家族だけの晩餐
◇
私たちは大広間を後にし、王族だけが使う晩餐室へ向かった。
先ほどの煌びやかな大広間とは違い、晩餐室は落ち着いた雰囲気だった。
柔らかな灯りに照らされた室内の中央には、大きな楕円形の食卓が置かれている。
席に着くのは、お父様、お母様、お兄様、私、そしてアルベール殿下。
アルベール殿下の側近であるラグナル様も、賓客として少し離れた席へ案内されていた。
給仕が椅子を引く。
私は腰を下ろし、小さく息を吐く。
「やっと座れました……。」
思わず本音が零れる。
その瞬間、お母様がくすりと笑った。
「今日は一日頑張りましたものね。」
「はい……。」
「途中から少し疲れた顔をしていたぞ。」
お兄様が楽しそうに笑う。
「そうでしたか?」
「分かる者には分かる。」
「もう、お兄様。」
少し頬を膨らませると、お兄様は肩を竦めた。
「冗談だ。」
「最後まで立派な王女だったよ。」
「ありがとうございます。」
そう言われると少し照れてしまう。
すると、お父様も穏やかに頷いた。
「よく頑張った。」
その一言だけで、今日一日の疲れが少し軽くなった気がした。
◇
「お待たせいたしました。」
給仕たちが温かな料理を運び始める。
先ほど大広間に並んでいた立食用の料理とは違い、こちらは出来立てを一皿ずつ提供する形式らしい。
ふわりと湯気が立ち上る。
「美味しそう……。」
思わず呟くと、お母様が微笑んだ。
「今日は朝からほとんど食べていないものね。」
「はい。」
私は素直に頷く。
「身支度が思った以上に時間が掛かってしまいました。」
「婚約発表会ですもの。」
「仕方ありませんわ。」
お母様も苦笑する。
「エレノーラ王女殿下。」
隣からアルベール殿下が声を掛けてきた。
「ようやくお食事ですね。」
「ええ。」
私は思わず笑ってしまう。
「実は、とても楽しみにしておりました。」
「そうでしょうね。」
アルベール殿下も笑う。
「先ほどから何度も料理をご覧になっていましたから。」
「気付かれていましたか。」
少し恥ずかしくなる。
「つい……。」
「お気持ちはよく分かります。」
アルベール殿下は優しく頷いた。
「私もティアーナのお料理を楽しみにしておりました。」
「では、お互い様ですね。」
「そうですね。」
自然と笑みが零れる。
婚約発表会の最中とは違い、ようやく肩の力を抜いて話すことができた。
「それでは。」
お父様がグラスを手に取る。
「改めて、アルベール殿。」
「本日は遠路はるばるありがとう。」
「そして、これからも娘をよろしく頼む。」
アルベール殿下も静かにグラスを持ち上げた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
二人のグラスが軽く触れ合う。
私はその光景を見ながら、小さく微笑んだ。
「それでは、いただきましょう。」
お父様の言葉を合図に、ようやく食事が始まった。
私は目の前に運ばれた前菜へ視線を向ける。
彩り豊かな野菜に、薄く切られた魚介。
香草の香りがふわりと鼻をくすぐる。
一口いただく。
「……美味しい。」
思わず頬が緩んだ。
「お気に召しましたか?」
アルベール殿下が穏やかに尋ねる。
「ええ、とても。」
私は素直に頷いた。
「ティアーナとはまた違った味付けで、新鮮です。」
「こちらはカナルドの料理人が作った前菜です。」
「そうなのですね。」
だから少し香草の使い方が違うのか。
私はもう一口いただく。
「とても好きなお味です。」
「ありがとうございます。」
アルベール殿下が嬉しそうに笑う。
「殿下がお礼を言うことではありませんでしょう?」
思わず笑うと、アルベール殿下も笑った。
「確かにそうですね。」
「ですが、自分の国の料理を褒めていただけるのは嬉しいものです。」
「そのお気持ちは分かります。」
私も頷いた。
「ティアーナのお料理を褒めていただけると、私も嬉しいですもの。」
「では、お互い様ですね。」
「ええ。」
穏やかな空気が流れる。
婚約発表会の間はゆっくり話す時間などなかった。
こうして落ち着いて話せるのは初めてかもしれない。
次の料理が運ばれてくる。
私は目を輝かせながら料理へ手を伸ばした。
その様子を見ていたお母様が、小さく笑う。
「エレは、本当に美味しそうに食べるわね。」
「美味しいものは、美味しくいただくのが一番ですもの。」
「それはそうだ。」
お父様も笑う。
「見ているこちらまで嬉しくなる。」
そう言われると少し照れてしまう。
◇
食事も半ばを過ぎた頃だった。
「そういえば。」
私はふと三か月前を思い出した。
「花祭り、とても楽しかったですね。」
アルベール殿下の表情が柔らかくなる。
「私も忘れられません。」
「街中がお花でいっぱいで、とても綺麗でした。」
「ええ。」
「子どもたちも楽しそうでしたね。」
「皆、花冠を被っていました。」
そう言うと、アルベール殿下が優しく目を細める。
「あの時いただいた花冠は、今でも大切にしております。」
思わず聞き返してしまった。
「まだお持ちなのですか?」
「はい。」
迷いなく頷く。
「私にとって、大切な贈り物ですから。」
「でも、生花でしたでしょう?」
「保存魔法を施しました。」
「保存魔法まで?」
そこまでするとは思わなかった。
私は少し考えてから、小さく笑う
「アルベール殿下は、花冠がお好きなのですね。」
一瞬だけ。
アルベール殿下の動きが止まった。
少し離れた場所でラグナル様が肩を震わせて笑っている気がする。なぜだろう。
「……そう、ですね。」
そして少し困ったように笑った。
「好きなのだと思います。」
そうなのね。
私は納得して頷いた。
「来年の花祭りでも、お作りしましょうか?」
「……よろしいのですか?」
「もちろんです。」
私は笑う。
「花冠でしたら、いくらでもお作りできますもの。」
アルベール殿下は、とても嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。」
その笑顔は、婚約発表会で見せていた王子としての笑顔ではなく、心から嬉しそうな自然な笑顔だった。
やっぱり。
こちらの笑顔の方が素敵だわ。
私はそう思いながら、デザートへ手を伸ばした。
◇
食事も終わり、温かい紅茶が運ばれてくる。
ゆったりとした時間が流れていた。
「アルベール殿。」
お父様が穏やかに口を開く。
「今日は疲れただろう。」
「いえ。」
アルベール殿下は首を横に振る。
「とても楽しい一日でした。」
「それは良かった。」
お父様も満足そうに頷いた。
「次に会うのは三か月後だったな。」
「はい。」
アルベール殿下は静かに答える。
私は紅茶を一口飲みながら頷いた。
三か月なら、きっとあっという間だろう。
季節も変わっているはずだ。
「またお会いできる日を楽しみにしております。」
そう伝えると、アルベール殿下は優しく微笑んだ。
「私もです。」
今日一日、婚約発表会は本当に大変だった。
けれど。
こうして無事に終えることができて良かった。
私は満足しながら、最後の一口の紅茶をゆっくりと味わった。
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