第16回 地方巡察(三)
武陽に到着した。
ここに至るまで、他の村の視察も行ったが、どこも最初に訪ねた村と大差はなかった。
武陽は犍為郡の郡治だけあり、それなりの賑わいを感じさせる。譙周が言う。
「張裔殿。やはり、郡治ともなりますと雰囲気が変わるものですね」
「そうですな。村とは違い、物資も金も大きい所に集まってくる。ここなら、私塾もいくつかは視察できるでありましょうな。お会いできるかわからんが、一応、太守様にもご挨拶をいたしますか」
「わかりました。それでは、中央庁に参りましょう」
二人は、太守が執務を行う中央庁に向かった。
門番に、成都から来た勧学従事の張裔と譙周であることを名乗ると、しばらく待たされて、太守の所に案内された。
太守はわざわざ二人を出迎えて言う。
「丞相より、各郡には、勧学従事のお二方がお伺いするであろうから、よしなに、という触れが出ております。よくぞ、参られた」
諸葛亮らしい、二人が動きやすいようにとの配慮であろう。丞相という多忙な立場でありながら、この様な細やかな気遣いまでするのが諸葛亮の凄さである。太守が言う。
「さて、お二人はこの武陽でどのようなことを?」
張裔が太学改革を行っていること、そして学生の数を増やすためにも、学問の裾野を広げたいことなどをかいつまんで説明した。太守は納得した様子で言う。
「なるほど……。それは、大きな仕事でございますな。郡治には郡学がありますので、そこから優秀な者を太学に招くというのはどうであろうか?」
「おっしゃる通り。まずはそこからですな。更に、私塾からもそういった学生がいれば、積極的に掬い上げたく思っております」
「私塾も、この武陽には数多く存在します。最も、全てが質の高い教育を行っているのかどうかまでは、太守の私も把握しているわけではないが……」
「それはそうでございましょう。太守殿の仕事は多岐に渡る。その様な事まで把握されるのはなかなか難しいでしょう。しばらく、武陽に滞在して、郡学やら私塾の視察を行いたく思いますが、よろしいでしょうか?」
「それは、もちろん。お泊り頂けるよう、官舎を手配しておきましょう」
「それはありがたい。それでは、早速、視察に参らせていただく」
「何かあれば、おっしゃってくだされ。出来ることは、手伝わせていただく」
張裔と譙周は拝礼して立ち去った。
譙周が言う。
「ここの太守様は、話の分かる方でしたね」
「ああ。丞相からのお触れが出ているとは、思わなかった」
「そうですね。まずは、郡学から視察されますか?」
「そうですな。それでは参ろうか」
中央庁より、郡学はそれほど遠くなく、一刻程度歩いて着くことが出来た。
「これが、郡学でございますか……」
譙周が呟いた。張裔が言う。
「そう、これが郡学。譙周殿はもっと大きいものを想像していたかな?」
「はい……。太学ほどではないにしても、それくらいの規模の講堂や官舎はあると思っておりました」
「この武陽は成都に近い。それでも、この規模だ。我が国の人材の育成は、曹魏はもちろん、孫呉にも大きく後れを取っている実情が、これだ」
「今回の巡察で、早くもその違いが理解できました。これは、太学改革と合わせて、早急に行わなければ、この蜀漢の存続すら、危ぶまれます……」
「滅多なことは口にしないように、と言いたいところだが、譙周殿の言う通りだ。学問の裾野を広げるのは、国家的な急務であり、丞相は我々学問官僚に、この国の未来を託されている、ということを自覚しなければならん」
「はい……。それではまず、この郡学の実態を把握するためにも、師と学生に話を聞きたく思います」
「そうですな。まずは、師の話を聞くとしよう」
二人は、師の居室を訪ねた。
一人の初老の男性が、二人を迎えた。
この郡学で唯一の師だという。譙周が聞く。
「先生、お一人で学生に教えるのは大変ではございませんか?」
「そうですな……。とはいえ、学生も八人ほどしかおりませんので、私一人でもなんとかなっております」
「そうですか。主に、どのような講義を?」
「それは当然、儒学でございます。儒学以外の学問を教えることは、私にはできません」
「なるほど……。実は、成都の太学では、儒学でなく、兵学、法学、政治学と言った実学も教えるようになりました。ここの学生でも、そういった実学に興味のある者はおりますでしょうか?」
「さあ……。実際に、学生に聞いてもらった方が早いかもしれませんな。まだ、講堂に残っていると思います」
「ありがとうございます。それでは、講堂に行ってみます」
譙周が張裔に言う。
「やはり、学問と言えば儒学。他は必要ない、という考えが基本なのでしょうか?かくいう私も、ついこの間まではそういった考えでしたが……」
「そうでしょうな。学問と言えば、儒学。これはまず、誰も外さない、学ぶべきものとします。しかし、実学は好き嫌いが分かれる。学問ではない、と言い切る者もまだまだ多いでしょうな」
「そうですね……。まずは、学生の話を聞いてみましょう」
二人が講堂に行くと、まだ学生が三人ほど残って、何かを話していた。見慣れない二人が入って来たので、学生は少し驚いた様子であった。譙周が言う。
「驚かしてしまい、申し訳ない。私は、成都から来た勧学従事の譙周、こちらが張裔殿です。実は、学生のあなたたちと話をしたくてこちらに参りました」
学生の一人が答える。
「成都のお役人様が、我々などに話とは一体、どのようなことでございましょうか?」
譙周は、単刀直入に聞いた。
「皆さん。もし、希望をすれば成都の太学に入れる、となった場合、希望はされますか?」
「譙周様。郡学と太学では、やはり勉学の内容に差はありますか?」
「そうですね……。師と呼ばれる者は博士や助教が複数おりますし、ここ最近では、儒学の素養がしっかり身に付き、芯のある人物であると判断されれば、実学の勉学もすることが出来るように改めました」
「実学と言うと?」
「兵学、法学、政治学。まさに、国家を動かしていく人材として、身に付けていただきたい学問の総称です」
「もちろん、我々も学びたいです!そうであろう?」
話を聞いていた学生たちも頷いた。張裔が言う。
「実学は、それほど、魅力的かな?」
「はい。我々の様な者が大志を抱く資格があるかわかりませんが、この国のために身命を賭して働きたいという希望は持っています」
「大志を抱くに、資格など必要ない。その心意気が大事なのだ。では、学生諸君としては、機会があれば、成都の太学にて、実学を含めて学んでみたい、ということであるな」
三人の学生は大きく頷いた。
張裔と譙周は学生たちと別れ、まだ日も高いので、私塾をいくつか巡ることにした。
私塾の師である者も、学生たちも、現在の太学には非常に魅力を感じたと話しており、師の一人からは、優秀な学生を師が推薦できるような仕組みがあるといいのではないか、という提案を受けた。
いわゆる「孝廉に挙げる」と言うのは、その実態は役人の世界の話であるともいえる。私塾の師が、この学生は素晴らしい才能があると言ったとしても、それが太学の入学や、人材の登用に活かされる道はほぼ無いのが現状である。
張裔と譙周は、この権利をどの私塾までに認めるのかという議論はあるが、制度の一つとして確立する意義は非常に高いと感じた。
武陽で多くの収穫を得た二人は、次なる目的地、朱提郡へ向かったのである。




