故だと思う?」
誰も答えない中、一人の学生が恐々としながら答える。
「馬謖先生は、高きから低きを攻める方が有効である、とのお考えだったのではないでしょうか?」
「その通り。高所から低所への攻撃は有効だ。しかし、では何故、丞相は平地に布陣せよと命じたのか?」
これは誰も答えられなかった。王平が言う。
「それは高きに登り、もし、水源を絶たれたならば、軍の枯渇を免れることが出来ないからだ。人間は、水が無ければ生きてはいけぬ。水源を絶たれるということは、兵糧を断たれる以上に危険な事なのだ」
更に続ける。
「私は、馬謖殿に丞相の指示に従うように直言したが、聞き入れてはもらえなかった。その場の事は将軍が全てを決する権限を持っている。将軍が是としたものが是、非としたものは全て非になるのだ」
王平の言葉は更に続く。
「それ故、皆には将軍の重責をわかってほしい。そして、兵書には表と裏がある。表で是というものでも、裏の考えでは非になり得るのだ。その点をしっかり覚えておいてほしい」
初回から、何と熱の入った講義であろうか。
学生たちは、必死に王平の話を聞いた。
そして、王平はその学生の熱を感じながら、講義を進めた。
王平や学生はもちろん、聞いていた学問官僚四人も心地よい疲れに包まれた。
杜瓊は一人呟く。
「字が読めぬ?それがどうした。この講義、三国随一なのは間違いあるまい。将来、必ずやこの講義を受けた者が将軍としてこの国を盛り立てるであろう」
譙周は静かに誓う。
「これが将軍……。こういう人材を輩出するのに、この太学を、学問を盛り立てねばならぬ」
灼熱の一日はこうして終わり、太学の重要性は増していくのである。




