幕間 食堂で働く婚約者
(アルベール・ヴァン・カナルド視点)
私アルベール・ヴァン・カナルドは、昨日に続きティアーナ王国の城下へ来ていた。
理由は結界魔道具の点検。
ティアーナ王国の城下には複数の結界魔道具が設置されている。
魔物から街を守るための重要な設備だ。
その技術は元々カナルド帝国が開発したものだった。
友好国であるティアーナ王国へ提供され、現在では国内各地で運用されている。
だが数日前。
国境付近の結界魔道具が何者かによって破壊されたという報告が入った。
幸い大きな被害は出ていない。
しかし原因は不明。
明日からティアーナ王国の魔法塔より調査団が派遣される予定だった。
中心となるのはローズベル・アッシュ。
十五歳にして天才と呼ばれる魔導士である。
名前くらいはアルベールも知っていた。
もっとも、興味があるかと言われると無い。
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「城下の結界魔道具に異常はありませんでした」
護衛の一人が報告する。
「ああ」
アルベールは頷いた。
これで本来の目的は終わった。
城へ戻ってもよかった。
だが.
「殿下」
もう一人の護衛が声を掛ける。
「最近人気の食堂があるそうです」
「食堂?」
アルベールは興味なさそうに聞き返す。
「聞いたことのない料理を出すとか」
少しだけ耳が向く。
「例えば?」
「はんばーぐ」
「おやこどん」
「おむらいす」
聞いたことがない。
カナルド帝国にも存在しない。
ティアーナ王国にも存在しないはずだ。
そして、ふと思い出す。
⸻
『そうね。次はからあげにしましょう』
⸻
庭園で聞いた言葉。
婚約者が呟いていた謎の料理。
料理。
食堂。
聞いたことのない名前。
偶然だろうか。
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「そこへ行く」
アルベールは言った。
護衛たちが瞬きをする。
「昼食ですか?」
「ああ」
少し興味があった。
それだけだった。
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アルベールの護衛は二名。
どちらも近衛騎士だった。
そして腰には何の変哲もない剣帯を装着している。
もっとも、それはただの剣帯ではない。
カナルド帝国製の魔道具だった。
護衛が幻惑や隠蔽魔法に惑わされれば要人を守れない。
そのため、一定以上の魔法効果を弱める機能が組み込まれている。完全に無効化できるわけではない。
だが本来の姿や魔力の流れをある程度視認することができる。
アルベールほどではないが十分実戦的な性能だった。
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そして、
食堂へ足を踏み入れた瞬間。
護衛の一人が固まった。
「殿下」
小さな声。
「まさか……」
アルベールも視線を向ける。
そこにいた。
黒髪。
黒い瞳。
平民の服。
だが間違いない。
エレノーラだった。
⸻
アルベールには隠蔽魔法が効かない。
正確には違う。
効いている。だが完全には隠れない。
本来の姿が薄く見えるのだ。
だから分かった。
そこにいる少女が誰なのか。
⸻
「エレノーラ王女殿下……?」
護衛が呟く。
「ああ」
アルベールは頷いた。
「間違いない」
二人の護衛が無言になる。
当然だった。
王女が食堂で給仕をしている。
意味が分からない。
アルベールにも分からなかった。
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「三名様ですね?」
エレノーラが近付いてくる。
自然な笑顔だった。
昨日城下町で見た笑顔と同じ。
王女としての笑顔ではない。
素の笑顔。
だから余計に目を奪われた。
そして、気付けば口が動いていた。
「貴方はこちらで何を?」
言ってから気付く。
質問がおかしい。
本来聞きたかったのは、
『王女である貴方が何故こんな場所で働いているのですか?』
だったのだから。
エレノーラは瞬きをした。
「見ての通り、給仕として働かせていただいております」
アルベールは固まった。
後ろの護衛二人も固まった。
当然だ。
そういう意味ではない。
だが。
エレノーラは平然としている。
なるほど
アルベールは理解した。
正体に気付いたことを表に出すなということか
王女だ。
身分を隠している理由もあるのだろう。
ならば合わせるべきだ。
⸻
「……すまない」
「はい?」
「変なことを聞いた」
「そうですね」
即答だった。
少し傷付いた。
席へ案内される。
アルベールは歩きながら考える。
演技が上手い。
流石は王女だ。
そして席へ座る。
普通ならそれで終わりだ。
だが、気付けば視線が追っていた。
エレノーラは忙しそうに働いている。
笑っている。
客と話している。
楽しそうだった。
しばらくして、エレノーラが再びやって来た。
「ご注文はお決まりですか?」
アルベールは顔を上げる
近くで見ると昨日より幼く見える。
王女ではなく、ただの少女に見えた。
「おすすめは?」
聞いてみる。すると。
「オムライスです!」
自信満々だった。
「おむらいす?」
聞き返してしまう。
初めて聞く料理だった。
「人気なのよ」
嬉しそうに説明する。
本当に好きなのだろう。
この店も。
ここの料理も。
「ではそれを」
「かしこまりました!」
去っていく背中を見送りながら思う。
昨日の城下町でもそうだった。
この王女は、王女らしくしている時より無邪気な笑顔を見せている時の方がずっと魅力的だ。
⸻
やがて料理が運ばれてきた。
「お待たせしました」
ふわふわの卵。
鮮やかな赤いソース。
初めて見る料理だった。
「こちらがオムライスになります」
「ありがとう」
アルベールは皿を見る。
美味そうだ。
去っていきそうな彼女を引き止めるように
どうしても気になってたことを聞いてみた。
「……君はいつもここで働いているのか?」
エレノーラが首を傾げる。
「いつもではないですけど、週三回くらいですかね?」
アルベールは思わず黙った。
週三回。王女が。
「そうか」
そう答えるしかなかった。
やはり不思議な王女だった。
その時だった。
近くを通りかかった彼女の護衛であるフォレストの足が止まる。
彼も一緒だったのか。というかずっと一緒なのだろうか少しだけモヤっとした感情が浮かんだがその感情がなんなのかわからなかった。
「……」
アルベールは目を細めた。
気付いたか
口調を変え、変装しても
流石に騎士の観察眼は誤魔化せなかったらしい。
フォレストがこちらを見る。
アルベールも見る。
一瞬。
視線が交差した。
そして何か言いたげな表情で彼女を連れて行ってしまった。
ほんの少しもう少しだけ彼女と話がしたかったという気持ちはわがままなのだろう。




