魔法塔で見つけた攻略対象者
魔法塔から帰った私は、自室のソファへ勢いよく飛び込んだ。
ふかふかのクッションに顔を埋める。
落ち着く。
やはり我が部屋は最高である。
窓の外では夕日が西の空へ傾き始めていた。茜色の光が大きな窓から差し込み、部屋の中を柔らかく照らしている。
頭の中には今日見た光景がぐるぐると巡っていた。
巨大な魔法塔。
空を飛ぶ本。
光る魔法陣。
そして――黒髪の変人魔導士
「エレノーラ王女殿下」
侍女の声が聞こえた。
「なぁに」
私はソファに埋もれたまま返事をする。
「せっかくのお洋服が台無しになります」
顔だけ上げる。
今日着ている淡い緑色のドレスは確かに皺になりそうだった。
「あとで着替えるわ」
「そういう問題ではございません」
即答だった。私は少しだけ頬を膨らませる。
「大丈夫よ」
「大丈夫ではございません」
こちらも即答だった。どうやら本格的に呆れられているらしい。
「エレノーラ殿下」
「なぁに」
「そのドレスは本日三着目でございます」
私は瞬きをした。
「そうだったかしら」
「そうでございます」
覚えていなかった。
すると後ろから大きなため息が聞こえた。
振り返る。
そこには向かいの椅子へ腰掛けたフォレストがいた。
疲れた顔をしている。
とても。
「お前な」
「何よ」
「疲れた」
「お疲れ様」
「原因がお前だからな」
失礼な。私は何もしていない。
少し魔法塔を探検して、
少し天才魔術師を追いかけて、
少し帰れと言われただけである。
「それで?」
私は勢いよく起き上がった。
「何が」
「アッシュよ」
フォレストは嫌な顔をした。
「お前本当に気になるんだな」
「気になるわよ」
即答だった。
私は今日見た黒髪の少年を思い出す。
本を抱えながら歩く姿。研究の邪魔だと言った姿。
何度も帰れと言った姿。
普通なら嫌な印象を抱いてもおかしくないのに、不思議とそうは思わなかった。
「なんだか放っておけないもの」
私がそう言うと、フォレストは少しだけ黙った。
そして観念したように口を開く。
「アッシュ・ローズベル」
私は頷く。
「うん」
「攻略対象だ」
私は思わず拳を握った。
「やっぱり!」
フォレストは額を押さえる。
「嬉しそうだな」
「だって気になっていたのだもの」
あの変人。
やっぱり攻略対象だったのだ。
「ゲーム開始時は二十四歳」
フォレストは思い出すように言った。
「だから気付かなかった」
「そうなのね。今は十二歳くらいかしら?それより下?」
「いや。ゲーム開始時期から逆算すると十五歳のはずだ」
「えっ?」
どう見ても十二歳くらいだった。
細いし小さいし。
大量の本を抱えた子供にしか見えない。
「原作のアッシュは今と全然違う」
「どう違うの?」
「もっと暗い」
フォレストは即答した。
「部屋に閉じこもって、人と関わろうとしない」
私は首を傾げた。
「今も十分そんな感じだったけど」
「まだマシだ」
フォレストは断言した。
そして少し真面目な顔になる。
「原作では魔力暴走を起こす」
私は眉をひそめた。
「魔力暴走?」
「ああ」
「危ないの?」
「かなりな」
部屋の空気が少しだけ重くなった。
私は黙って続きを待つ。
「どっかのお偉いさんに頼まれた魔道具を試作研究中の事故だったらしい」
フォレストは言う。
「大怪我を負うし、後遺症も残る」
「……それでその後は?」
私は小さく尋ねた。
「研究ができなくなる」
私は言葉を失った。
ふと今日のアッシュを思い出す。
あれだけ研究に夢中な人が、研究を続けられなくなる。それはきっと、とても辛い。
私には想像もできないくらいに。
フォレストは静かに続けた。
「その後引きこもる」
「……」
「ゲーム開始後、魔法塔に迷い込んだアリアと出会う」
私はしばらく考えて口を開く。
「ちなみにアッシュが何歳ごろにその魔力暴走がおきるか覚えてる?」
「いや、そこまで覚えてない。というか姉ちゃんがやってたゲームを横で見てただけだからむしろここまで覚えてるのを褒めて欲しいレベルではある。」
「確かに。じゃあどうしましょう。魔力暴走を事前に止めるとしてもその後のアリアのイベントをなくしてしまうわ。だからと言って知ってて見捨てるなんて私にはできないけれど」
フォレストが予想通りという顔をした。
「そう言うと思った」
「当然でしょう?」
「当然じゃない」
私は笑った。
未来が決まっているなら変えればいい。
悪役令嬢だってそうだ。
アッシュの未来だって同じ。
「お前本当に簡単に言うよな」
「簡単だもの」
「簡単じゃない」
でも、私は思う。
未来を知っていて見捨てる方が難しい、まして相手はまだ十五歳の少年なのだ。
もし聖女アリアが誕生した場合、どちらにせよ魔術師であるアッシュとは関わりを持つはず、2人が運命ならばそこで恋に落ちればいいのだ。
私はにっこり笑った。
「よし。明日も魔法塔ね」
「は?」
フォレストが固まった。
「どこへ行くって?」
「魔法塔」
「帰れって言われただろ」
「だから何?それに、近くで見ている方が魔力暴走の原因や対策が掴めるかもしれないでしょう?」
私は首を傾げた。
フォレストは深いため息を吐いた。
「まぁそれはそうだが、明日もまた行くのは頼むから諦めてくれ」
「嫌よ」
即答だった。
⸻
翌朝。
私は朝食を終えると同時に立ち上がった。
「行くわよ」
「本当に行くのか」
フォレストが疲れた声を出す。
「もちろん」
「昨日帰れって三回言われてただろ」
「いや四回だったわ」
「数える余裕あったのか」
失礼ね。
帰れと言われた回数くらい覚えている。
⸻
そして私は再び魔法塔へやって来た。
昨日見上げた巨大な白亜の塔は、今日も空へ向かってそびえ立っている。
見れば見るほどわくわくする。
中へ入ると、魔術師たちが忙しそうに行き交っていた。
昨日より少しだけ勝手が分かる。
私は堂々と階段を上っていった。
途中で何人かの魔術師に話を聞く。
「アッシュ様の研究室?」
若い魔術師が目を丸くした。
「ええ」
「やめた方がいいですよ」
「どうして?」
私が尋ねると、その魔術師は苦笑した。
「昨日も弟子志願者を泣かせてましたから」
私は吹き出した。
「本当に?」
「本当です」
「何を言ったのかしら」
「才能がないなら帰れ、と」
私は思わず笑ってしまう。
後ろでフォレストが頭を抱えた。
「笑い事じゃない」
「面白いじゃない」
「面白くない」
⸻
やがて、一番奥の扉の前へ辿り着いた。
重厚な木製の扉。
小さな金属板には名前が刻まれている。
アッシュ・ローズベル
間違いない。私は拳を握った。
そして扉を叩こうと手を伸ばす。
その瞬間。
「帰れ」
扉の向こうから声がした。
私は固まった。
まだノックしていない。
まだ何も言っていない。
それなのに。
「なんで分かったの!?」
思わず叫ぶ。数秒の沈黙。
そして、
「うるさい」
返ってきたのはそれだけだった。
私は思わず吹き出した。
やっぱり、この人は面白い。
そして同時に思う。
――絶対に仲良くなってやるわ。
その決意を胸に、私は再び扉へ向き直った
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