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喫茶店を出て美月とのウィンドウショッピングを再開した後も、結衣の頭の中は竜崎の事でいっぱいだった。
「雅人の部活してるところ見たことある? 今度一緒に行きましょう!」
「そういえば最近、朝雅人と二人で教室にいること多いけど、何話してるの?」
竜崎の事を考えるのをやめようとするたびに、美月から竜崎の話を振られて思考を戻されてしまうからだ。
「(なんで竜崎くんの話ばっかりするの……!?)」
自分でも顔が赤くなっているのが分かる。
「(これじゃあ、竜崎くんのことが好きだって美月にバレちゃう……!)」
そう思いながら必死に頬の熱を冷まそうとするが、全く引いてくれない。
ちらり、と美月の顔を浮かぶと、彼女の唇が綺麗に弧を描いた。
「ふふっ、楽しいっ!」
そう言って、少し意地悪な笑顔を向けた美月。
きっと、もうバレてしまっている。
「~~~っ、美月……っ」
「大丈夫よ、結衣。雅人には内緒にしてあげるから」
美月は私の言いたいことが分かったようで、クスクスと楽しそうに笑いながら頭を撫でてくれた。
竜崎のことが好きだと分かっても、その気持ちを優しく受け止めてくれる美月の優しさに救われた。
しかし、女子というものは恋バナが好きである。
「ねぇ、結衣はいつから雅人のことが好きなの?」
「えっ」
いきなり話題を振られ、手に取って眺めていた洋服を思わず落としそうになった。
それにまた楽しそうに笑うと、美月が顔を覗き込んできた。
「結衣は中等部から学園に入ってきたよね? いつ好きになったか凄く気になるっ!」
そう言って綺麗に微笑んだ美月に結衣はまた顔を赤く染めると、そっと昔を思い出した。
* * * *
最初に竜崎くんを見かけたのは、中等部に入学したその日だった。
正門から入ってすぐ、彼と目が合った。
その時は、少し釣り目で、怖い雰囲気の男子だなって思った。
「(不良……かな。)」
ジッとこちらを睨むように見ている彼。
初日に喧嘩を売られるのだけは避けなければと思い、すぐに彼から目を逸らして早足で歩いて彼の近くを通り過ぎた。
在校生が多い中、靴箱の前に張り出された一覧から自分の名前をなんとか見つけて、今度は自分の靴箱を探す。
「(多すぎる……っ! しかも校舎広すぎるよ……)」
靴箱の前で校舎内の地図を見た筈なのに、なぜか教室までたどり着かない。
迷路のようだと思った。
途方に暮れていると、後ろから声を掛けられた。
「……中等部、そっちじゃねぇよ。」
「!」
驚いて振り返ると、さっきの怖い男子――竜崎くんが立っていた。
戸惑いながら竜崎くんの顔を見ていると、彼の名札の横に付けられていた学園のバッチが目に入った。
自分と同じ、中等部のマーク。
「あ……」
竜崎くんは静かに私を見た後、踵を返して歩き出した。
そして、歩きながら少しだけ顔をこちらに向ける。
「(ついて来いってこと……?)」
戸惑いながらも、竜崎くんと少し距離を置いたまま、彼の後ろを付いて行った。
渡り廊下を渡って、階段を上がった先にようやく中等部一年の組札の下がった教室を見つけた。
「着いた……」
ほっと胸を撫でおろした。
そして、きっとここまで連れてきてくれたであろう竜崎くんを見た。
しかし、彼はもう別の教室へと入っていくところだった。
慌てて声を掛ける。
「あ、あの……!」
視線が向けられた。
睨むような視線。
それに怯みそうになりながらも、私は自分の胸の前で両手を握り締めながら言った。
「……連れてきてくれて、ありがとうございました」
賑やかな廊下に、私のか細い声。
竜崎くんに届いていないかもしれない、そう思いながら彼を見ていると、彼の目がそっと逸らされた。
「あぁ。」
たった一言。
それだけ言って彼は教室へと入った。
