第13回 改革後
太学の新しい講堂は熱気に包まれていた。
儒学の素養が身についているのか、しっかりとした芯を持っているかの、学問官僚四人との厳しい面接試験を乗り越えた者のみが入館を許可され、実学の教授を受けることが出来るのである。この難関を乗り越えたのは、七〇人中、わずかに一〇人であった。
その一〇人のために、丞相府で実際に活躍をしている楊儀や馬謖が忙しいにもかかわらず、太学で教壇に立ち講義を行うのである。この一〇人は、まさに選ばれた者たちといっていいであろう。
譙周は、その一〇人の内、一人に話を聞いた。
実学の講義を受けての率直な感想を知りたかったからである。譙周が学生に聞く。
「この実学の講義を行うことは、将来、蜀漢を背負って立ってもらう人材を育成することが目的です。実際に、実学の講義を受けた感じはどうですか?」
「はい。この様な機会をいただけたことに、本当に心の奥底から感謝をしております。まず、楊儀先生の法学、政治学ですが、その講義は厳粛そのもので、予習や復習といったものを行っていなければ、すぐにその指摘を受けます。しかし、その厳しさが自分たちのためにしてくれているものと思い、なんとか食らいついております」
「さすがは楊儀先生といったところですね。兵学の馬謖先生はどうですか?」
「はい。馬謖先生は、まず、我々に孫子の兵法だけは必ず暗唱できるようにとお命じになりました。そして、講義ではどちらかと言うと、書に当たるというよりは、議論を行い、話をしながら理解を深めていく、という感じで進行をしていきます」
「なるほど。兵学の講義は活気にあふれている様子が目に浮かびます」
「まさに、その通りです。馬謖先生は、他人の意見を単に間違えている、それは駄目だ、という指摘するだけの事は禁じており、必ず、こうした方がいいのでは、という対案を出すようにも指導をしてくれています」
「確かに、自分と意見が違う人にそれは駄目だというのは簡単ですが、対案まで出すとなると、更に思考をする機会が増えますからね。素晴らしい、講義だと思います」
「はい。我々一〇人は、誰も振り落とされることなく、皆で協力し合って、この実学の講義を乗り切り、官の道に進みたいと願っております。新たに、生涯の友を得た様な感じです」
「そうですか。いい話が聞けて良かった。私など何の役にも立っていないが、この太学改革に少し関わらせてもらっていたので、学生の方の声を聞いてみたいと思っていた次第です。忙しい所、時間をいただき感謝します」
学生は拝礼して、立ち去った。
譙周はこの話を、杜瓊をはじめ三人に共有した。杜瓊が言う。
「その学生の感想、正にこちらの狙い通りであるな。楊儀殿の厳粛な講義、馬謖殿の活発な講義。どちらも、ご自分の特性を活かした講義をしてくれているのであるな」
「そうですね。私も学生に話を聞きましたが、やりがい以外ありません、という頼もしい言葉をいただきました」
「私は逆に、今回面接試験を通過できなかった学生に、儒学との向き合い方を問われました。太学全体が活気づいてきたのがよくわかりますな」
「はい。私も、楊儀先生と馬謖先生の講義に参加したいのですが、それは役得ではないか、と批判を受けそうなので、遠慮をさせていただいております」
皆が笑った。ここで杜瓊が言う。
「さて。この太学改革、もちろんわかっているであろうが、ここで終わりではない。今後、学生の質は当然として、その母数も上げていかなければならない。現在の学生は、官についている者の子弟がほとんどであるが、入学の裾野を広げていく必要があるな」
「そうですね。譙周殿の様に太学を出ていなくてもその才が丞相の耳まで届くような俊才が出てくることに期待していてはいけませんね」
「地方にも埋もれた才能は多くあると思いますぞ。ここは、足を使って、各地の私塾などを巡り、その中から優秀な者はこの太学に入れていくべきだと思いますな」
「それは素晴らしいことですね。そのお役目、是非、この譙周にお命じください」
「譙周殿、抜け駆けはよくないぞ。この張裔も勧学従事として、そのお役目、果たす所存です」
「そうか……。わかった。勧学従事の二人には、各地を巡り今後の展開に必要なことを模索してもらおう」
「わかりました。譙周殿と二人で、協力して進めます」
こうして、張裔と譙周は二人して地方を巡ることになるのである。




