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「お疲れ様です」
「は〜いお疲れ様で〜す」
バイト先のコンビニに着いて着替えを終えた後、いつものようにママ先輩に挨拶をする。
今日はいつもより一時間早い出勤のため、ママ先輩とは一時間一緒に仕事をする。
基本的にこの時間はお客が少ない。
ママ先輩はこの時間を利用してホットフードの補充をしたり廃棄の確認をしたりしている。
それに合わせて結衣も静かな店内でせっせと仕事を始めるが、頭の中は竜崎から送られてきたメッセージになんて返すべきかずっと考え続けていた。
「……?」
ママ先輩は、ゴミ捨て、掃き掃除、モップがけ、ガラス棚拭きと一心不乱に掃除をしている結衣に首を傾げた。
もう30分も黙々と掃除をしている。
眉間に皺が寄っているようにも見えて、いつもと様子が違うのは明らかだった。
ママ先輩はフロアの掃除を終えて戻ってきた結衣の顔をそっと覗き込んだ。
「ね、学校でなんかあった?」
そっと問いかけた。
自分にも子供がいる。
結衣くらいの年齢の子供はいないが、もし彼女がイジメや学校生活で悩んでいることがあるのなら力になってあげたい……、そういった親心だった。
すると、自分の問いかけに対し結衣の顔がみるみる赤く染まり始めた。
「……あ、いや……なんでもないですよっ」
結衣はそう言ってパッと顔を逸らすと、パタパタとトイレに駆け込んでいった。
今からトイレ掃除をするのだろう。
パタン、と閉められたトイレの扉を呆然と見つめる。
「(おや? )」
これは思ってた反応と違うぞ?
顔を赤くして恥ずかしそうに走っていった結衣。
その行動が示していることは一つ。
「(おやおやおやおやぁ〜? )」
ママ先輩はニヤリと笑みを浮かべた。
* * * *
結衣はトイレ掃除をしながら小さく溜息をついた。
ママ先輩が気付くくらいまで自分は考え込んでいたのかと思うと途端に恥ずかしくなった。
ママ先輩に問いかけられて、すぐにトイレに逃げてきたがバレていないだろうかと内心ドキドキする。
きっとこの手の話は彼女の大好物。
根掘り葉掘り聞かれるに決まっている。
次は何を聞かれてもポーカーフェイスを装わなければ。
そう心に誓いながらトイレ掃除を終えると、手を洗ってそっと店内に戻った。
「!」
「お待ちしてましたよ、結衣ちゃん」
そう言ってレジカウンターの中でニッコリと笑った彼女に、もう遅かったかと結衣は全てを察した。
「へぇ〜、そんなことがねぇ〜」
ママ先輩は腕組みをしながら呟いた。
結衣の話は約二週間前に行われた席替えから始まり、
学園内で人気な四人組と席が近くになったことがきっかけで仲良くなったこと、
ファンクラブの子達との騒動や今回の男子生徒達からナンパされたこと、
そして人気四人組の一人がナンパから助けてくれたことにより、その人と付き合っているという噂が流れてしまっている、ということを簡潔に話していった。
「で? その男の子にメッセージ送ったんでしょ?」
「はい……」
「その返信がこれかぁ……」
ママ先輩は、結衣から受け取ったスマホに表示されたメッセージを見た。
……これは、悩むまでもない。
「(絶対黒じゃん……っ!!!)」
ママ先輩は心の中で叫んだ。
「(いやいや、まず好きでもない子を助けんでしょっ! しかも噂をそのままにしとけって……外堀から埋めようとしてるだけじゃんっ!!てかこれ純愛すぎてキュンキュンする……っ! どんだけピュアな青春送ってんだよっ!!)」
ママ先輩は内心盛大に悶えながらも、表面では優しく微笑みながら結衣にスマホを返した。
そして結衣の気持ちに寄り添うべく、また腕を組みながら首を傾げた。
「うーん、その子がいいっていうなら甘えちゃえばいいんじゃないかな? その噂が流れたままの方が、結衣ちゃんにとっても安全だし。」
その青年にとっても、きっと良いだろう。願ったり叶ったりなはずだ。
しかし、結衣は浮かない顔をして俯いた。
「でも、その人……私の友達と付き合ってるかもしれないんです。」
「……はぁ!?」
ママ先輩は驚いたように結衣を見た。
ここまで匂わせるようなことをしておいて他に女がいるとは聞き捨てならない。
相当な遊び人なのか?、と内心驚愕していると、結衣が続きを話し始めた。
「私の友達も人気四人組の一人なんです。周りから"付き合ってるのか"って聞かれて"違う"って答えてるところは何度も見たんですが、それが本当かわからないじゃないですか? 私の友達、ファンの子達から嫌がらせ受けてたみたいだし、表向きだけ否定してる可能性もあるなって……」
あと二人は美男美女ですごくお似合いだし……。
そう呟いた結衣に、ママ先輩は軽くずっこけそうになった。
「(なんだよっ! 付き合ってないんかいっ!)」
ママ先輩は額に手を当てて小さく溜息をついた。
大方結衣の友達が否定しているのは事実だ。
もし付き合っていたとするならば、友達である結衣に真っ先に伝えているはずだ。
それに今回の噂に対して何も反応していないのが何よりの証拠。
「お疲れ様でーす」
突然店内に響いたおば様先輩の声に、二人は驚いて顔を上げた。
「え! お疲れ様です! ……うおっ! もうこんな時間っ! 急いでレジチェックしないと!」
「私も手伝いますっ! すみません話し込んじゃって!」
バタバタとレジチェックを始めた二人に、おば様先輩は煙草のカートンをバラしながらクスクスと楽しそうに笑った。
「時間を忘れちゃうくらい何を話してたの?」
「結衣ちゃんの恋バナですよっ!」
嬉々として答えたママ先輩に、結衣は一瞬で赤く染った顔を弾かれたように上げて彼女を見た。
「なっ、ちがっ……!」
「あれ? 違うの〜? 私的にはその男の子のことが好きみたいに聞こえたけど?」
揶揄うように笑いながら言うと、結衣は更に顔を赤くした。
「〜〜〜〜〜ッ」
何か言い返そうと口をぱくぱくと動かすが、言葉がなにも出てこない。
結局反論できずに顔を赤くしたままチェックを再開した。
「なになに、私も聞きたいな?」
「ぜひ聞いてみてくださいっ! キュンキュンしますよっ!」
「あら、素敵。」
ふふふっ、と笑ったおば様先輩の上品な笑顔を見て、これも逃げることができないんだろうな、と苦笑しながら溜息をついた。




