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ゲーム開始前に全部終わらせてしまいました ~悪役令嬢のはずが聖女になった王女の物語~  作者: ゆきまる


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婚約発表会

婚約発表会当日。


私は朝から、侍女たちに囲まれていた。


髪を結われ、化粧を施され、宝石を身に着けられ、最後にドレスを纏う。


「……重いわね」


思わず本音が漏れた。


今日のために用意されたドレスは、数日前にカナルド帝国から届いたものだった。


アルベール殿下からの贈り物である。


淡い銀色の生地は、光を受けるたび月明かりのように柔らかく輝く。

裾や袖には細かな銀糸の刺繍。

胸元や髪飾りには、深紅の宝石。


銀色はアルベール殿下の髪の色。

赤はアルベール殿下の瞳の色。


つまり、全身ほぼアルベール殿下である。


「エレノーラ王女殿下、とてもよくお似合いです」


マリーが感嘆したように言う。


「ありがとう」


「しかし……」


マリーは少しだけ苦笑した。


「アルベール殿下は、なかなか分かりやすい方ですね」

「分かりやすい?」


私が首を傾げると、侍女たちが顔を見合わせる。


「婚約発表会でご自身の色をここまで纏わせるなんて」

「ええ。これはもう、誰が見てもアルベール殿下の婚約者だと分かります」

「独占欲が強くていらっしゃるのですね」


独占欲。


物騒な言葉が聞こえた気がする。


「婚約者の色を纏うのは普通でしょう?」

「普通ではありますが、ここまで完璧に揃えられる方は珍しいかと」


そういうものなのだろうか。

私にはよく分からない。


綺麗なドレスだとは思う。

ただし、重い。

それだけは間違いない。


その時、扉がノックされた。


「エレ、入るぞ」


「どうぞ」


入ってきたのはフォレストだった。

私の姿を見るなり、フォレストは一瞬だけ固まる。


「……似合ってる」

「ありがとう」


素直に礼を言うと、フォレストはドレスを見て、それから髪飾りを見た。


そして、少し呆れたように笑う。


「銀に赤。完全にアルベール殿下の色だな」

「そうなのよ」

「いや、そうなのよ、じゃなくて」


フォレストは額に手を当てた。


「めちゃくちゃ牽制してるぞ、これ」

「牽制?」

「この王女は自分の婚約者です、って全貴族に見せつける気満々だろ」

「婚約発表会なのだから、そういうものではないの?」

「……まあ、お前はそう思うよな」


失礼な。


「でも綺麗でしょう?」

「まぁな」


フォレストは少し表情を柔らかくする。


「悔しいくらい似合ってる」

「ならいいじゃない」

「よくはないが、まあいい」


何がよくないのかは分からない。


けれど、そろそろ会場へ向かわなければならない時間だった。


控室へ向かうと、そこにはすでにアルベール殿下がいた。


思わず足を止める。


いつも以上に、目を引く姿だった。


深い黒を基調とした正装。


肩から胸元にかけては、プラチナブロンドを思わせる淡い銀金色の刺繍が丁寧に施され、光を受けるたび上品に輝いている。


襟元や袖口には赤い糸で細かな模様が縫い込まれ、胸元にはカナルド帝国の紋章を象った銀細工の飾りが留められていた。


腰には儀礼用の細剣。


柄には深紅の宝石が埋め込まれ、銀色の鞘には精巧な魔法陣の意匠が刻まれている。


漆黒のマントの裏地は深紅。


耳元では、いつもの赤い石の揺れるピアスが静かに光を受けて揺れる。


銀髪はいつも以上に丁寧に整えられ、前髪は額が少し見えるように流されていた。


赤い瞳は穏やかで、それでいて王族らしい気品を纏っている。


……さすがカナルド帝国第一王子。


誰が見ても、絵本から出てきた王子様のようだった。


「アルベール殿下」


私が声を掛けると、アルベール殿下がこちらを振り返った。


そして。


止まった。


本当に、ぴたりと。


「……」


「アルベール殿下?」


どうかなさったのだろう。


私が首を傾げると、隣にいた深い緑色の髪の青年が、そっとアルベール殿下の腕を小突いた。


「アル」


その声で、アルベール殿下はようやく我に返ったようだった。


「……失礼しました」


「いえ」


「とても……よくお似合いです」


少し声が硬い。


緊張しているのだろうか。


「ありがとうございます。素敵なドレスを贈ってくださって、嬉しく思います」


そう言うと、アルベール殿下は柔らかく微笑んだ。


「君に似合うと思ったんだ」

「ええ。皆も似合うと言ってくれました」

「それは良かった」


アルベール殿下は本当に嬉しそうだった。


