本当の戦場③
戦場へ響く怒号は、途切れることがなかった。
目の前では、騎士たちが次々と魔物へ立ち向かっていく。
その姿を見つめながら、私は隣に立つフォレストを見た。
「……。」
フォレストは何も言わない。
けれど、その右手は強く拳を握り締められていた。
視線は、ずっと前線へ向けられている。
今にも飛び出しそうなほど、その身体には力が入っていた。
「フォレスト。」
私が呼ぶと、彼はゆっくりこちらを見る。
「何だ。」
「行きなさい。」
「……。」
「仲間のところへ。」
フォレストは目を細めた。
「お前を置いて行けるわけないだろ。」
「私は大丈夫。」
私は小さく笑う。
「戦えない私が前へ出たら、足手まといになるだけだもの。」
それは分かっていた。
剣は使えない。
魔法も使えない。
今の私が前線へ出れば、足手纏いになる。
それでは意味がない。
「でも。」
私は収納ポーチへ手を添える。
「持ってきた魔道具が何が役に立つかも知らないし、補給班や救護班のお手伝いくらいはできると思うの。」
フォレストは黙ったままだった。
「だから。」
私は真っ直ぐ彼を見る。
「あなたは騎士として戦って。」
「……。」
「ずっと我慢してるでしょう?」
フォレストは小さく笑った。
「そんなに分かりやすいか。」
「幼馴染だもの。」
フォレストは戦場へ視線を戻す。
目の前では、騎士たちが命懸けで剣を振るっていた。
その中には、幼い頃から共に訓練してきた仲間もいる。
正式な護衛騎士になったとはいえ、それまでも長く騎士団で過ごしてきたフォレストにとって、彼らは家族のような存在だった。
助けに行きたい。
共に戦いたい。
その気持ちを押し殺していたのだ。
私は静かに微笑む。
「約束する。絶対に無理はしない。
危ないと思ったらすぐ逃げる。
一人で前へは出ない。だから、行って。」
フォレストはしばらく私を見つめていた。
やがて、大きく息を吐く。
「……分かった。」
「約束だからな。」
「ええ。」
「絶対に無茶はするな。」
「しないわ。」
「少しでも危険だと思ったら逃げろ。」
「分かった。」
「……何かあったら笛を吹け。」
腰に付けていた小さな笛を私へ渡す。
「必ず迎えに行く。」
私はそれを受け取り、笑った。
「ありがとう。」
フォレストも小さく笑い返す。
「じゃあ、行ってくる。」
そう言うと、彼は踵を返した。
そして一気に地面を蹴る。
速度強化の魔道具を使ったフォレストは、あっという間に騎士団の中へ溶け込んでいった。
私はその背中を見送る。
「……頑張って。」
小さく呟き、深呼吸をした。
「私も、私にできることを。」
私は救護班の方へ駆け出した。
「何かお手伝いできることはありませんか!」
突然現れたローブ姿の私へ、救護班の女性が驚いた表情を見せる。
「あなたは……。」
「補給班です!」
とっさにそう答えた。
幸い、皆あまりに忙しく、詳しく問い詰める者はいない。
「だったらこの薬箱をお願い!」
「はい!」
私は薬箱を抱え、負傷兵の元へ走る。
「包帯です!」
「ありがとうございます!」
次は水。
その次は予備の包帯。
収納ポーチから次々と必要な物を取り出していく。
「助かる!」
「まだあるか!?」
「あります!」
収納ポーチのおかげで補給が途切れることはない。
けれど。
「くっ……!」
一人の騎士が苦しそうに顔を歪めた。
肩を大きく裂かれ、血が止まらない。
治癒師の回復魔法を受けても、傷は少し癒えるだけだった。
そもそもこの世界に完璧な回復魔法は存在しないのだ。聖女アリアを除いて。
「ありがとう……。」
そう言って笑う騎士の顔は真っ青だった。
私は何もできない。
薬を渡すことしか。
包帯を運ぶことしか。
「次の負傷者です!」
また担架が運ばれてくる。
さらにその後ろにも。
また一人。
また一人。
私は必死に手を動かす。
それでも、目の前で苦しむ人は減らない。
「……っ。」
胸が締め付けられる。
助けたい。
治したい。
目の前の傷を全部消してしまいたい。
なのに、私は何もできない。
悔しい。
悔しくて、涙が滲んだ。
駄目だ。
泣いちゃ駄目。
泣いている暇があるなら、一つでも多く包帯を運ばなきゃ。
私は強く唇を噛む。
その時だった。
「ギィィィィィィッ!!」
今までとは違う鋭い鳴き声が、戦場の上空へ響き渡る。
誰もが一斉に空を見上げた。
「……え?」
私も思わず顔を上げる。
黒い影が空を旋回していた。
一体。
二体。
三体。
次々と雲の向こうから姿を現す。
鷲のような鋭い嘴。
黄金色の翼。
そして、獅子のようにたくましい四肢。
「グリフォンイーグルだ!」
騎士の一人が叫ぶ。
その声に、前線の騎士たちの表情が一変する。
「弓兵隊! 対空迎撃!」
騎士たちが慌ただしく動き始める。
次の瞬間、無数の矢が一斉に放たれた。
しかし――
「ギィッ!」
グリフォンイーグルは翼を大きく羽ばたかせる。
突風。
放たれた矢は軌道を逸らされ、その多くが空を切った。
「そんな……!」
私は思わず声を漏らす。
「風で……。」
「飛行型は厄介なんだ。」
隣で様子を見ていた救護班の騎士が苦々しく呟いた。
「突風で矢を逸らす。」
「だから地上の魔物より討伐が難しい。」
その言葉が終わるより早く、一体のグリフォンイーグルが急降下を始めた。
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