前線へ
呆れたように笑いながらも、フォレストは私から靴を受け取る。
「これ、どうやって使うんだ?」
「簡単よ。」
私は靴の側面を指差した。
「ここにある目盛りが速度調整。一が一番遅くて、五が一番速いの。最初は二くらいがおすすめ。いきなり速くすると転びそうだから。」
「なるほど。」
フォレストは言われた通り、ダイヤルを『二』へ合わせる。
私も自分の靴を『二』へ合わせ、小さな起動スイッチを押した。
カチッ。
靴へ組み込まれた魔石が淡く光る。
「これでいいわ。行くわよ。」
「ああ。」
二人は同時に地面を蹴った。
「っ!」
フォレストが思わず目を見開く。
一歩踏み出しただけで、身体がぐっと前へ運ばれる。
「なるほど……。」
数歩走るうちに感覚を掴み始めたらしく、フォレストは苦笑した。
「確かに速いな。」
「でしょう?」
私は思わず笑みを浮かべる。
この靴は完成した時に、城の訓練場で何度か試している。
だから使い方も、どれくらいの速度がちょうどいいのかも分かっていた。
「追い付けそうね。」
「ああ。」
二人は前線へ向かう騎士たちから少し距離を空けながら、その後を追って走り始めた。
魔道具のおかげで足取りは驚くほど軽い。
森の中を駆け抜けても息はほとんど乱れず、木の根や石につまずくこともない。
しばらく走ると、空気が変わった。
鉄のような匂い。
何がが焦げた匂い。
風に乗って土埃が流れてくる。
フォレストが前を見据えたまま口を開く。
「今回の規模だと、初級だけじゃ済まないだろうな。」
「そうね。」
私は頷く。
王女教育の中で、魔物についても何度も学んできた。
「初級モンスターなら、一般の騎士でも十分討伐できる。」
「ゴブリンやホーンラビットなんかが代表例だったわね。」
「ああ。」
フォレストも頷く。
「問題は中級だ。」
「数人で連携しないと危険な相手。一体いるだけで、小さな村なら壊滅しかねない。」
私は脳裏に教本の挿絵を思い浮かべる。
鋭い牙を持つウルフ種。
硬い外殻に覆われた巨大な甲虫。
巨大な毒蛇。
どれも一人では到底敵わない相手だった。
「でも……。」
私は小さく呟く。
「今回、一番心配なのはそこじゃない。」
フォレストも表情を引き締める。
「ああ。」
「上級モンスター。」
その言葉を口にしただけで、空気が重くなった気がした。
上級モンスター。
滅多に姿を現さない災害級の魔物。
一体現れるだけで、国が討伐部隊を編成するほど危険な存在。
「教本には、『一体につき中隊規模で挑み、ようやく互角。個体によっては隊長規模と互角の場合もある』と書かれていたわ。」
「実際はもっと厳しいかもな。」
フォレストは低い声で言う。
「ここ数年、上級モンスターは現れていないらしいから俺も実際はよくわからないがな。」
私は思わず息を呑んだ。
「今回の大量発生に、もし上級モンスターまで混じっていたら……。」
「被害は一気に跳ね上がる。」
その言葉に、自然と拳へ力が入る。
ゲームのイベントだからではない。
本当に、この国の人たちの命が懸かっている。
その時だった。
「グオオオオオォッ!!」
腹の底まで響くような咆哮が森中へ轟いた。
私は思わず足を止める。
「……っ。」
身体が強張る。
初めて聞く、魔物の咆哮。
頭では魔物がいると分かっていても、実際にその声を聞くのは初めてだった。
フォレストも立ち止まり、前方へ鋭い視線を向ける。
「ここから先は、本当に戦場だ。」
その声は、いつになく真剣だった。
私は小さく息を呑み、静かに頷く。
「……ええ。」
胸が早鐘のように鳴る。
怖い。
それでも、ここまで来て引き返すわけにはいかない。
私はぎゅっと拳を握り締めた。
「行きましょう。」
「ああ。」
二人は再び走り出した。
木々の隙間から、土煙が見えた。
魔法が炸裂する轟音。
騎士たちの怒号。
戦場は、もう目の前だった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
明日から戦場へ入ります。大事な話なので少し長くなるかと思います!
どうぞよろしくお願いいたします!




