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王女エレノーラは婚約者の正体に気づかない ~悪役令嬢のはずが聖女になってしまいました〜  作者: ゆきまる


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魔法塔の少年


「待ちなさい!」


そう言って走り出した私を見て、フォレストは盛大に顔をしかめた。


「ほら始まった」

「何がよ」

「お前の悪い癖だ」

「失礼ね」


私は振り返りもせずに答える。

だって気になるではないか。


魔法塔。初対面で「帰れ」と言う。しかも容姿が日本人っぽくて親近感が湧いてしまった。


これだけ面白そうな条件が揃っていて追いかけない選択肢など存在しない。


「エレ!」


フォレストが後ろで何か言っている。


聞こえないことにした。


階段を駆け上がる。


一階。

二階。

三階。


魔法塔の中は外から見た以上に広かった。


階ごとに雰囲気が違う。

本棚が並ぶ場所。

薬品の匂いが漂う場所。

魔法陣の研究をしている場所。

見たことのない道具が並ぶ場所。


どこも興味深い。

本当なら全部見て回りたい。

けれど今は先ほどの少年が優先だ。


やがて、四階へ辿り着いたところで姿を見つけた。


黒髪。

黒い瞳。

大量の本。

間違いない。


「見つけたわ!」


少年は嫌そうな顔をした。


露骨に。ものすごく露骨に。


「……」

「何よその顔」

「帰れ」


三度目だった。

ひどい。


「お前さ」


少年は心底面倒くさそうに言う。


「なんで追いかけてきた」

「気になったから」

「意味が分からない」

「私もあなたが分からないわ」


私は胸を張る。


すると少年は深いため息を吐いた。

まだ若いのに苦労人の気配がする。


「研究の邪魔」

「見てるだけよ」

「邪魔」

「まだ何もしてないわ」

「存在が邪魔」

「ひどくない?」


少し傷付いた。

少しだけ。



その時だった。


近くを通りかかった魔術師がこちらを見て目を丸くした。


「アッシュ様?」


少年が嫌そうな顔をする。


「何」

「その方は?」

「知らない」


即答だった。

私は思わず抗議する。


「さっき会ったでしょう!?」

「知らない」

「会話もしたわ!」

「帰れしか言ってない」


確かに。確かにそうなのだけれど。


そのやり取りを後ろで聞いていたフォレストが、ふいに固まった。


「……アッシュ?」


私は振り返る。


「どうしたの?」


フォレストは少年を見つめていた。

まるで何かを思い出したような顔で。


「アッシュ...アッシュ・ローズベル?……」


少年がちらりとこちらを見る。


「誰」

「いや」


フォレストは額を押さえた。


「エレ」

「何?」

「ちょっとこっち来い」


珍しい。

フォレストからそんなことを言うなんて。

私は大人しく従った。



「どうしたの?」


私が尋ねると、フォレストは周囲を確認してから声を潜めた。


「思い出した」

「アッシュ・ローズベル」

「うん」

「……」


フォレストが言葉を飲み込んだ。


「何よ」

「帰ってから話す」

「え?」

「今は駄目だ」


私はますます気になる。


「なんで?」


抗議のするように少し声が大きくなってしまい慌てて口を押さえる。

フォレストが睨んできた。


「声がでかい」

「ご、ごめんなさい」


私はちらりとアッシュを見る。

本人は本を読んでいる。


こちらには興味がなさそうだ。

よかった。

聞かれていない。


そう思った瞬間だった。


「聞こえてる」


低い声が飛んできた。

私とフォレストは固まった。

アッシュは本から目も離さないまま言う。


「コソコソうるさい」

「……」

「目障りだ」

「……」

「帰れ」


四回目だった。


「聞こえてたの!?」


思わず叫ぶ。

アッシュはページをめくりながら答えた。


「聞こえる」

「小声だったわよ?」

「うるさい」

「ひどい」


フォレストが額を押さえた。


「だから言っただろ」

「何を?」

「最初の時点で帰ればよかった。エレ、せめて今日は一旦引き上げるぞ。」

「わかったわ」


私は素直に頷いた。


「アッシュ。また来るわね」

アッシュは本を読んだままだった。

「邪魔してごめんなさい」

反応はない。

「研究頑張ってね」

それでも返事はない。


普通なら少しくらい寂しく思うのかもしれない。

けれど、不思議と嫌な気はしなかった。


フォレストに腕を引かれながらふとまたアッシュを見ると既に興味を失ったように本へ視線を落としていた。


いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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