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机に頭を叩きつけるように突っ伏した美月に、結衣はオロオロしながら美月の顔を覗き込んだ。
「だ、大丈夫!?」
「えぇ……大丈夫だけど大丈夫じゃないわ……」
美月は机に突っ伏したまま呟いた。
何故、気付かなかったんだろう。
私と雅人が付き合っていると結衣に勘違いさせていることに。
「(少し考えればわかることだったのに……!)」
自分の鈍さに申し訳なくなった。
しかし、過去の自分を責めてもどうしようもない。
前向きに考えるならば、この誤解さえ解いてしまえば二人は……。
美月は勢いよく顔を上げると、心配しながらも不安そうにこちらを見ている結衣の両手を握り締めた。
「結衣。念のため確認させて。……雅人と私が付き合ってるって、思ってるよね?」
「! う、うん……」
視線を泳がせながら こくりと頷いた結衣の手をさらに強く握りしめると、美月は身を乗り出して言った。
「付き合ってません!!」
美月の声が店内に響いた。
何事かとカウンターの奥からヒョコ、と顔を出した蒼真にも聞こえるように、美月はさらに声を張り上げた。
「私と雅人が付き合ってるなんて絶っっ対にあり得ないからっ!! 今すぐその考えをこの世から抹消して!!」
「えっ!」
「抹消してっ!!」
美月の物凄い気迫に、結衣は首を縦にブンブンと振った。
その様子を眺めていた蒼真は、クスッと小さく笑った。
「(そういうことだったんだね。)」
すぐにポケットからスマホを取り出して榛名にメッセージを送る。
そして、スマホを掲げて美月に合図すると、美月は小さく頷いて結衣に視線を戻した。
「結衣、あのね……私と雅人は幼馴染だけど、お互いに恋愛感情は皆無なの。身内……従兄弟みたいな感覚って言った方がいいかもしれないわね。確かに幼馴染から恋愛に発展する人はいるかもしれないけど、私たちの場合はまずあり得ないわ。」
「そうなの?」
「ええ! だからね、雅人が結衣に言った言葉は、そのまま受け取っていいものだってこともわかるわ」
美月はそう言って微笑んだ。
美月の言葉に戸惑ったように視線を泳がせる結衣に思わずクスッと笑って彼女の頭をそっと撫でた。
美月に優しく頭を撫でられて少しずつ結衣の思考が整理されていく。
「(竜崎くんと美月、本当に付き合ってなかったんだ……)」
美月の友人やファンクラブの子たちに言っていた言葉は建前ではなく本当のことだった。
それに安堵してしまう自分が恥ずかしくなってきて美月から視線を逸らすと、美月が楽しそうに微笑んで目の前にあるケーキを食べ始めた。
それに合わせて、結衣もケーキの存在を思い出し、自身の口へと運ぶ。
程よい甘さに、自然と心が満たされていくその間も、美月の言葉が頭の中で何度も反復された。
「(竜崎くんの言葉をそのまま受け取っていいって、どういうことなのかな……)」
竜崎くんに言われたことって……。
頭に過ぎるのは、昨日家まで送り届けてくれたあの時の言葉。
『俺は迷惑だなんて思っていない。
それに俺は、お前の事好きじゃねぇなんて、言った覚えはねぇよ。
……お前は、俺の彼女だって言われんのは迷惑か?』
「……っ」
竜崎くんの真剣な表情を思い出して、顔が勝手に赤く染まっていく。
昨日触れられた手が熱を帯び始めた。
「(そ、そのまま受け取るって……どうすればいいの!?)」
そのまま受け取ってしまったら、
なんだか、私のことを好きだと思ってくれているような……
「(ないないないないっ!!!)」
願望にも似た都合の良い解釈をしてしまい、その思考を振り解くように慌てて頭を横に振った。
「(仮に好きだと思ってくれてたとしても、私の好きとは絶対違うはず! だって私の事好きになる要素全くないし……!)」
偶然一緒のクラスになって、
偶然朝一緒の電車に乗っていて、
偶然朝一緒に教室で……。
あれ……?
