幕間 恋煩いの王子②
ごめんなさい!タイトルを大幅に変更しました!
ただ、話の内容や最初から私が決めていた物語や結末は変えていません。
お付き合いいただけると幸いです!
それから、手紙を送る日々が始まった。
今日見た花のこと。
カナルドの季節のこと。
読んだ本のこと。
ティアーナで見た魔法塔の研究が興味深かったこと。
エレノーラが好きだと言っていた魔道具の話も、できる限り調べて手紙に書いた。
返事はいつも簡潔だった。
『お手紙ありがとうございます。』
『興味深く拝読いたしました。』
『カナルドの魔法研究について、また教えていただければ幸いです。』
その数行を、私は何度も読み返した。
「アル。」
「何だ?」
「それ、もう五回目だぞ。」
「そうか。」
「手紙は読んでも内容は増えない。」
「分かっている。」
分かっているが、嬉しいものは嬉しい。
返事がある。
それだけで、その日一日が穏やかなものになる。
そんな自分に、少し驚いていた。
◇
手紙だけでは足りなくなったのは、いつからだっただろう。
街で見かけた小さな髪飾り。
淡い緑の石が飾られていて、エレノーラの瞳に似ていた。
気付けば購入していた。
「……今度は何だ?」
ラグナルが箱を見て尋ねる。
「髪飾りだ。」
「送るのか?」
「ああ。」
「昨日は栞を送っていなかったか?」
「送った。」
「一昨日は?」
「焼き菓子だ。」
「その前は?」
「花。」
ラグナルはしばらく黙った後、深く息を吐いた。
「ほぼ毎日じゃねぇか。」
「そうか?」
「そうだ。」
「だが、どれもエレノーラに似合うと思ったんだ。」
「だからって全部送るな。」
「なぜ?」
ラグナルは額を押さえた。
「お前、恋をすると面倒な男だったんだな。」
失礼なことを言われた気がする。
だが否定はできない。
エレノーラに似合うと思った。
喜んでくれるかもしれないと思った。
それだけで、贈らずにはいられなかった。
◇
ティアーナから返事が届いたのは、その数日後だった。
私はいつものように封を開ける。
『お手紙ありがとうございます。
髪飾りもありがとうございました。
とても綺麗なお品で、驚いております。
ですが、このように高価なお品を何度も頂いてしまうのは大変申し訳なく思っております。
どうか今後はお気遣いなさらないでください。
エレノーラ・フォン・ティアーナ』
私はしばらく手紙を見つめた。
「……。」
隣でラグナルが覗き込む。
「お。」
「ついに止められたな。」
「止められてはいない。」
「止められてるだろ。」
「遠慮しているだけだ。」
「違うと思う。」
即答だった。
「『今後はお気遣いなさらないでください』って書いてあるぞ。」
「彼女は優しいから、私に負担をかけたくないのだろう。」
「それを普通は『送るな』って意味で受け取るんだ。」
「だが、似合うと思ったものを贈らないのも惜しい。」
「重い。」
「重い?」
「贈り物の頻度が。」
私は少し考える。
確かに、高価な物を何度も贈るのは彼女に気を遣わせてしまうのかもしれない。
ならば。
「高価でなければいいのでは?」
ラグナルの顔が引きつった。
「待て。」
「花なら気軽だろう。」
「待てって。」
「焼き菓子もいい。食べれば残らない。」
「そういう問題じゃない。」
「本は?」
「増える。」
「栞なら?」
「また送る気か。」
私は首を傾げる。
ラグナルは疲れたように椅子へ沈み込んだ。
「お前さ。」
「何だ?」
「エレノーラ王女殿下の『もう大丈夫です』は、普通に『もう送らなくていいです』って意味だぞ。」
「分かっている。」
「分かってない顔してる。」
「だから、これからは頻度を減らす。」
ラグナルが警戒するように私を見た。
「どれくらいに?」
「三日に一度。」
「多い!」
「毎日よりは少ない。」
「基準が狂ってるんだよ。」
そう言われても。
三日に一度なら、かなり我慢している方だと思う。
「……せめて、相手が本当に困らない物にしろ。」
ラグナルは諦めたように言った。
「分かった。」
私は頷く。
「では、次はカナルドで人気の菓子にしよう。」
「聞いてたか?」
「食べれば残らない。」
「そういうところだぞ。」
私はお菓子を贈ることに決めた。
きっと食べ物が好きな彼女は喜んでくれるだろう。
◇
ただそれだけでは足りなかった。
手紙を書いても。
贈り物を送っても。
彼女に会いたいという気持ちは、日に日に大きくなるばかりだった。
だから私は、公務が落ち着いた日には王城の転移魔法陣を使い、ティアーナ王国を訪れるようになった。
もちろん、公にはしていない。
変装をし、一人の青年として城下町へ向かう。
目的地は決まっている。
あの食堂だ。
カラン。
扉を開けると、鈴が軽やかな音を鳴らす。
「いらっしゃいませ!」
変わらない笑顔。
変わらない声。
「いつもの席、空いてるわよ。」
彼女はいつも通り私を迎えてくれる。
あの日以来、私は何度も食堂を訪れていた。
きっと彼女は、もう気付いている。
私がアルベール・ヴァン・カナルドだということに。
それでも何も言わないのは、城下町では一人の客として接したいという、彼女なりの気遣いなのだろう。
そんな優しさが、嬉しかった。
私は料理を食べながら、ときおり給仕をする彼女を眺める。
客と楽しそうに話し、子どもには目線を合わせて笑いかけ、お年寄りには自然に手を貸す。
誰に対しても変わらない。
そんな彼女だからこそ、私は惹かれたのだ。
食事を終え、店を出る時。
「ありがとうございました。またお越しください。」
彼女はいつもそう言って見送ってくれる。
その言葉を聞くだけで、また来ようと思ってしまう。
私は今日も、少しだけ名残惜しさを感じながらティアーナを後にした。
◇
気付けば季節は巡る。
三か月前。
約束通り再びティアーナ王国を訪れた。
ちょうど王都では花祭りが開かれていて、エレノーラと城下を歩いた。
色とりどりの花が街を彩り、人々の笑顔で溢れていたあの日。
彼女は慣れた手つきで花を編み始め、あっという間に一つの花冠を作り上げた。
「はい。」
そう言って、私の頭へそっと乗せる。
突然のことに驚いていると、エレノーラは肩を震わせながら笑った。
「ふふっ。とてもお似合いですわ。」
少しだけ悪戯が成功した子どものような笑顔。
その笑顔があまりにも愛らしくて。
私は花冠よりも、彼女から目を離せなかった。
あの日の笑顔は、今でも鮮明に思い出せる。
だからだろう。
さらに時は経ち、婚約発表会の日が目前まで迫っていた。
三ヶ月ぶりに公式に会う彼女は、城下とはまた違ってそれも美しいのだろう。
どんな表情で私を迎えてくれるだろうか。
また、あの笑顔を見せてくれるだろうか。
そう思うだけで、自然と口元が緩む。
「また笑ってるぞ。」
ラグナルが呆れたように肩を竦めた。
「そんなに楽しみか?」
「ああ。」
私は迷わず頷いた。
「早く会いたい。」
それが、今の偽りのない気持ちだった。
そして、いつか。
彼女が私の隣で笑い、私の妻となる日が来る。
その未来を想像するだけで、胸が温かくなる。
「もうすぐだな。」
ラグナルが静かに呟く。
「ああ。」
婚約発表会まで、あとわずか。
私は、誰よりもその日を待ち望んでいた




