魔物の大量発生
「本日の歴史の授業は以上です。」
家庭教師が一礼すると、私は小さく伸びをした。
「ありがとうございました。」
「午後も頑張ってくださいませ。」
家庭教師が部屋を出ていく。
私は立ち上がると、大きく息を吸った。
「今日はアッシュのところへ行こうかしら。」
最近完成した新しい魔道具を見せてくれると言っていた。
忙しい立場になっても時間を作ってくれるアッシュには、本当に感謝しかない。
私は足取り軽く部屋を出た。
しかし――。
「……あれ?」
廊下へ出た瞬間、違和感を覚えた。
いつもなら落ち着いている王宮が、今日はどこか騒がしい。
侍従たちは慌ただしく廊下を走り、伝令らしき騎士が何度も行き来している。
普段なら絶対に見られない光景だった。
「何かあったのかしら……。」
ちょうど目の前を、一人の騎士が慌ただしく駆け抜けようとしていた。
「そこのあなた。」
私が呼び止めると、騎士ははっと足を止める。
「エレノーラ王女殿下!」
慌てて片膝をつき、頭を下げた。
「急いでいるところ申し訳ないのだけれど、何があったの?」
騎士は一瞬だけ言葉を迷った。
「……申し訳ございません。まだ正式な発表前ですので、本来であればお伝えできない内容なのですが……。」
私は静かに頷く。
「大丈夫よ。話せる範囲で構わないわ。」
騎士は小さく息を吸い、真剣な表情になった。
「先ほど、ティアーナ王国とカナルド帝国、そしてフレイム王国の三国が接する国境付近にて、大規模な魔物の群れが確認されました。」
「え……?」
思わず息を呑む。
「現在、魔物は周辺へ拡散し始めており、このままでは南西のウェルティス共和国にも被害が及ぶ可能性がございます。」
「そのため現在、王城前にて討伐部隊を緊急編成しております。」
私は思わずフォレストを見る。
フォレストも険しい表情で頷いた。
「……ありがとうございます。」
騎士は深く一礼した。
「申し訳ありません。これより出陣準備へ戻ります。」
そう言うと再び走り去っていった。
私はその背中を見送りながら、小さく呟く。
「行きましょう。」
「ああ。」
私たちは急いで王宮前広場へ向かった。
◇
そこには見たことのない光景が広がっていた。
王宮前の広場には、すでに何百人もの騎士が集結している。
馬が並び。
武器や物資が次々と運び込まれ。
伝令が絶え間なく駆け回っていた。
「第三部隊、北門へ!」
「補給班は急げ!」
「魔術師団との合流準備を進めろ!」
怒号にも似た声が飛び交う。
訓練ではない。
これは、本当の出陣だ。
私は思わず息を呑んだ。
「……こんなに。」
これほど多くの騎士が一度に動員されるところなど、見たことがない。
胸の奥がざわつく。
マリーの話は、本当だった。
それだけ今回の魔物の大量発生は深刻なのだ。
その隣で、フォレストがある一点を見つめたまま動かない。
「……フォレスト?」
返事がない。
視線の先を見る。
一人の騎士が部下へ次々と指示を出していた。
燃えるような赤い髪。
鍛え上げられた体躯。
そして、紫色の瞳。
どこか圧倒されるような存在感を放っている。
「……まさか。」
フォレストが小さく呟いた。
「アルカナム・パイロ……。」
その名前に、私ははっとする。
「攻略対象者の……!」
「ああ。思い出した。」
フォレストは小さく頷く。
「あいつだ。」
私はパイロを見つめる。
「現在二十七歳。」
フォレストは小さな声で続ける。
「今は副団長。」
「原作開始時には騎士団長になっている。」
私は記憶を辿る。
「……原作では。」
「ああ。」
フォレストの表情が険しくなる。
「魔物の大量発生の討伐で、部下を庇って片目を失う。その時に顔にも大きな傷を負う。」
私は息を呑んだ。
「でも、その傷を負っても騎士を辞めず、努力を重ねて騎士団長になるのね。」
「そうだ。」
フォレストは真っ直ぐパイロを見つめる。
「そして傷は、もう治らないと諦めていた。」
「…………。」
今のパイロには、傷はない。
つまり。
「フォレスト……。」
「ああ。」
フォレストは静かに頷く。
「もしかすると。」
「今回の討伐が、そのイベントかもしれない。」
その言葉に、胸がざわついた。
「止めなきゃ。」
気付けば、私はそう口にしていた。
フォレストがすぐ私を見る。
「……どうやって。」
「え?」
「お前は剣も使えない。」
「魔法も使えない。」
「戦場へ行って何ができる。」
言葉に詰まる。
その通りだ。
今の私は、足手まといになるだけかもしれない。
「それでも。」
私は拳を握る。
「見捨てられないわ。原作を知っているのに。可能性が僅かだとしても、助けられるかもしれないのに、何もしないで見送るなんて嫌。」
「エレ。」
フォレストがため息を吐く。
「絶対そう言うと思った。」
私は少しだけ笑った。
ふと、一つのことを思い出す。
「あ。」
「どうした。」
私はフォレストを見る。
「アッシュに作ってもらった魔道具。魔力が少ない私でも使える護身用の魔道具。お父様に内緒で作ってもらったでしょう?」
フォレストが目を丸くした。
「あれか……。」
「王女が一人になった時、自分の身は自分で守れるようにって。」
私は力強く頷く。
「あれがある。だから全く何もできないわけじゃない。自分の身は自分で守る。アッシュが作ってくれたんですもの信じるわ」
フォレストは頭を抱えた。
「……本当に。」
「言い出したら聞かないな、お前は。」
「えへへ。」
「褒めてない。」
深いため息をつく。
それでも。
フォレストは諦めたように笑った。
「分かった。どうせダメだって言っても一人で行く気だったんだろ。」
私は黙って微笑む。
「図星か。」
また一つため息。
「だったら俺も行く。」
「ありがとう!」
その時だった。
近くで話していた騎士たちの声が耳に入る。
「上位騎士は先行する!」
「各地の転移魔法陣を経由して国境へ向かえ!」
「魔術師団もすぐ合流する!」
私はフォレストと顔を見合わせた。
「魔術師団……。」
「アッシュも行くな。」
フォレストが呟く。
その瞬間、私の頭の中で一つの考えが浮かんだ。
「……ねぇ、フォレスト。」
「なんだ。」
私は口元に小さく笑みを浮かべる。
「討伐部隊に紛れ込む方法、思いついたかもしれない。」
フォレストは呆れた顔をした。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
ぜひブックマーク、いいね、評価をお願いいたします!
していただいたら作者のモチベーションが上がります!
どうぞよろしくお願いいたします!(´∀`*)




