城下町の1日②
私はくるりと城下を見まわし
「あっ」
思わず声を上げた。
広場の隅に屋台が見えた。
炭火の上で肉が焼かれている。
じゅう、と脂が落ちる音。
香ばしい匂い。
「串焼きだわ」
思わず呟く。
アルベールが隣で瞬きをした。
「串焼きですか?」
「えぇ、とても美味しいのですよ」
気付けば足は屋台へ向かっていた。
「いらっしゃ――」
威勢よく声を上げた店主が固まる。
私を見た。
もう一度見た。
そして慌てて頭を下げた。
「エ、エレノーラ王女殿下!?」
周囲もざわついた。
私は苦笑する。
「そんなに驚かなくても大丈夫よ」
「い、いえ!しかし!」
「今日はただのお客として来ただけだもの」
店主は困ったような顔をしたが、やがて観念したらしい。
「か、かしこまりました」
私はにっこり笑う。
「串焼きを二本お願い」
「は、はい!」
しばらくして串焼きが運ばれてくる。
私は迷わずかぶりついた。
「美味しい!」
思わず声が出る。
店主の顔がぱっと明るくなる。
「本当ですか!?」
「ええ」
私は大きく頷いた。
「とても美味しいわ」
その時だった。
アルベールの後ろにいた護衛が一歩前へ出る。
「アルベール殿下」
真面目な顔だった。
「毒見を」
なるほど。王族らしい。
確かに普通ならそうなのだろう。
アルベールは一瞬だけ私を見る。
私は既に二口目を食べていた。
美味しい。
三口目もいける。
アルベールは小さく笑った。
「問題ありません」
「しかし」
「エレノーラ王女殿下も召し上がっています」
護衛は困った顔になる。
当然だ。
私も王族である。
「大丈夫です」
アルベールはそう言うと、そのまま串焼きを受け取った。
そして一口。
「……美味しいですね」
少し驚いたような声だった。
私は得意げに頷く。
「でしょう?」
「えぇとても」
アルベールも頷いた。
⸻
それからだった。
焼き菓子の屋台。
果実水の屋台。
木彫り細工の店。
玩具屋。
大道芸人。
「あっ」
「王女殿下」
「少しだけよ」
「先ほどもそうおっしゃっていました」
「あっ」
「エレノーラ王女殿下」
「今度こそ少しだけ」
「先ほども聞きました」
いつの間にか侍女が近くにいて時間を気にするように私に言う。
気付けば私は次々に目移りしていたようだ。
珍しい玩具。
見たことのない菓子。
子供たちが遊ぶ広場。
どれも目を引くものばかり、何度訪れても城下は楽しい。
⸻
その時だった。
広場の端に小さな人だかりが見えた。
「あっ」
また足が止まる。
輪投げの屋台だった。
景品にはぬいぐるみや木彫りの置物が並んでいる。
面白そうだ。
とても。
私は反射的に振り返った。
「フォレスト!」
呼んでから気付く。
今日はアルベールの案内中だった。
フォレストは心底迷惑そうな顔をした。
後から小言を言われる気がする。
私はゆっくりとアルベールへ向き直った。
「……アルベール殿下」
「はい」
「輪投げをしますか?」
数秒の沈黙。
そして。
アルベールが微笑んだ。
「ぜひ」
⸻
結果。
思った以上に盛り上がった。
私が投げる。
外す。
また投げる。
外す。
「難しいわね」
「そうですね」
アルベールは穏やかに頷く。
そして、
一投。
輪が綺麗な弧を描く。
すぽん。
景品の棒へ吸い込まれた。
「えっ」
私は固まった。
周囲もざわつく。
店主まで驚いている。
「お見事です!」
店主が景品を差し出す。
アルベールは少し考え、
その景品を私へ差し出した。
白い犬のぬいぐるみだった。
「殿下?」
「差し上げます」
「え?」
「欲しそうに見えましたので」
私は瞬きをした。
欲しかった。
確かに欲しかった。
「ありがとうございます。」
思わず受け取る。
その時。
アルベールがふっと笑った。
今まで見てきた王子様の笑顔とは違う。
作られたものではない。
自然に零れた笑顔。
九歳の少年らしい。
どこか楽しそうな笑顔だった。
「こういうことをしたのは初めてですが」
アルベールが言う。
「意外と楽しいものですね」
心の底からの笑みだった。
私は一瞬だけ言葉を失った。
綺麗だった。
今まで見たどの笑顔より。
そして思う。
なんだ。
ちゃんと笑えるじゃない。
⸻
気付けば空が橙色に染まり始めていた。
「エレノーラ王女殿下」
侍女がまた近付いてくる。
「本当にそろそろお帰りになられませんと」
私は瞬きをした。
「え?」
空を見る。
夕焼けだった。
「もう夕方!?」
思わず叫ぶ。
侍女が静かに頷いた。
「はい」
私は固まった。
確かおやつの時間には帰る予定だったはずだ。
本当に帰るつもりだった。
たぶん。
きっと。
隣ではアルベールが肩を震わせている。
笑っているらしい。
「今度こそ帰ります!」
私はそう宣言した。
するとアルベールは笑みを深めた。
「そうですね」
⸻
その日。
私たちは本当に夕方まで城下町を歩き回ったのだった。
⸻
城に着き帰っていくエレノーラの背中を見送りながら、アルベールは小さく息を吐く。
不思議な王女だった。
婚約者である自分に媚びることもない。むしろ興味がなさそうだった。
気付けば屋台へ駆け寄り、大道芸に夢中になり、
輪投げで盛り上がっていた。
今まで出会った誰とも違う。
「アルベール殿下」
護衛が声を掛ける。
「そろそろお戻りを」
「ああ」
アルベールは頷いた。
そしてもう一度だけ、小さな背中を振り返った。
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