第17回 地方巡察(四)
朱提郡に入った。
譙周が言う。
「張裔殿、村々にも環境が整えば学問を志す者は増えてくると思います。やはり、国から師となれるべき素養のある者を送り込んで、私塾を設営するなどは、現実的に難しいのでしょうか」
「そうですな……。周辺の中でも大きな村にとかいうのであれば可能性が少しは高まるかもしれんが、実際にその師となれるべき人間もそう多くはないでしょうな」
「そうですね……。師になれる力のある人材の確保ということ自体が難しい問題ですね」
「本当に学問を志す者であれば、どんなに困難な立場に置かれていても、学問に取り組む者もいる。国は違うが、孫呉では闞沢と言う人物が農民の出身でありながら、大いに出世した例などもある」
「農民と言う立場でありながら、独学でそこまでとは、想像を絶する努力をされたのでしょうね」
「ああ。そういう人物に、この巡察の機会に出会えればいいのだが……」
「そうすると、そういう人物を探すためにも、引き続き村々の巡察は必要になりますね。朱提郡の郡治は僰道でしたね。そこに至るまでに、隠れた逸材などおられるなら、是非、お会いしたいものです」
「そうですな。それを楽しみに、参りましょう」
張裔と譙周は、村がある度に、村長や主だった者に、この周辺に隠者や学問を志している者などの情報が無いか聞いて回ったが、そう簡単に見つかるものではなかった。
結局、村々で新たな発見や人材を見つけることが出来ぬまま、郡治の僰道に到着した。
朱提の太守に挨拶を済ませた後、郡学の視察に向かった。規模は、犍為郡の武陽と同等であった。
学生の話を聞くと、やはり、学生は更なる学問への欲求を持っていることがその言葉の熱で分かった。
譙周が言う。
「郡学で学ぶ者たちを、まずは太学に入れる道筋を作るのが一番早そうに感じました。学問の基礎が出来ているというのが一番の利点かと」
「そうですな。私塾からの推薦も、まずは郡学で学んでもらい、その郡学から推薦された学生を太学に迎える、というのもいいかも知れませんな」
「そうなると、郡学の改革が課題、ということになりましょうか」
「確かに。今回の巡察で、残念ながら新たな才能を発掘することは出来なかったが、その将来を期待できる若者たちに会うことは出来た。今回の巡察はここまでとし、丞相が成都にいる間に、今回の報告、提案をまとめましょうぞ」
「成都にいらっしゃる間というのは、どういうことですか?」
「先主(劉備)がお隠れになってから数年、そろそろ北伐の機運が高まってきてもおかしくない時期ですからな」
「北伐……。あの大国、曹魏と雌雄を決するということですか?」
「左様。丞相は蜀漢の内政だけではなく、北伐を行うときは自ら指揮を執るおつもりであろうからな」
「丞相は全ての責任を担っているわけですね……。我々は、せめて優秀な人材を育てるための太学改革を本当の意味で完成させる必要がありますね」
「そうですな。少しでも、丞相のお役に立たなければなりませんな」
こうして、張裔と譙周は地方巡察を終え、急ぎ、成都に戻るのである。




