王城案内と手作りお菓子
気合い入れすぎて長くなっちゃいました!お付き合いいただけると嬉しいです。
翌日
私は早朝から厨房にいた。
9時前には家庭教師の先生が来てしまうのでそれまでお菓子を完成させる必要がある。
「エレノーラ様、本当にご自身でなさるのですか?」
料理長が困ったように尋ねる。
「もちろんよ」
今日はアルベール殿下が来る。
せっかくだから昨日決めた通り、パンナコッタとポテトチップスを作ろうと思う。
パンナコッタは昨夜のうちに仕込んである。
苺ソースも完璧だ。
「こちらは完成しておりました。」
侍女が冷やしていた器を持ってくる。
うん。
綺麗に固まっている。
白くなめらかな表面はつややかで、揺らすとぷるりと小さく震えた。
「問題ないわね」
私は満足げに頷いた。
後はポテトチップスである。
じゃがいもを薄く切り、水にさらし、油で揚げる。
熱した油に入れた瞬間、ぱちぱちと小気味良い音が響き、香ばしい匂いが立ち上った。
「……これだけですか?」
料理長が目を丸くする。
「これだけよ」
「随分簡単ですね」
「でも美味しいの」
揚がったものに塩を振る。
試しに一枚口へ運ぶ。
ぱりっ。
軽快な音とともに薄いじゃがいもが砕け、香ばしさと塩気が舌の上に広がった。
うん。
成功である。
「どうぞ」
料理長へ差し出す。
恐る恐る口へ運んだ料理長の目が見開かれた。
「……これは」
「美味しいでしょう?」
「ええ……非常に」
その後、味見役が増え、気付けば厨房中の人間が集まっていた。
あちこちからぱりぱりと軽快な音が響き、揚げたての香りに皆の手が止まらない。
「みんな食べ過ぎないようにね。」
私が呆れ気味にいうと
「いや、これは止まりません」
料理長が真顔で答えた。
不思議である。
ただのじゃがいものはずなのだが。
「まぁたくさん作ったから後で皆で食べてね」
とりあえず、このままだと全部食べられそうだったので自分たちの分だけを取り置きしておいた。
予想以上に大人気だった。やはり前世で人気だったものは別の世界でも人気らしい。
◇
昼過ぎ。
王女宮前には既にアルベール殿下の姿があった。
相変わらず整った顔をしている。
銀髪はキラキラと太陽の光に反射し眩しくさえある。
「お待たせしました」
「いえ。私も今来たところです」
絶対嘘だ。
先に来ていた顔をしている。
「それでは行きましょうか」
「ええ」
「今日は王女殿下のお時間をいただき嬉しくおもいます。」
「こちらこそお手紙ありがとうございました。」
悲しいことに城下町でみたアルベールの子供らしい笑顔ではなく、今日は王子用のお顔だった。
無理に笑わなくていいのに、大変ね。
そう思いながら最初にアルベールを案内したのは図書室だった。
高い本棚が幾重にも並ぶ広々とした室内には、革表紙の本が整然と収められている。
窓から差し込む柔らかな陽光が棚を照らし、静かな空気の中には紙とインクの落ち着いた香りが漂っていた。
アルベールはゆっくりと歩きながら本棚を見上げる。
「素晴らしい蔵書量ですね」
「ありがとうございます。王家が代々集めてきたものですわ」
文学、歴史、魔法学、薬学。
国内で出版された書物だけでなく、他国から取り寄せた貴重な本も数多く保管されている。
「こちらの棚は魔法関連の専門書ですの。古い研究記録もありますわ」
「これほど揃っているとは思いませんでした」
アルベールは一冊の背表紙へ視線を向けながら感心したように呟く。
「私もよく利用しておりますの」
「そうなのですね」
「新しい知識を得るのは楽しいですから」
そう答えると、アルベールはどこか嬉しそうに微笑んだ。
まぁ私の場合、前世でも今世でも魔法を使えないからその分憧れているからというのが1番強いけど。
◇
1時間程、図書室をみた後、私たちは歴史資料室へ移動した。
こちらは図書室とは違い、一般の書物ではなく貴重な原本や記録を保管するための場所である。
温度や湿度が管理された室内には、古い羊皮紙や巻物、年代物の帳簿などが丁寧に収められていた。
「こちらが建国当時の記録ですわ」
私はガラスケースの中に保管された資料を示した。
褪せた文字が並ぶ羊皮紙には、初代国王の名や当時の出来事が記されている。
「これほど古いものが残っているのですか」
「ええ。王家が大切に保管してきましたの」
さらに奥へ進み、古い地図の展示を見せる。
現在とは異なる国境線や街道が描かれており、時代の変遷が一目で分かる。
「こちらをご覧くださいませ。当時はまだこの辺りが未開拓地だったそうです」
「興味深いですね」
アルベールは地図を見つめながら真剣な表情で頷いた。
私は建国の経緯や周辺諸国との関係、王都が発展していった歴史について説明する。
王女教育の本領発揮である。
アルベールは時折質問を挟みながら熱心に耳を傾けていた。
気付けば予定していた時間を少し過ぎていたほどだった。
一通り見終えた後。
私たちは中庭へ向かった。
「少し休憩にいたしましょう」
中庭のテーブルにはタイミングが合うように侍女であるマリーが事前に準備してくれていたお菓子やティーカップが綺麗に並んでいる。
