少しだけ距離を縮めて
パンナコッタを食べ終えた頃。
中庭には穏やかな風が吹いていた。
紅茶を一口飲んだアルベールが、不意に口を開く。
「エレノーラ王女殿下」
「何でしょう?」
「一つお願いがあるのですが」
お願い?
私は首を傾げた。
「もっと気楽に話しませんか?」
「気楽に?」
「ええ」
アルベールは少しだけ苦笑する。
「私たちは婚約者なのですから」
なるほど。
確かに今の会話は少々堅苦しい。
王族同士なのだから当然と言えば当然なのだが。
「私は構いませんわ」
「本当ですか?」
「ええ」
私は肩を竦める。
「どうせ他に人がいない時ですもの」
それに、今は婚約者だが将来的にどうなるかは分からない。
ゲーム通りならアリアが現れる。
そうなれば婚約そのものがなくなる可能性もある。
ならば今くらい気楽に接しても問題ないだろう。
「では私も少しだけ肩の力を抜こうかな」
「どうぞ」
少しだけ。
本当に少しだけだが、アルベールの口調が柔らかくなった気がした。
先ほどまでのどこかよそ行きの話し方より、こちらの方が話しやすい。
そんなことを考えていると、アルベールが再び口を開いた。
「そういえば」
「うん?」
「前から気になっていたことがあるんだけど」
「何かしら?」
「城下で――」
そこまで言ってアルベールが言葉を止めた。
城下?
「ああ、この前案内した時の話?」
「え?」
「楽しかったでしょう?」
私は少し得意げに言う。
「あの菓子屋さん人気なのよ」
「いや、そうではなくて――」
「次は市場も案内したいと思っているの」
「市場」
「えぇきっと面白いわ」
気付けば私ばかり話していた。
アルベールは何度か口を開こうとしていたが、その度に話題が逸れている。
何か聞きたいことでもあったのだろうか。
結局。
アルベールは小さく息を吐いた。
「いや、何でもない」
「そう?」
少し不思議だったが、本人がそう言うならそれでいいか。
その時だった。
背後で控えていたマリーが一歩前へ出る。
「エレノーラ王女殿下」
「どうしたの?」
「そろそろ魔法塔へ向かわれた方がよろしいかと」
あ。
時計を見る。
確かに頃合いだ。
「そうね」
私は立ち上がる。
「行きましょう」
「もちろん」
私たちは中庭を後にした。
◇
魔法塔へ向かう道中。
王城の端へ向かう石畳の道を歩く。
「そういえば」
私はふと思い出した。
「カナルド帝国には歴代最強の魔導士がいるって聞いたことがあるわ」
「歴代最強?」
アルベールが首を傾げる。
「ええ」
私は頷いた。
「魔力量も才能も歴代随一だとか」
アルベールは苦笑した。
「随分大袈裟な噂だね」
「違うの?」
「さあ」
否定しないあたり本当なのかもしれない。
そんなことを考えていると、今度はアルベールが口を開く。
「そういう意味ではティアーナも有名だよ」
「ティアーナが?」
「最近、ティアーナ王国では最年少の天才魔導士が現れたと聞いている」
私はすぐに誰のことか理解した。
「ああ、アッシュのことね」
すると。
アルベールの足がぴたりと止まった。
「アッシュ?」
「そうよ」
「呼び捨てなんだ」
何故かそこを気にされた。
「ええ」
私は首を傾げる。
「親しいの?」
その質問は妙に真剣だった。
どうしたのだろう。
「そうね」
私は少し考える。
そして素直に答えた。
「親しいと思うわ」
その瞬間。
アルベールの表情がほんの少しだけ固まったような気がした。
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