護衛騎士の任命式
任命式当日。
王城の大広間は、朝から厳かな空気に包まれていた。
高い天井には幾重もの魔石が連なる巨大なシャンデリア。
降り注ぐ光は白大理石の床を照らし、玉座へと続く深紅の絨毯をより鮮やかに映し出している。
壁にはティアーナ王国の紋章旗が掲げられ、金と銀で装飾された柱が規則正しく並ぶ。
普段から華やかな大広間も、今日は一層の格式を感じさせた。
左右には国内の公爵家、侯爵家、伯爵家の当主たち。
その後ろには王国の重臣や近衛騎士たちが整然と控えている。
私は第一王女として、お父様とお母様の隣へ立った。
今日のために仕立てられたロイヤルブルーの式典用ドレスは、銀糸で王家の百合が刺繍され、歩くたびに裾が静かに揺れる。
……けれど、今日は私の日ではない。
今日の主役は、フォレストだ。
「クレイン公爵、シリル・クレイン様、ご入場。」
侍従の声が響く。
大広間の扉が開き、シリル様が姿を現した。
深い茶色を基調とした礼装に、落ち着いた灰銀色のマント。
豪華な装飾はほとんどない。
だが、その堂々とした立ち姿だけで、公爵としての威厳と、一人の騎士として積み重ねてきた年月が伝わってくる。
お父様と視線を交わし、小さく頷き合う。
長年の親友だからこそ分かる、言葉のいらない挨拶だった。
シリルは貴族席の最前列へ静かに立つ。
腕を後ろで組み、真っ直ぐ入口を見つめた。
その表情は普段と変わらず厳しい。
だが、息子の晴れ舞台を誰よりも真剣に見守っていることは、私にも伝わってきた。
やがて。
「フォレスト・クレイン様、ご入場!」
高らかな声が大広間に響く。
重厚な扉がゆっくりと開いた。
会場中の視線が、一斉に入口へ集まる。
赤い絨毯の先に立つフォレストを見た瞬間、私は思わず目を見開いた。
深い紺碧の儀礼騎士服。
王国最高級の生地で仕立てられたその正装は、光を受けるたび静かな艶を放っている。
身体に沿うよう美しく仕立てられた上着は、鍛えられた体躯をより凛々しく見せていた。
襟元や袖口には白銀の糸で王家の百合が刺繍され、肩章には精巧な銀細工が施されている。
左胸にはクレイン公爵家の紋章。
その下には幼い頃から騎士団で積み重ねた功績を示す銀の徽章。
肩から流れる濃紺のマントには白銀の縁取りが入り、一歩踏み出すたび静かに揺れた。
腰には王家より授けられる儀礼剣。
鞘にはティアーナ王家とクレイン公爵家、二つの紋章が並んで刻まれている。
普段は少し無造作な茶色の髪も今日は綺麗に整えられ、黒い瞳は真っ直ぐ前だけを見据えていた。
その姿は、いつもの幼馴染とはまるで違う。
堂々たる、一人の騎士だった。
「……あれがクレイン公爵家の次男か。」
「聞いていた以上だ。」
「まだ十四歳とは思えんな。」
「幼い頃から騎士団で鍛えられていたという話は本当だったようだ。」
貴族たちの小さな囁きが聞こえてくる。
しかしフォレストは、賞賛にも好奇の視線にも一切反応しない。
ただ前だけを見て歩き続ける。
その姿に、私は自然と口元が緩んだ。
八歳の頃から騎士団へ通い始めたフォレスト。
剣を握り、何度転んでも立ち上がり、誰よりも努力を続けてきた。
フォレストの父であるシリルが厳しいのも知っている。
どれだけ努力しても褒められず、それでも諦めなかったことも。
だからこそ、今日という日は誰よりもフォレストに相応しい。
やがて玉座の前へ辿り着くと、フォレストは右膝をつき、深く頭を垂れた。
「フォレスト・クレイン、参上いたしました。」
凛とした声が、大広間へ響き渡る。
お父様がゆっくりと立ち上がられた。
先ほどまでの穏やかな表情は消え、一国の王としての威厳が会場を包み込む。
誰一人、物音ひとつ立てない。
「面を上げよ。」
フォレストが顔を上げる。
お父様は大広間を見渡し、静かに口を開かれた。
「本日、この場に集いし諸君。」
その声は、大広間の隅々まで響き渡る。
「これより、ティアーナ第一王女エレノーラ・フォン・ティアーナの正式な護衛騎士任命式を執り行う。」
大広間の空気が、一層張り詰めた。
王国の歴史に、新たな一ページが刻まれようとしていた。
大広間は静まり返っていた。
