第15回 地方巡察(二)
今回の巡察では、成都より南方に向かい、いくつかの郡を巡る旅となる。譙周が言う。
「張裔殿、私は正直、旅というものにあまり慣れておりませんが、張裔殿は如何ですか?」
「私は、地方の巡察を何回か行ったことがある。旅と言うかは別にして、慣れていると言えば慣れていると言えましょうぞ。譙周殿。今は平坦な道なので馬に乗れますが、馬に乗れない山道も多くありますので、その辺りはご覚悟を」
「はい。この蜀漢自体が山に囲まれた国だと思っておりますので、その覚悟は出来ております」
「それなら、よかった。まずは、犍為郡の武陽を目指しましょう」
武陽への道は、比較的平坦な部分であり、馬が活躍できる。
急げば二日から三日の距離と言えるが、今回は目的地に至るまでの村々も視察対象に入れることから、倍の日数くらいはかかるものと思われた。
最初の村で、村長に挨拶をした。張裔が言う。
「我々は成都から参った勧学従事の張裔と譙周と申す。色々とお聞きしたいことがあるので、お時間を頂けるとありがたく存ずる」
「成都からのお役人様が、どのような御用でしょうか?」
「今後、この蜀漢の国を豊かに強い国にしていくには、それを支える人材が必要になってくる。そこで我々としては、成都の者だけではなく、地方の優秀な人材を太学に迎え入れたり、地方の教育水準自体を上げたいと考えているのだが、まずは、この村の子供たちがどの様に学んでいるかを教えていただきたい」
「普通の子供たちは、親が知っていることを教わる程度でしょう……。この村には、先生がいる私塾などは存在しておりませんので……」
譙周が聞く。
「もし、私塾を開くことが出来る様な先生がいれば、村の子供たちは通うものでしょか?」
「仮に、そういう先生がいれば通う子供もいるかもしれませんが、それほど余裕のある者は少ないかと……」
譙周は、自分の家は父親が早く亡くなり、貧しい家庭だと思っていた。しかし、字は読めるのはもちろんのこと、学問に熱中することもできた。これが、如何に恵まれていたのかということを、改めてこの時に知った。
張裔と譙周は村長に礼を言い、この村を出た。
馬上で譙周が言う。
「張裔殿。この村は、成都からそれほど遠くないにもかかわらず、学ぶことが出来る環境も無ければ、仮にあったとしても、子供を学ばせること自体が難しい、ということでした。これは、どこでも共通でしょうか?」
「うむ……。村という単位で、私塾を備えているところは、現段階ではほぼ皆無と言っていいであろう。実際に、学ぶとなれば、郡治や県治に通わせたり、住まわせる必要があるということだな」
「そうですね。そうすると、ほとんどの人が字を読めない、ということでしょうか?」
「そういうことですな。先ほどの村であれば、村長やその親族の一部くらいではなかろうか……」
「太学の改革は今のところ、うまくいきそうです。しかし、学問の裾野を広げるのはそう簡単ではございませんね」
「まさしく、譙周殿の言う通り。我々が、一人でも多くの学びたいという気持ちの者をすくいあげねばなりませんな」
譙周は大きく頷いた。
こうして、譙周は最初の村で、この国の現状と学問行政の難しさを痛感したのである。




