王子がやって来るらしい
翌朝。
私はいつもより少しだけ機嫌が良かった。
理由は簡単である。
昨日。
食堂で働く許可を勝ち取ったからだ。
もちろん条件付きではある。
変装必須。
勉強優先。
フォレスト同行。
王家の影まで付くらしい。
少し大袈裟な気もするけれど、許可は許可だ。
勝利である。
「楽しみね」
朝食後、私は上機嫌で紅茶を飲んだ。
今日は食堂へ行く予定はない。
まずはお店で出す料理を考えなければならないからだ。
前世で食べていた料理はいくらでも思い浮かぶ。
問題は再現できるかどうかだ。
一応お城の調理場にお邪魔して調味料をみたところ
大抵の料理は作れそうだった。
「エレ」
向かいに座るフォレストが呆れた顔をした。
「また何か企んでるな」
「失礼ね」
私は胸を張る。
「考えているだけよ」
「お前の場合それが一番危ない」
失礼である。
⸻
「エレノーラ」
夕食後のティータイム。
お父様が私を呼んだ。
その瞬間、嫌な予感がした。
最近学んだのだ。
お父様がこういう呼び方をする時は、大抵ろくなことがない。
「何でしょう」
私は警戒しながら紅茶を口に運ぶ。
向かいにはお母様。
隣にはお兄様。
少し離れた場所にはフォレスト。
今日も何故か呼ばれているらしい。
本来なら剣の訓練の時間だ。
「ご愁傷様」
私が小声で言うと、
「原因がお前だからな」
と返された。
「三週間後」
お父様が口を開く。
「カナルド帝国第一王子、アルベール殿下が来訪する」
私は瞬きをした。
ああ。
婚約者だ。
そういえばいた。
「そうなのですね」
私は頷いた。
お父様が少し首を傾げる。
反応が薄かったらしい。
だってまだ会ったことがないのだ。
知らない人である。
なんなら今この時まで存在を忘れていた。
「そして」
お父様は続けた。
「約一ヶ月滞在する予定だ」
私は固まった。
「えっ長くないかしら?王子って暇なのね。」
思わず口から出た。
部屋が静まり返る。
お母様が目を瞬いた。
お兄様が紅茶を吹きそうになった。
フォレストは顔を伏せている。
肩が震えているので笑っているのだろう。
「長いか?」
お父様が聞いた。
「長いです」
即答だった。
「一ヶ月ですよ?」
「そうだな」
「そんなに話すことあります?」
「婚約者だからな。まぁ我が国の視察も兼ねているのだろう。」
私は少し考えた。
そして真顔で言った。
「私はそんなに暇ではないのですが」
「暇じゃないのか」
「暇じゃないです」
私は胸を張った。
「週四で魔法塔」
指を一本立てる。
「週三で食堂」
二本目。
「勉強もあるわ」
三本目。
「忙しいじゃない」
「忙しいな」
お兄様が額を押さえる。
「王女の予定ではないな」
「そうかしら」
「そうだ」
全員一致だった。
「エレノーラ」
お父様が真面目な顔になる。
「アルベール殿下は大切な客人だ」
「分かっています」
「時間は作りなさい」
私は少し考えた。
そして頷く。
「努力します。ちなみに夕食だけ共にするとかでもよろしいのでしょうか?」
お父様は何とも言えない顔をした。
おそらく、努力ではなく確約が欲しかったのだろう。
しかも夕食だけではダメらしい。
だか私にも予定がある。
魔法塔も大事だ。
食堂も大事だ。
婚約者は……まあ、うん。どうにかなるだろう。
視察でもなんでも好きにしたらいいと思うわ。
⸻
翌日。
私は食堂へ来ていた。
「お嬢ちゃん本当にまた来たんだね?」
おばあさんが少し心配そうにでも嬉しそうに言った。
私は胸を張った。
「ええ、もちろん約束は守るわ。今日はオムライスを作りましょう!」
沈黙。
「おむ……?」
「らいす?」
知らないらしい。
不思議な話だ。
ケチャップもある。
卵もある。
米だってある。
なのにオムライスだけ存在しない。
きっと誰も思いつかなかったのだろう。
「任せなさい」
私は腕まくりをした。
前世で何度も見た。
作り方は知っている。
完璧だ。
⸻
三十分後。
私は現実を知った。
「失敗したわ」
「そうだな」
フォレストが頷く。
卵が焦げた。
⸻
さらに二十分後。
「また失敗したわ」
「そうだな」
今度は破れた。
⸻
さらに三十分後。
「どうしてかしら」
私は卵を見つめる。
知識はある。
作り方も知っている。
なのにうまくいかない。
「なんで知ってるのに作れないんだ?」
フォレストが聞いた。
「知識と技術は別物よ」
私は真顔で答えた。
フォレストも真顔で頷いた。
納得したらしい。
⸻
そして、
四回目。
ついに。ついに。
「できた!」
私は歓声を上げた。
ふわりと焼き上がった卵。
その下にはケチャップで炒めたご飯。
完璧である。
たぶん。
⸻
「食べてみて」
私はおばあさんと息子さんへ皿を差し出した。
二人は顔を見合わせる。
そして一口。
沈黙。
もう一口。
さらにもう一口。
私は緊張した。
もし美味しくなかったらどうしよう。
そんな不安が頭をよぎる。
やがて。
「うまい」
息子さんが呟いた。
私はぱっと顔を上げた。
「本当!?」
「本当だ」
今度はおばあさんも頷く。
「初めて食べる味だねぇ」
「美味しい?」
「美味しいよ」
その言葉に胸が温かくなった。
なんだかとても嬉しかった。
⸻
「これなら売れるかもしれないな」
息子さんが言う。
私は満足げに頷いた。
「でしょう?」
「自信満々だな」
フォレストが呆れる。
「成功したもの」
「四回目でな」
細かいことは気にしない。
成功は成功だ。
⸻
帰り道。
夕焼けに染まる城下町を歩きながら私は満足していた。
新しい料理は成功した。
食堂の雰囲気も少し元気になった。
良い一日だった。
「そういえば」
私はふと思い出す。
「三週間後に王子が来るのよね」
「ああ」
フォレストが頷く。
「一ヶ月もいるらしいわ」
「そうだな」
私は少し考える。そして結論を出した。
「やっぱり長いわ」
フォレストが呆れ顔だ
「まだ言うのか」
「だって長いもの」
私は空を見上げる。
「魔法塔と食堂の時間は減らしたくないわね」
「そっちが優先か」
当然である。
私は大きく頷いた。
「ちなみにアルベール殿下とやらは今何歳かしら?」
「俺の一個下だったから九歳だ。」
「子供じゃない」
「お前も八歳だろ」
「それとこれとは別よ。」
そんな私を見て、フォレストは深いため息を吐くのだった。
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