王女は働きたい
食堂から城へ戻る道中。
私は上機嫌だった。
「楽しみだわ」
「何がだ」
隣を歩くフォレストが疲れた声で尋ねる。
「食堂よ」
「まだ許可も取ってないだろ」
「取るもの」
即答だった。
フォレストは深いため息を吐く。
「その自信はどこから来るんだ」
「愛されているから?」
「自分で言うな」
失礼ね。
事実なのだから仕方がない。
もちろん私も家族を愛している。
⸻
その日の夕食後。
王族専用の談話室では、いつものティータイムが開かれていた。
大きな窓から夕暮れの光が差し込み、部屋の中を柔らかな橙色に染めている。
丸いテーブルには紅茶と焼き菓子が並べられ、普段なら穏やかな時間が流れるはずだった。
ただし今日は違う。
「なぜフォレストがいるの?」
私が尋ねると、向かいに座っていたフォレストが疲れた顔をした。
「お前のフォロー役だ」
「何それ」
「本来なら今頃訓練場だ」
私は瞬きをした。
そういえばフォレストは最近ずっと剣の訓練を受けている。
朝も夜も訓練だと言っていた。
「ご愁傷様」
「本当にそう思うなら原因を作るな」
失礼である。
まだ何もしていない。
⸻
「それで?」
お父様が紅茶を置いた。
穏やかな笑顔。
「何か話があるのだろう?」
私は背筋を伸ばした。
「あります」
お父様が頷く。
お母様もお兄様もこちらを見ている。
私は深呼吸した。
そして。
「働きたいです」
沈黙。
部屋が静まり返った。
数秒後。
「は?」
お兄様が言った。
「エレ?今なんといったのかしら?」
お母様が尋ねる。
「城下町の食堂で働きたいです」
さらに沈黙。
お父様がゆっくりフォレストを見る。
フォレストは即座に首を横へ振った。
「俺じゃありません」
裏切り者である。
⸻
「説明しなさい」
お父様が額を押さえた。
私は今日の出来事を最初から話した。
荷車。
食堂。
おばあさん。
美味しかった料理。
客が来ないこと。
店が潰れそうなこと。
そして新しい料理を教えたいこと。
全部。
話し終える頃には全員が静かになっていた。
「だから」
私は顔を上げる。
「助けたいのです」
お父様が小さく息を吐いた。
「気持ちは分かった」
お母様も頷く。
「優しい子ね」
少し嬉しい。
しかし。
「駄目だ」
お父様は即答した。
私は固まった。
「どうしてですか!?」
「王女だからだ」
こちらも即答だった。
「王女は食堂で働かない」
「なぜですか」
「普通は働かない」
「でも」
「働かない」
強い。
今日は強い。
⸻
すると今度はお母様が口を開いた。
「それにとても危険だわ」
「変装します」
「誘拐されたらどうするの?」
「フォレストがいます」
全員の視線がフォレストへ向く。
「何で俺を見るんですか」
フォレストが真顔で言った。
「護衛でしょう?」
私が言う。
「違う。監視役だ」
「えっでも護衛も兼ねているでしょう?」
「まぁ残念だがそうとも言えなくもない」
「そうよね?よろしくね。」
フォレストは心底嫌そうな顔をした。
⸻
「エレ」
今度はお兄様が口を開いた。
「どうしてそこまでしたいんだ?」
私は少し考えた。
そして正直に答える。
「お店がなくなるのが嫌だから」
部屋が静かになった。私は続ける。
「あの食堂、好きなの」
木の机。優しいおばあさん。
真面目な料理人。温かい料理。
なんだか居心地が良かった。
「それに」
私は少し笑った。
「お客さんが美味しそうにご飯を食べる顔も見てみたいわ」
お母様が苦笑する。
お兄様は頭を抱えた。
お父様は目を閉じている。
「誰に似たのかしら」
お母様がぽつりと呟いた。
「母上では?」
お兄様が言う。
お父様は聞こえないふりをした。
⸻
しばらくして、
お父様が大きくため息を吐いた。
「条件付きだ」
私は勢いよく立ち上がった。
「本当ですか!?」
「まだ最後まで聞いていない」
私は座り直した。
「第一に」
お父様が指を一本立てる。
「必ず変装すること」
「はい!」
「第二に」
指が二本になる。
「勉強を疎かにしないこと」
「もちろんです!」
「第三に」
指が三本になる。
「必ずフォレストを連れて行くこと」
「分かりました!」
「そして」
お父様の声が低くなった。
「王家の影も付ける」
私は目を丸くした。
「影?」
「護衛だ」
お兄様が呆れたように言う。
「フォレスト一人では足りん」
「十分だと思うけれど」
「思わん」
全員一致だった。
「俺も思いません」
フォレストまで頷いた。
裏切り者である。
「第四に」
お父様が続ける。
「危険だと判断した場合は即終了」
私は少し考えた。そして頷く。
「分かりました」
お父様はしばらく私を見つめていた。
やがて苦笑する。
「全く」
「お父様?」
「誰に似たんだか」
お父様はちらりとお母様に視線を送った後
愛おしそうに私を見つめた。
⸻
談話室を出た瞬間。
私は拳を握った。
「勝ったわ!」
「勝ってない」
隣でフォレストが即答する。
「勝ったもの」
「条件だらけだっただろ」
「許可が出たから勝ちよ」
私は満面の笑みを浮かべた。
明日から忙しくなる。
新しい料理。
食堂。
城下町。
考えるだけで楽しい。
「まずは何を作ろうかしら」
オムライス。
ハンバーグ。
親子丼。
どれも捨て難い。
「楽しみね」
そう呟くと、隣から深いため息が聞こえた。
「俺は全然楽しくない」
もちろん聞こえないふりをした。
食堂に魔道具に、あぁどれだけ時間があっても足りない。ワクワクするわ。この世界って最高ね。
私の頭の中はすでに王子のことや自分が悪役であることは記憶の彼方に忘れ去られていた
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