贈り物が喜ばれると嬉しい性格なのだろう。


「アルベール殿下も、本日の正装がとてもお似合いです」


私がそう言うと、アルベール殿下は一瞬だけ目を見開いた。


「……ありがとう」


「その刺繍、とても綺麗ですわ」


私はアルベール殿下の上着へ目を向ける。


深い黒を基調とした正装には、プラチナブロンドを思わせる淡い金銀色の刺繍が施されていた。


光を受けるたび柔らかく輝き、とても上品だ。


「私の髪の色に少し似ていますね。」


何気なくそう言うと、アルベール殿下が僅かに目を見開く。


「……気付いてくれたんだね。」


「ええ、とても綺麗です。」


素直にそう答えると、アルベール殿下はふっと笑みを浮かべた。


その隣で、深緑の髪の青年が興味深そうに私を見ている。


アルベール殿下が一歩横へずれた。


「紹介します。私の側近、ラグナル・ラインハルトです」


青年が一歩前へ出る。


「初めてお目にかかります。ラグナル・ラインハルトと申します。アルベール殿下の側近を務めております」


私は軽く会釈を返した。


「初めまして。ティアーナ王国第一王女、エレノーラ・フォン・ティアーナです。本日はどうぞよろしくお願いいたします」


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


ラグナル様は礼儀正しく頭を下げた。

ただ、その瞳にはどこか楽しそうな色がある。


アルベール殿下の側近ということは、きっと優秀な方なのだろう。


少し不思議な雰囲気の方だ。


「お時間です」


侍従が告げる。


いよいよだ。


面倒ではある。

とても面倒ではある。

だが、王族としての務めだ。


それに、終われば料理が待っている。

私はそう自分に言い聞かせた。



会場の扉の向こうから、楽団の演奏が聞こえてくる。


まず、お父様とお母様が入場した。

扉が開かれ、国王と王妃が並んで会場へ進む。


大広間に集まった貴族たちが一斉に頭を下げた。


続いて、次期国王であるお兄様が入場する。

堂々とした姿に、会場の視線が集まる。


そして、


「ティアーナ王国第一王女、エレノーラ王女殿下」


侍従の声が響く。


「ならびに、カナルド帝国第一王子、アルベール王子殿下」


アルベール殿下がそっと私へ手を差し出す。


私はその手を取り、小さく頷いた。


大きな扉が、ゆっくりと開かれる。


眩い光が差し込み、煌びやかな大広間が目の前に広がった。


天井には幾重もの巨大なシャンデリアが吊るされ、無数の魔石が光を反射して星空のような輝きを放っている。


白大理石で造られた床は鏡のように磨き上げられ、壁には金細工が施された柱が等間隔に並ぶ。その間にはティアーナ王国とカナルド帝国、両国の紋章旗が掲げられ、二つの国の友好を象徴するように優雅にはためいていた。


会場の奥には、豪華な料理が並ぶ長いテーブル。


黄金色に焼き上げられた肉料理、色鮮やかな果実、宝石のような菓子やケーキが所狭しと並び、甘く香ばしい香りが大広間いっぱいに漂っている。


……美味しそう。


思わず視線が吸い寄せられそうになる。


いけない。


今は王女として歩かなければ。


私は背筋を伸ばし、アルベール殿下と並んでゆっくりと歩き出した。


その瞬間だった。


ざわり――。


静まり返っていた会場が小さく揺れる


「まあ……」


「なんて美しい……」


「銀と赤……カナルドの王子殿下の色を纏っていらっしゃる」


「お似合いのお二人だ」


小さなどよめきが広がっていく。


私は背筋を伸ばし、ゆっくりと歩いた。


隣のアルベール殿下も、完璧な王子として微笑んでいる。


ただ、手を取る力がほんの少し強い気がした。

緊張しているのかもしれない。


壇上へ進み、父上の前で足を止める。


会場が静まり返った。


父上がゆっくりと口を開く。


「皆、本日はよく集まってくれた」


低く、よく通る声が大広間に響く。


「本日、この場を借りて正式に発表する」


父上の視線が私たちへ向けられる。


「我が娘、エレノーラ・フォン・ティアーナと、カナルド帝国第一王子、アルベール・ヴァン・カナルド殿下は、正式に婚約した」


一瞬の静寂。


そして、会場は大きな拍手に包まれた。


「両国のさらなる友好と繁栄を願い、この婚約を祝福する」


父上は穏やかに笑った。


「本日は祝いの席だ。皆、存分に楽しんでいってくれ」


拍手と歓声の中、私は微笑み続ける。


婚約発表は無事に終わった。


つまり。


ここからは、長い挨拶の時間が始まるということだ。


……早く料理の時間にならないかしら。

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