祝いの席
「それでは、本日は祝いの席だ。」
父上が高く杯を掲げる。
「皆、存分に楽しんでいってくれ。」
その言葉を合図に、大広間に再び楽団の演奏が響き始めた。
優雅な弦楽器の音色が広がり、給仕たちが一斉に動き出す。
大広間の中央には、ティアーナ王国とカナルド帝国、両国の料理人が腕によりをかけた料理がずらりと並べられていた。
焼きたてのパン。
香ばしく焼かれた肉料理。
色鮮やかな魚料理に、新鮮な果実。
甘い香りを漂わせる焼き菓子や、美しく飾られた菓子まで並んでいる。
……美味しそう。
今日は両国の料理が並ぶと聞いていた。
滅多に食べられない料理もあるだろう。
とても楽しみにしていた。
しかし。
「エレノーラ王女殿下。」
「この度は誠におめでとうございます。」
「婚約、心よりお祝い申し上げます。」
やっぱり始まった。
貴族たちの挨拶である。
私はアルベール殿下と並んで立ち、一人ひとりへ笑顔を向ける。
「ありがとうございます。」
「お祝いのお言葉、大変嬉しく思います。」
隣ではアルベール殿下も、穏やかな笑みを浮かべながら丁寧に応じていた。
一人終わる。
また一人。
さらに次。
列は一向に途切れる気配がない。
……長いわ。
もちろん表情には出さない。
王女として、笑顔を崩すわけにはいかないのだから。
「本日のドレス、大変お似合いでございます。」
「アルベール殿下とのお姿は、まるで一枚の絵画のようです。」
「お二人とも、本当に美しい。」
「ありがとうございます。」
笑顔。
会釈。
笑顔。
会釈。
その繰り返し。
やはり長時間立っていると少し疲れる。
式典そのものは嫌いではない。
けれど、こうして何十人もの貴族へ挨拶を返し続けるのは、なかなか骨が折れる。
それに、お腹が空いた。
朝から身支度があったため、ほとんど食べていない。
目の前には美味しそうな料理が並んでいるというのに、まだ口にすることはできない。
早く終わらないかしら。
そんなことを考えながら、私はまた一人へ笑顔を向けた。
◇
ふと隣を見る。
アルベール殿下は相変わらず穏やかな笑みを浮かべ、貴族たちと言葉を交わしていた。
本当にすごい方だ。
これだけ長い時間、疲れた様子を全く見せない。
私には真似できそうにない。
その時、不意にアルベール殿下と目が合った。
「……?」
私が首を傾げると、アルベール殿下は優しく微笑む。
何だろう。
私の顔に何か付いているのかしら。
そう思っていると、アルベール殿下の後ろに控えていたラグナル様が、口元を押さえて小さく肩を震わせた。
……何がおかしかったのだろう。
やっぱり少し不思議な方である。
◇
さらにしばらくして。
「エレノーラ王女殿下。」
聞き慣れた声が、小さく私を呼んだ。
「少しお疲れではありませんか?」
「……少しだけ。」
私は苦笑する。
「このような式典には慣れておりますが、やはり長時間立ち続けておりますと少し疲れてしまいますね。」
「そうですね。」
アルベール殿下は柔らかく微笑んだ。
「あと少しですよ。」
「ええ。」
私も小さく頷く。
その時。
視線が、つい料理へ向いてしまった。
本当にどれも美味しそうだ。
「……料理ですか?」
気付かれてしまった。
少し恥ずかしくなりながら頷く。
「はい。」
「朝からほとんど口にしておりませんので、少しお腹が空いてしまいました。」
アルベール殿下は一瞬だけ目を丸くした。
そして。
「ふっ。」
堪えきれなかったように笑みを零す。
慌てて口元へ手を添える。
「申し訳ありません。」
「ですが。」
「?」
「やはり、エレノーラ王女殿下らしいと思いまして。」
「そうでしょうか?」
「ええ。」
アルベール殿下はどこか安心したように微笑んだ。
「変わらなくて安心しました。」
意味がよく分からず、私は首を傾げる。
そんな私たちを見ていたラグナル様が、小さく息を吐いた。
「……これは重症ですね。」
誰にも聞こえないほど小さな独り言。
「ラグナル。」
アルベール殿下が苦笑する。
「失礼いたしました。」
ラグナル様はすぐに頭を下げた。
やっぱり、不思議な方である。
◇
それからしばらくして、
父上が再び前へ進み出た。
「皆。」
よく通る声が大広間へ響く。
「本日は我が娘、エレノーラと、アルベール王子の婚約を祝っていただき感謝する。」
会場が静まり返る。
「そろそろ宴もお開きとしよう。」
貴族たちが一斉に頭を下げた。
「本日は楽しんでいただけたなら何よりだ。気を付けて帰られよ。」
父上の言葉に、会場は大きな拍手に包まれる。
婚約発表会は、こうして幕を閉じた。
貴族たちが次々と退出していく。
私はようやく小さく息を吐いた。
終わった……。
その時、父上がこちらを振り返る。
「エレノーラ、アルベール殿。」
「客人への挨拶、ご苦労だった。」
優しく笑う。
「さあ、今度は家族だけで食事にしよう。」
その一言に、
私の表情は少しだけ明るくなった。
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