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結局おば様先輩からも根掘り葉掘り聞かれて、結衣は商品の前出しをしながら小さく溜息をついた。
「(女性はやっぱりこういう話が好きなんだなぁ……)」
今更ながら痛感する。
きっと明日、朝からおば様先輩とママ先輩と一緒にシフトに入っている大学生の姉御先輩と共にこの話題をすることだろう。
結衣はまた溜息をついた。
――夕方のラッシュも過ぎて外が暗くなってきた頃。
店内にいた最後の一人のレジ打ちを終えてお客が自動会計機にお金を投入しているのを眺めていると、視界の端に見覚えのある鮮やかな髪色が見えた。
「(!榛名くん……!?)」
驚いてそちらを見ると、榛名は結衣と目が合ったことに気付いてコンビニの外からぶんぶんとこちらに両手を振りはじめた。
店内の明かりで照らされた、学校の時と同じ榛名の元気な姿に、結衣はクスッと笑って小さく手を振りかえした。
「ありがとうございました」
会計を終えたお客が店内を出ていくと同時に、榛名が店内に入ってきた。
「おつかれーっす!」
よっ! と手を上げながらレジに向かって歩いて来た榛名に、結衣はまた手を振りながら微笑んだ。
「ふふっ、お疲れ様です。榛名くん、今帰り?」
「あぁ、俺も短めのバイトしてきた帰り!」
榛名はそう言ってニッと笑うと、店の出入り口を振り返った。
「もうすぐアイツも来る頃だと思うけど……」
「アイツ……?」
結衣が小首を傾げて聞き返すと、それに榛名が答える前にまた声を上げた。
「お、来た来た!」
榛名の言葉と同時に店の自動ドアが開く。
「あ、いらっしゃいませ〜……えぇ!?」
店に入ってきた人物に結衣は声を上げた。
「りゅ、竜崎くん……!?」
結衣が驚いて名前を呼ぶと、竜崎は結衣の姿を見つけて軽く手を上げた。
「おつかれ。」
「お疲れ様……」
結衣は竜崎が店に来たことに驚きながら、竜崎に挨拶を返した。
竜崎はこのコンビニのある駅よりも手前の駅を利用している。
部活が終わって日も暮れたこの時間に、いつも降りている駅を通り過ぎてここまで来るとは予想していなかった。
「びっくりしたか?」
榛名は驚いている結衣を見て、イタズラが成功したように楽しそうに笑った。
そんな彼に結衣は釣られてまたクスクスと笑った。
「ふふっ……うん、びっくりした! 榛名くんが来たことにもびっくりしたけど、まさか竜崎くんまで来るとは思わなかったよ」
「「!」」
榛名と竜崎を見て少し照れくさそうに頬を染めて笑った結衣に、二人は目を見開いた。
学校で見る時の雰囲気とまた違う彼女の姿に内心驚く。
仕事モードなのか、少しフランクでありながらも仕事着に身を包んで凛と立っている。
それに、心なしかいつもよりハキハキと話しているようにも感じる。
「(学校の時とこうも違うもんなんか……)」
新たな彼女の一面を見て、榛名と竜崎はカウンターの中に立つ結衣の姿をマジマジと眺めた。
「何?お友達?」
ぴょこ、と横から顔を出したおば様先輩がカウンター越しに二人を見た。
「わっ! 二人とも凄くイケメンね、モデルさんみたい!」
「あざーす。俺たち結衣の友達っす。」
榛名は持ち前の人懐っこい笑みをおば様先輩に向けた。
息子ほどの年齢の子供にときめいたりはしないが、おば様先輩の目から見ても二人はイケメンだと感じた。
そして、結衣と同じ制服を来ている二人に、あっ! と小さく声を上げる。
今日結衣から聞いた話の中で出てきた"美男美女で学園内でも人気な四人組"のことを思い出した。
おば様先輩は目の前の二人がその四人組のメンバーなのだと分かった。
これはファンクラブができるというのも頷ける。
「バイトは何時に終わるんだ?」
竜崎が結衣に尋ねると、結衣は店内の時計を見上げながら言った。
「あと三十分くらいで終わるよ」
「なら腹減ったし、俺達なんか買って食べてるから、後で少し話そうぜ?」
「うん!」
榛名の言葉に結衣は嬉しそうに頷くと、商品棚の方へ歩き出した榛名と竜崎に手を振った。
それに二人は軽く手を振りかえす。
