本当の戦場②
「……すごい。」
思わず零れた言葉は、爆発音に掻き消された。
アッシュの放った魔法が戦場を駆け抜ける。
巨大な火柱が魔物の群れを飲み込み、その隙を逃さず騎士たちが一斉に前へ出る。
「今だ! 押し返せ!」
「前衛、前進!」
怒号が響く。
だが、魔物の数は減らない。
ゴブリンは次から次へと森の奥から現れ、フォレストウルフも牙を剥いて襲い掛かる。
倒しても。
倒しても。
また現れる。
まるで終わりが見えない。
「こんなに倒しているのに……。」
私は思わず呟いた。
「数が多すぎる。」
フォレストも険しい表情のまま前を見据える。
「だから大量発生なんだ。」
その時だった。
「衛生兵!」
「こっちだ!」
悲鳴にも似た声が響いた。
私は反射的にそちらを見る。
二人の騎士が、一人の負傷兵を抱えながら救護班へ走ってくる。
鎧は血で赤く染まり、左腕には大きく裂けた傷。
止血している布はすでに真っ赤だった。
「しっかりしろ!」
「まだ意識を保て!」
負傷兵は苦しそうに呼吸を繰り返しながら、小さく頷く。
「す……すみません……。」
「謝るな!」
仲間の騎士が声を張る。
「お前は十分戦った!」
救護班がすぐ駆け寄り、鎧を外し始める。
回復魔法が傷口へ注がれる。
それでも、一瞬で傷が塞がるわけではない。
「回復薬!」
「包帯を!」
「次の負傷者が来るぞ!」
次々と飛び交う声。
少し離れた場所では、脚を負傷した騎士が肩を借りながら歩いている。
さらに奥では、盾が真っ二つに割れた騎士が新しい盾を受け取り、再び前線へ走っていった。
私は言葉を失った。
教本には載っていなかった。
傷口から流れる血も。
苦しそうな表情も。
震える手で剣を握り直す姿も。
「……。」
胸が締め付けられる。
これまで王宮で見てきた騎士たちは、いつも立派な鎧を身に纏い、堂々と歩いていた。
でも今、目の前にいる騎士たちは違う。
泥に塗れ。
血を流し。
傷付きながらも、それでも前へ進んでいる。
「フォレスト……。」
私は小さく呟く。
「こんなに……。」
フォレストは静かに頷いた。
「ああ。」
「これが戦場だ。」
短い言葉だった。
けれど、その一言の重さに私は何も返せなかった。
その時だった。
「前線を押し上げろ!」
よく通る声が戦場へ響く。
私は思わず顔を上げた。
赤い髪をなびかせ、一人の騎士が馬上から戦場全体を見渡している。
アルカナム・パイロ。
ティアーナ王国第六騎士団副団長。
「第三部隊は左翼を援護!」
「第二部隊は負傷者の退路を確保しろ!」
「魔術師団の射線を塞ぐな!」
矢継ぎ早に指示が飛ぶ。
その声に迷いはない。
騎士たちは誰一人反論することなく動き始める。
まるで、一つの生き物のようだった。
「すごい……。」
私は思わず呟く。
戦っているだけじゃない。
戦場全体を見ている。
誰が押されているのか。
どこへ援軍を送るべきか。
誰を下げるべきか。
一瞬で判断している。
その時、一人の騎士が叫んだ。
「パイロ副団長!右翼が押されています!」
パイロは即座に頷く。
「慌てるな!」
腹の底まで響くような声だった。
「ティアーナだけで戦っているわけじゃない!」
その一言で、周囲の騎士たちが顔を上げる。
「カナルド帝国も!」
「フレイム王国も!」
「それぞれの討伐部隊を編成し、自国から魔物を押し返している!」
パイロは力強く剣を掲げた。
「俺たちがここを守り抜けば、その先には仲間がいる!ティアーナ王国の騎士として、最後まで戦い抜け!」
「「「おおおおおおっ!!」」」
騎士たちの雄叫びが戦場を震わせた。
さっきまで疲れ切っていたはずの騎士たちが、再び剣を握り直す。
その姿を見て、私は息を呑んだ。
「……あの人が。」
フォレストが静かに頷く。
「ああ。」
「アルカナム・パイロ。」
私はパイロから目を離せなかった。
原作では、この人が今日、この戦場で大きな傷を負う。
そんな未来が待っているなんて。
目の前で騎士たちを鼓舞し、誰よりも仲間を信じて戦っているこの人を見てしまった今は、もう信じたくなかった。
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