そういえば最近、竜崎くん朝練に行ってないような……。
なら、なんで一緒の電車に乗ってるんだろう。
朝練がないなら、もっと遅い電車でもいい筈なのに。
「ふふっ」
ケーキを食べる手が止まっている結衣の様子を静かに眺めながら、美月は満足そうに微笑んだ。
「(……あとは雅人が男を見せるだけね。)」
濁した言い方ではなく、
「こうかもしれない」なんて逃げ道を作らせないくらいストレートに。
「(今頃あっちも盛り上がっている頃かしら?)」
美月はそう心の中で呟きながら、目の前で幼馴染のことを考えている結衣を眺めた。
* * * *
少しだけ時を遡り……。
「告ってねぇのかよっ!!!」
榛名はテーブルに両拳を叩きつけた。
美月と結衣がショッピングを楽しんでいる頃、部活帰りの竜崎を捕まえてファミレスに連行した榛名は、向かいに座る竜崎に昨夜の話を聞いて美月と同じように肩をワナワナと震わせた。
それに対し、気まずそうに顔を逸らしている竜崎。
「……初めて二人で帰っていきなり告白って、軽すぎると思って……」
ぽつりと呟いた竜崎に顔を引き攣らせる。
「帰ったのが初めてなだけで毎日一緒に登校してんだろ!? なんでそれがノーカンなんだよ!?」
「あまり会話もしてねぇのに並んで歩いてるだけで一緒に登校したことになんのか……?」
「お前この数か月マジで何やってたんだよっ!」
榛名は勢いよく立ち上がると、店内にいた客の視線が集まるのもお構いなしに、竜崎の頭を思い切り鷲掴みしてギリギリと締め上げた。
「ったく、そのタイミングで告白もできねぇなら、いつまで経っても付き合えないぞ。」
呆れたように溜息をつきながら椅子に座りなおした榛名に、竜崎は何も言い返すこともできずにコーヒーを口へ運んだ。
そんな竜崎を睨みつけるように見据える。
「……ついでに聞くが、"あとで連絡する"って言っておいて連絡してない、なんてことはないよな?」
「…………。」
「ですよねー!! 流石期待を裏切らない竜崎くんっ!!」
パチパチと拍手した榛名に、竜崎が不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「だって、何送ればいいかわかんねぇし。」
「なんでもいいんだよ! 中身のない文章でも送る事に意味があるんだって! それだけでも好感度は上がるもんだぞ。結衣が控えめな奴って分かってんだから、こっちまで奥手になってたら意味ねぇじゃん。」
「だが、清水が俺のことをどう思ってるのかもわからねぇのに……俺が積極的に動いて怖がらせてしまうかもしれねぇだろ。」
竜崎の言葉に、榛名は目を見開いた。
それを見ながら竜崎は言葉を続ける。
「俺は、お前や蒼真のように優しく話せねぇし、気遣いだってできねぇ。いつも清水が俺から顔を逸らしてんの知ってるだろ?」
「……」
「噂も訂正したがってたし……清水が優しいから、俺に合わせてくれているだけだ。」
そう言って顔を俯かせた竜崎に、榛名はそっと口を閉じた。
竜崎は竜崎なりに彼女を想って悩んでいたのだろう。
自分の欠点しか見えていない竜崎。
榛名は溜息をついた。
「まぁ、確かにお前は短気で毒舌で喧嘩っ早いから周りからよく怖がられてるな。」
「おい。」
「でも本当に結衣がお前に合わせてくれているだけなのか。それを知るためにも少しずつでいいから昨日みたいにアクションを起こすべきなんじゃなねぇの?
少なくともファンクラブができるくらいお前はモテてるんだから、そんな自分を卑下するなって。」
そう言って笑った榛名に、竜崎は目を見開いた後小さく笑った。
ピロン、
榛名のスマホがメッセージの受信を知らせた。
蒼真からのメッセージ。
すぐに開いて内容を確認すると、榛名の口角が上がった。
「(そういうことだったかぁ。ならもう大丈夫じゃん。)」
榛名は顔を上げて竜崎を見た。
きっと結衣のことを考えているだろう。
誤解が解けた後なら、結衣も竜崎に感情を隠せなくなる。
どうやってアクションを起こそうか思案している竜崎を見て、これからの展開を予想し、榛名は楽しそうに笑った。