席に着いたアルベールは早速見慣れないお菓子に気づいたようで目を瞬かせた
「こちらのお菓子はどういったお菓子ですか?」
「パンナコッタですわ」
「初めて見ます」
「私の手作りですので、よろしければ召し上がってくださいませ」
そう告げると、アルベールの動きが止まった。
「……手作り?エレノーラ王女殿下の?」
「ええ」
何か変なことを言っただろうか。
不思議に思いながら首を傾げる。
「以前、料理の話をしていましたでしょう?」
「えぇ、覚えています」
「ですから作ってみましたの」
アルベールはしばらく黙っていた。
そして笑った。ほんの少しだけ頬が赤い気がするが気のせいだろう。
「まさかこんなに早く私の希望が叶うとは。ありがとうございます。」
あっその笑顔の方がさっきの胡散臭い笑顔よりとても素敵だわ。アルベール殿下はお菓子が好きなのね。
そう思った私はポテトチップスの皿をアルベールの前へ差し出した。
「こちらもどうぞ」
「これは?」
「ポテトチップスです」
「ぽてと……?」
「じゃがいもを揚げたものですわ」
アルベールは皿を見つめる。
薄く切られたじゃがいもが黄金色に輝いていた。
しかし、なかなか手を伸ばさない。
「どうかなさいましたか?」
「いえ」
アルベールは少し困ったように微笑む。
「どのように食べるのでしょう?」
「あら」
そういえば説明していなかった。
「そのままですわ」
「そのまま?」
「手で取って食べるのです」
その瞬間。
アルベールが目を瞬かせた。
「手で?」
「ええ」
何かおかしいだろうか。
「ナイフもフォークも使わずに?」
「必要ありませんわ」
むしろ使う方が難しいと思う。
私が一枚摘まみ、そのまま口へ運ぶ。
ぱりっ。
「このように」
アルベールは少しだけ驚いた顔をした。
すると背後に控えていた護衛騎士が一歩前へ出る。
「殿下」
「どうした」
「失礼ながら、まずは私が毒見を」
当然の申し出だった。
王族なのだから。
だが、その言葉を聞いた瞬間。
アルベールの眉が僅かに寄る。
「必要ない。」
護衛が目を見開く。
「しかし殿下――」
「エレノーラ殿下が直々に作られたものだ」
アルベールの声は穏やかだった。
だが有無を言わせない力がある。
「その御厚意を疑うような真似は失礼だろう」
護衛は口を閉ざした。
「……失礼いたしました」
私は首を傾げる。
毒見くらい別に構わないのだけれど。
王族なら当然だろうし。
だがアルベールは気にした様子もなく、一枚摘み上げた。
そして口へ運ぶ。
ぱりっ。
その瞬間。
赤い瞳が僅かに見開かれる。
「……なるほど」
「美味しいでしょう?」
「ええ」
そう言いながら二枚目へ手が伸びる。
どうやら気に入ってくれたらしい。
よかった。
「では、こちらも召し上がってくださいませ」
ポテトチップスを気に入ったらしいアルベールへ、今度はパンナコッタを勧める。
白磁の器の中には、真っ白なパンナコッタ。
その上には艶やかな赤い苺のソースがかけられていた。
陽光を受けて宝石のように輝いている。
「綺麗ですね」
アルベールが静かに呟く。
「見た目だけでなく味も保証しますわ」
そう言うと、アルベールは銀のスプーンを手に取った。
ぷるり。
スプーンが触れた瞬間、柔らかく揺れる。
その感触に少し驚いたのか、アルベールは目を瞬かせた。
そして一口。
口へ運ぶ。
滑らかな口当たり。
舌の上でほどける優しい甘み。
濃厚でありながら重くなく、冷たい食感が心地よい。
そこへ苺ソースの甘酸っぱさが重なり、後味を爽やかに整えていく。
しばらくアルベールは何も言わなかった。
私は首を傾げる。
「お口に合いませんでしたか?」
「いえ」
即答だった。
「とても美味しいです」
その声はいつもより少しだけ柔らかい。
気のせいだろうか。
アルベールは再びスプーンを動かした。
二口。
三口。
どうやらパンナコッタも気に入ってくれたらしい。
よかった。
「お気に召したようで安心しました」
そう言うと、アルベールはふっと笑った。
「当然です」
「当然?」
「エレノーラ王女殿下が私のために作ってくださったのですから」
私は首を傾げる。
「別に殿下だけのためではありませんわ?」
厨房の皆も食べているし、余った分は騎士団にも配る予定である。
だがアルベールは構わず続けた。
「それでも嬉しいのです」
珍しく真っ直ぐな視線が向けられる。
「私のために時間を使ってくださった」
「……」
「こうして手作りのお菓子まで用意してくださった」
少し大袈裟ではないだろうか。
パンナコッタなど慣れてしまえば難しいものではない。
「王女殿下、本当にありがとうございます」
そこでようやくアルベールは言葉を切った。
私はしばらく考える。
そして正直な感想を述べた。
「少し言い過ぎではありません?」
「……」
「お菓子を作っただけですわ」
アルベールは一瞬だけ呆けた後、
くすりと小さく笑った。
「そうかもしれません」
そう言いながらも、その表情はどこか嬉しそうだった。
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