麗しの貴公子
あれから三週間が経った。
私の日常は忙しかった。
週四で魔法塔に通い、アッシュの研究室で資料運びや本棚整理を手伝う。
もちろん本人は、
「邪魔だ」
と言う。
しかし私が行かないと、研究室は数日で本の山に埋もれる。
つまり必要な存在ということだ。
たぶん。
きっと。
そう思いたい。
そして週三は食堂、オムライスや親子丼を始めとした新メニューは好評で、以前は空席ばかりだった店も少しずつ賑わうようになっていた。
最近では常連客まで増えている。
忙しいけれど充実した毎日だった。
だから、私はすっかり忘れていた。
婚約者の存在を。
⸻
「エレノーラ王女殿下」
まだ外も薄暗い早朝。
侍女の声で目を覚ました。
私は布団へ潜り込む。
「あと五分」
「駄目です」
即答だった。
ひどい。
「起きるにはまだ早いと思うのよ。それとも今日は何かあったかしら?」
私は半分眠ったまま尋ねる。
すると侍女は穏やかに微笑んだ。
「本日はアルベール殿下との初対面の日でございます」
沈黙。
まだ寝ぼけている頭で必死に考える。
「あ」
思い出した。
婚約者だ。
いた。
⸻
数時間後。
私は鏡の前に座っていた。
侍女たちによって完璧に整えられている、白銀にも見えるほど美しい金髪。
透き通るような肌。
エメラルドの瞳。
淡い水色のドレス。
鏡の中にはこの国一の美女と称される王女が映っていた。
正直に言う。
自分でも綺麗だと思う。
客観的に見ても。
とても。
ただし、もう既に全てを脱ぎ捨て城下に行きたい。
「この服着替えたいわ」
「まだお会いしてもいません。今着たばかりです。」
侍女が即答した
⸻
謁見の間。
巨大な扉が開かれる。
赤い絨毯に、高い天井。豪華な装飾。
中央にはカナルド帝国の使節団
その先頭に、一人の少年が立っていた。
銀色の髪。
鮮やかな紅玉のような瞳。
耳に輝く瞳と同じ色のピアス。
年齢は九歳のはずなのに、身長はフォレストより高いきさえする。というか九歳に見えないほど大人びていてどこか完成されている。
その姿はまるで絵本に描かれる王子そのものだった。
私が定位置まで進むと、お父様が穏やかに口を開く。
「エレノーラ」
「はい、お父様」
「紹介しよう。カナルド帝国第一王子、アルベール・ヴァン・カナルド殿下だ」
私は静かに視線を向けた。
するとアルベールが一歩前へ出る。
胸に手を添え、優雅に一礼した。
「初めてお目にかかります」
澄んだ声が謁見の間へ響く。
「カナルド帝国第一王子、アルベール・ヴァン・カナルドと申します」
柔らかな微笑み。
非の打ち所のない所作。
完璧だった。
まるで教本から抜け出してきたような王子様である。
私はドレスの裾を摘み、ゆっくりとカーテンシーを行った。
「初めてお目にかかります、アルベール王子殿下」
顔を上げる。
「ティアーナ王国第一王女、エレノーラ・フォン・ティアーナでございます」
王女としての笑みを浮かべる。
礼儀作法の先生なら満点をくれるだろう。
お互いの挨拶が終わる。
その瞬間。私は思った。
顔は好き。
前世、私はアニメが好きだった。
その中でも銀髪キャラが好きだったのだ。
少年漫画に出てきた主人公の兄、少女向けアニメに出てきた初恋のお兄さん。
だいたい銀髪だった。
つまり、容姿だけなら好みである。
認めよう。顔だけなら好きだ。
「お会いできて光栄です。以前よりティアーナ王国の姫のお噂は耳にしておりました。噂以上にお美しい方で驚いております」
アルベールは微笑んだ。
さらりと言われた、まるで天気の話でもするように。
王子様ってすごい。私なら恥ずかしくて無理だわ。
王子様って本当にこんな感じなのね。
王子様すぎて疲れるわ。
顔は好き。だがタイプではない。
一目惚れしなかったし、やはり私は悪役令嬢にはなれないみたい。できるなら本当の結婚は避けたいので、アッシュには悪いがどうかアリア、アルベールに惚れてくれと願うしかない。
私はすでに王子への興味を無くしかけていた。
「エレノーラ」
お父様が声をかける。
「はい」
「アルベール殿下を案内して差し上げなさい」
「案内?とは」
「庭園でも散歩してきてはどうだ?」
私は心の中でため息を吐いた。
城下町へ行きたかった。
今日は新メニューの試作予定だったのだ。
アッシュに頼まれていた資料整理もある。
忙しいのである。
だが王女の仕事は疎かにしない約束で城下に行かせてもらっているので、断ることもできない。これは立派な王女の仕事だ。しょうがないわよね。
「国王陛下。ご提案ありがとうございます。エレノーラ王女殿下お願いしても?」
アルベールが微笑む。
私は笑顔を作った。
「ええ。参りましょう。」
あぁ早く終わらないかしら。
⸻
庭園へ続く道を歩く。
少し離れた場所にはフォレストや侍女たち。
アルベール側の護衛たちもいる。
完全な二人きりではない。
けれど会話は聞こえない距離だ。
「美しい庭園ですね」
アルベールが言う。
「そうですわね」
「本日は天気も良く」
「そうですわね」
「花々も見頃です」
「そうですわね」
アルベールが少しだけ黙った。
私は気付かない。
なぜなら。
今度食堂で出す新メニューについて考えていたからである。
次は肉じゃがにするべきか。それともコロッケにするべきか。そもそもこの世界揚げ物そのものがないわよね。唐揚げも食べたいわ。
私の頭の中は食べ物でいっぱいだった。
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