「(なんかいつもより可愛いな……)」
「(知り合いが来て喜んでる感じが小動物っぽいな!)」
竜崎と榛名は心の中で呟きながら、初めて見る結衣の可愛い一面に小さく笑った。
榛名と竜崎が商品棚の奥へと歩いて行ったタイミングで、おば様先輩はそっと結衣に顔を近づけて耳打ちした。
「……ねぇ、あの二人のどちらかが例の子かしら?」
「えっ!」
おば様先輩の言葉に、結衣は顔を赤くした。
夕方のラッシュと、榛名と竜崎の突然の訪問で忘れていた昼間の出来事を思い出して、途端に羞恥心が込み上げてくる。
「あ、いや、その……」
「そうなのね」
わかりやすい結衣の反応に、おば様先輩はクスクスと笑った。
へぇ〜、とカウンター越しに二人を観察し始めたおば様先輩に、結衣は慌てて小声で言った。
「二人に何も言わないでくださいよ……っ」
「分かってるわよ。こういうのは見てるだけの方が楽しいもの。」
そう言って笑ったおば様先輩に、結衣は顔を赤くしたまま苦笑した。
カウンターの中で話している姿を、榛名と竜崎は商品棚越しに眺めながら、店員と打ち解けている様子の彼女に、安心する気持ちと同時に少し嫉妬する気持ちが湧いてきた。
「……俺たちもあれくらい打ち解けられたらいいな。」
「そうだな……」
まだまだ自分たちは距離を置かれていたのだと痛感して少し悔しくなった。
「レジは結衣ちゃんに打ってもらいたいでしょ?」
商品を持ってレジカウンターに戻ってくると、おば様先輩が二人に尋ねた。
それに元気に返事をする榛名。
「お願いしま~す!」
「なら私が袋詰めするわね」
「はい」
おば様先輩の言葉に頷くと、結衣は慣れたように商品のバーコードを読み取り始めた。
静かな店内に結衣がバーコードを読み込むピッ、という機械音だけが響く。
じー、と二人から見られて結衣は恥ずかしそうに笑った。
「なんかそんなに見られたら間違えちゃいそう」
「だって働いてる結衣見るの新鮮なんだからしょうがないだろ?」
ハハッと笑った榛名に、結衣も釣られて笑った。
隣で袋詰めしていくおば様先輩も小さく笑う。
会計が終わると榛名は、「外で待ってるぞ~」と元気に手を振りながら竜崎と共に店を出た。
それに軽く手を振り返すと、ホッと息を吐いた。
知ってる人に会計をするのは少し緊張した。
それに頭の隅に昼間の出来事がずっと残っていて終始ドキドキしていた。
結局竜崎に返信していなかった事を思い出し、後で彼に謝罪しようと結衣は頷いた。
* * * *
結衣の交代でシフトに入る夜勤専属の男子大学生が出勤してきた事を確認して、レジチェックを始めようとレジをタッチすると、おば様先輩がそっと結衣の手を止めた。
「結衣ちゃん、今日は私が上がる時に夜勤の子とチェックするからいいわよ。ママちゃんがレジチェックしてから時間近いしね」
「ありがとうございます」
結衣はせめてものお礼として、イートスペースの拭き上げなどを手早く済ませた。
退勤時間になってすぐ、おば様先輩に急かされバックヤードに入ると、すぐに着替えて店内に戻った。
「お先します、お疲れ様です!」
「はーい、お疲れ様」
「おつかれーす」
おば様先輩と男子大学生に挨拶をして店を出ると、店外の角で屈んでパンを食べていた竜崎と榛名が顔を上げた。
「お! バイトお疲れ!」
「ありがとう」
結衣が二人に微笑むと、二人も微笑み返してくれた。
竜崎は先程店内で購入した袋からペットボトル炭酸飲料を取り出すと、それを結衣に差し出した。
「餞別」
「ふふ、ありがとう」
結衣はお礼を言ってそれを受け取ると、二人の屈む横に立って目の前の道路を眺めた。
夜の街並みに時間の経過を感じて、勤務中無意識に入っていた力を抜くように、ゆっくりと深呼吸をした。
「「……!」」
肩の力を抜いた結衣の様子は、学校でいつも見ている彼女だった。
そこでやっと二人は、学校で見ていた結衣の姿も彼女の素であったことに気付く。
和らいだ表情の結衣が、竜崎と榛名の視線を受けて少し恥ずかしそうに頬を赤らめて控えめに微笑んだ。
……いつもの彼女の姿になぜかホッとした。




