忍び寄る絶望
「……予想以上だ。」
アッシュが小さく呟く。
その一言に、戦場の空気が張り詰めた。
私は思わず息を呑む。
いつも冷静なアッシュ。
研究中も、魔道具を作る時も、どんな時でも表情を崩さない彼が、初めて戦況の厳しさを口にした。
「魔術師団!」
低く、それでいてよく通る声が響く。
「上級モンスターを最優先で足止めする!」
「前衛は絶対に近付くな!」
巨大な魔法陣が幾重にも展開される。
「炎属性、右翼!」
「雷撃、中央!」
「氷属性、左を援護!」
次々と指示が飛ぶ。
その直後。
轟音と共に無数の高位魔法が放たれた。
爆炎。
雷撃。
暴風。
氷槍。
王国最高峰の魔法が一斉に上級モンスターへ降り注ぐ。
爆発が森を揺らし、土煙が高く舞い上がる。
「やったか……?」
誰かが呟く。
しかし。
ズシン。
ズシン。
土煙の中から巨大な影がゆっくり姿を現した。
「そんな……。」
黒い甲殻には焼け焦げた跡が残っている。
それでも、歩みは止まらない。
「ヴォォォォォ……。」
低い唸り声だけで、大地が震えた。
「ほとんど効いていない……。」
魔術師の一人が青ざめる。
「団長!」
「左からもう一体!」
「分かっている。」
アッシュは迷いなく新たな魔法陣を展開した。
考え。
判断し。
魔法を放つ。
その直後には別方向から報告が飛ぶ。
「団長! 中央!」
「後方にも一体!」
「右翼が押されています!」
普段なら戦場全体を見渡し、最も効率の良い術式を組み立てる。
しかし今は違う。
考える時間すらない。
一瞬でも判断が遅れれば、その間に誰かが命を落とす。
「中央へ雷撃!」
「右翼へ炎!」
「左は拘束魔法!」
休む間もなく魔法を放ち続ける。
王国最強の魔術師団長ですら、戦況を立て直す余裕は与えられていなかった。
「前衛!」
その時、前線から怒号が響く。
「押されるな!」
「隊列を維持しろ!」
私は思わず視線を向ける。
上級モンスターが前へ進むたび、騎士たちの陣形が少しずつ後退していく。
一歩。
また一歩。
必死に踏み止まっている。
それでも押されていた。
「ぐあっ!」
一人の騎士が吹き飛ばされる。
後ろの仲間が受け止め、すぐに立ち上がらせる。
「まだ終わってない!」
「立て!」
傷だらけになりながらも、再び剣を握る。
その姿に胸が締め付けられる。
「右翼が突破されるぞ!」
誰かの叫び声が響き、
上級モンスターの一撃で盾兵たちが大きく吹き飛ばされた。
空いた隙間へ。
ゴブリン。
フォレストウルフ。
アーマービートル。
大量の魔物が一斉になだれ込んだ。
私は必死にその方向へ目を向ける。
いた。
フォレスト。
変装した姿のまま、剣を振るい続けている。
次々と魔物を斬り伏せ、近くの騎士を援護していたはずだった。
「まずい!」
誰かが叫ぶ。
「一人孤立したぞ!」
「援護しろ!」
「駄目だ! こっちも押されてる!」
フォレストの周囲にいた騎士たちが、それぞれ別の魔物に足止めされる。
助けに向かおうとしても、その前へ次々と魔物が立ちはだかる。
気付けば。
フォレストは一人だった。
四方をゴブリンとフォレストウルフに囲まれ、それでも剣を構え、一歩も引かずに立っていた。
「……フォレスト。」
思わず小さく呟く。
胸の鼓動が速くなる。
嫌な予感が、再び私の胸を締め付けていた。
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