それが、最初の出会い。
その時は、特に好きだとか、そういった感情はなかった。
ただ、"少し怖いけど、困っている時に助けてくれた優しい男子"という認識だった。
それから、数か月経ったある日。
私は昼休みや放課後、テスト期間中によく図書室に入り浸っていた。
自分が図書委員になった、ということもあったが、学園に編入したから、小等部からの仲良しのグループがクラスで既に出来上がっていて居心地が悪かったから図書室に逃げていた、ということが一番の理由だった。
「暇なので、良かったら一緒に図書整理してもいいですか?」
「本当!? 助かるー!」
図書委員の先輩に声をかけて、カウンター横に積み上げられた返却本を抱える。
これがもう、私の日課になっていた。
「ごめん! ちょっとトイレ行きたいからカウンター任せてもいい?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ありがとうっ」
私でも役に立てる、そう感じることができた。
カウンターに座って、いつものように本を読んでいると、視界の端に誰かが座っているのが見えた。
そっとそちらを見ると、気付かない間に竜崎くんが座って勉強をしていた。
問題集の本を開き、その解答をノートに書いている。
静かな図書室にシャーペンの芯とノートが擦れる音が小さく響いていた。
ひらり、とプリントが彼の机から落ちた。
それはエアコンの風に吹かれて床を滑っていく。
それに気づいていない竜崎くん。
「……」
私はそっと立ち上がってカウンターを出ると、そのプリントを拾った。
そして、彼に気付かれないように気を付けながら歩み寄り、そっと机の端に置く。
しかし、彼がタイミングよく顔を上げてしまったため、ばっちり目が合ってしまった。
「!」
「あ……」
これは想定していなかった。
驚いた表情でこちらを見ている竜崎くん。
私は慌てて拾ったプリントを差し出した。
「これ、落ちてたよ」
「……あぁ」
納得、というように小さく頷かれホッと胸を撫でおろす。
そして、その安堵から私は竜崎くんにプリントを手渡しながら言った。
「字、すごく綺麗だね」
思わず、そう言ってしまった。
竜崎くんの目が見開かれ、プリントを持ったままこちらを見ている。
余計なことを言ってしまった! そう思っても時すでに遅く。
しかし、そんな私の耳に、小さく息を吐いたような音と声が聞こえた。
「……さんきゅ。」
竜崎くんは、笑っていた。
さっき聞こえた息は、溜息ではなく彼が笑った時の息だったのだと気付いた。
胸が大きく跳ねたような気がした。
きっと、これが恋に落ちる瞬間なのだ。
そう冷静に考える自分が少しおかしく感じたことを、今でも覚えている。
* * * *
「たぶん、好きになったのはその時だと思う……」
結衣はそう言って、赤くなった頬を覚ますために自身の両手を頬に押し当てた。
まさかこんな話を美月にする日が来るとは思わなかった。
「へぇ~、結構前から雅人の事が好きだったんだぁ~」
「……です。」
終始顔を真っ赤にさせていた結衣に、美月はニコニコを通り越してニヤニヤしている。
こんな彼女の顔を見るのは初めてで、結衣は嬉しいやら恥ずかしいやらで自分の顔の前で両手を振った。
「も、もうこの話はおしまいっ」
「はぁーい」
クスクスと楽しそうに笑った美月に、結衣も釣られて微笑んだ。
気持ちを落ち着かせようとウィンドウショッピングを再開した結衣。
その後姿を眺めながら、美月は口角が自然と上がってしまうのを必死に抑えていた。
「(あの他人に興味がない雅人が初対面の子に世話焼いてるとこなんて一回も見たことないわよ。しかも図書室で勉強、だなんて……ふふっ)」
初めて知る幼馴染の片思いする姿に、美月は堪えきれなかった笑みを両手で隠した。