玉座の前に跪くフォレストを、誰もが固唾を呑んで見守っている。
お父様はゆっくりと立ち上がられた。
その姿だけで、会場の空気が引き締まる。
「フォレスト・クレイン。」
「はい。」
澄んだ返事が大広間に響く。
「そなたは幼き頃より騎士団に身を置き、日々鍛錬を積み重ねてきた。」
「その剣技、人格、判断力、そして忠誠心は、多くの騎士や重臣、貴族たちが認めるところである。」
お父様は大広間をゆっくりと見渡された。
「護衛騎士とは、ただ主を守るだけの役目ではない。」
「王族の傍らに立ち、その身を盾とし、剣となり、時には命を懸けて国を支える者。」
「その重責を担うに相応しい者であると、私はここに認める。」
一拍置き、お父様は力強く告げられた。
「よって。ティアーナ王国国王の名において命ずる。」
侍従が恭しく儀礼剣を差し出す。
王家の紋章が刻まれたその剣を、お父様は静かに受け取られた。
ゆっくりと鞘から抜かれる刀身が、シャンデリアの光を受けて白銀に輝く。
お父様はフォレストの右肩へ剣先を添えられた。
「王家の盾となれ。」
続いて左肩へ。
「王家の剣となれ。」
そして剣を静かに下ろし、高らかに宣言される。
「本日この時をもって、フォレスト・クレインをティアーナ第一王女エレノーラ・フォン・ティアーナの正式な護衛騎士とする。」
その瞬間、大広間に盛大な拍手が響いた。
フォレストは深く頭を垂れる。
「謹んで拝命いたします。」
「立ちなさい。」
「はい。」
ゆっくりと立ち上がったフォレストは、先ほどまでよりも一回り大きく見えた。
その肩には、正式な護衛騎士としての責任が宿っている。
「エレノーラ。」
「はい、お父様。」
私は一歩前へ進み、フォレストの前へ立つ。
大広間中の視線が私たちへ集まった。
フォレストは腰の儀礼剣へ手を掛ける。
静かに刀身を抜き放つと、そのまま右膝をついた。
剣先を床へ向け、左手を胸へ添える。
そして、真っ直ぐ私を見上げた。
黒い瞳には、一切の迷いがなかった。
「ティアーナ第一王女、エレノーラ・フォン・ティアーナ王女殿下。」
凛とした声が、大広間へ響き渡る。
「この剣を。」
「この命を。」
「そして、この忠誠を。」
フォレストは両手で剣を掲げる。
「私は、生涯殿下の盾となり。」
「殿下の歩まれる道を切り開く剣となることを誓います。」
「いかなる敵よりも。」
「いかなる災厄よりも。」
「この命に代えても、必ず殿下をお守りいたします。」
その言葉に、大広間は静寂に包まれた。
誰もが、フォレストの誓いを見届けている。
胸の奥が熱くなる。
幼い頃。
まだ子どもだったフォレストは、不安そうな私に向かって真っ直ぐ言ってくれた。
『絶対に俺がお前を守る。』
あの日の約束が。
今、この王国中の前で正式な誓いとなった。
私はフォレストの前まで歩み寄る。
「フォレスト・クレイン。」
自然と笑みが浮かんだ。
「あなたの忠誠、確かに受け取りました。」
「これからも、私の隣で力を貸してください。」
「この身ある限り、お仕えいたします。」
フォレストは静かに頭を下げた。
その瞬間、大広間は今日一番の拍手に包まれる。
護衛騎士、フォレスト・クレイン。
その誕生を祝福する音は、いつまでも鳴り止まなかった。
私は拍手の中、フォレストを見つめる。
幼い頃から、いつも隣にいてくれた。
私が笑う時も、落ち込む時も。
前世の記憶を思い出し、不安でいっぱいだった時も。
無茶ばかりする私を叱りながら、それでも最後には必ず隣へ来てくれた。
そんなフォレストが、今日から正式に私の護衛騎士となる。
嬉しい。
その一言では足りないほど、胸がいっぱいだった。
気付けば、視界が少しだけ滲んでいた。
零れそうになった涙を誤魔化すように、そっと瞬きをする。
その様子に気付いたのだろう。
フォレストがほんのわずかに目元を緩め、小さく微笑んだ。
その優しい笑みに、私も自然と笑みを返す。
言葉はなくても伝わる。
前世から積み重ねてきた時間が、二人の間にはあった。
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