本当の戦場①
木々を抜けた、その瞬間だった。
「――っ……!」
私は思わず息を呑んだ。
目の前に広がっていたのは、想像を遥かに超える光景だった。
辺り一面に土煙が舞い、木々は何本も薙ぎ倒されている。
地面には巨大な爪痕や、魔法によって抉られた跡が無数に刻まれていた。
「前衛、押し返せ!」
「負傷者を下げろ!」
「魔術師団、左を援護!」
怒号が絶え間なく響き渡る。
剣が硬い甲殻を叩く鈍い音。
魔法が炸裂する轟音。
そして、腹の底まで響くような魔物の咆哮。
王宮では決して聞くことのない音ばかりだった。
「これが……。」
思わず声が漏れる。
「本当の戦場……。」
王女教育で戦争や魔物については何度も学んできた。
けれど、本と現実では何もかもが違う。
土煙の向こうで、一体の小柄な魔物が騎士へ飛び掛かった。
緑色の皮膚。
醜く歪んだ顔。
腰には錆びた短剣。
「あれは……。」
「ゴブリン。」
フォレストが短く答えた。
「初級モンスターだ。」
私は頷く。
「教本では、一体なら一般騎士でも十分討伐可能と習ったわ。」
「ああ。」
フォレストも視線を外さない。
「だが、あいつらは群れで襲ってくる。」
その言葉通り、土煙の中から次々とゴブリンが現れる。
十体。
二十体。
いや、それ以上。
「多い……。」
「数で押し切るのがゴブリンの戦い方だからな。」
騎士たちは盾を前へ並べ、一歩も下がらず迎え撃っていた。
その時だった。
「ガアアァァァッ!!」
森を揺らす咆哮。
一頭の巨大な狼が騎士へ飛び掛かる。
その大きさは馬ほどもある。
灰色の体毛。
剣のように鋭い牙。
赤く光る瞳。
「フォレストウルフ……。」
私は思わず呟いた。
「中級モンスターね。」
「ああ。」
フォレストは頷く。
「一体でも厄介だ。」
「群れになると、騎士数人で囲まないと危険なのよね。」
「あいつらは連携も取る。」
次の瞬間。
二頭目。
三頭目。
左右へ回り込むように騎士たちへ襲い掛かった。
「右から来るぞ!」
「囲まれるな!」
騎士たちも素早く陣形を変え、対応していく。
私は思わず息を呑んだ。
教本には「群れで行動する」と書かれていた。
でも、実際に見ると想像以上だった。
まるで人間のように連携している。
「まだいる。」
フォレストが低く呟く。
その視線の先。
黒い甲殻に覆われた巨大な魔物が、ゆっくりと前へ歩いてくる。
「アーマービートル。」
私はすぐに名前が浮かんだ。
「中級モンスター……。」
全身を覆う硬い甲殻は、普通の剣では傷一つ付かない。
教本でも『真正面から戦うな』と赤字で書かれていた魔物だ。
「後ろから!」
騎士の一人が叫ぶ。
別の騎士が素早く回り込み、甲殻の繋ぎ目へ剣を突き立てる。
ようやく動きが止まった。
「教本通りだ……。」
私は小さく呟く。
弱点を突かなければ倒せない。
だからこそ、騎士たちは互いを信じて連携する。
誰一人、一人では戦っていなかった。
「でも……。」
私は周囲を見回す。
「上級モンスターはいないみたいね。」
フォレストは静かに頷いた。
「ああ。」
「少なくとも、この辺りにはな。」
その一言に、私は少しだけ胸を撫で下ろした。
だが、フォレストの表情は晴れない。
「安心するのはまだ早い。」
「え?」
「これだけの規模だ。」
戦場全体へ視線を向けながら続ける。
「上級モンスターが一体もいない方が、不自然なくらいだ。」
私は思わず言葉を失った。
その時だった。
ドォォォォンッ!!
地面を震わせるような轟音が戦場へ響き渡る。
私は反射的に音のした方を見る。
「……!」
巨大な炎の柱が魔物の群れを飲み込んでいた。
次の瞬間には暴風が吹き荒れ、何体もの魔物が宙へ舞う。
「あれは……。」
「アッシュだ。」
フォレストが短く答えた。
黒い団長用ローブを纏ったアッシュが、最前線より少し後方へ立っている。
片手を掲げるたびに巨大な魔法陣が展開され、次々と高位魔法が放たれていた。
「あんなに……。」
私は言葉を失う。
普段は研究室で本を読み、魔道具を作っている姿しか知らない。
それなのに今目の前にいるアッシュは、まるで別人だった。
冷静に戦況を見極め、一つ一つの魔法で確実に前線を支えている。
「さすが、王国最年少の魔術師団長だな。」
フォレストが静かに呟いた。
私は思わず息を呑んだ。
「……すごい。」




