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美月、蒼真、榛名の三人が放課後の教室で緊急会議を開いている頃――。
結衣は前だけをひたすら見ながら駅へ向かって歩いていた。
周りの生徒達からジロジロと観察するような視線を向けられヒソヒソと話している声が聞こえてくる。
その内容は全て、お昼休みの時の竜崎くんの発言によるものだった。
「ほら、あの子よ……竜崎くんの彼女」
「え! あの子が今噂になってる子なの?」
「竜崎先輩の彼女ってマジかよ……」
「いや、先輩が言ってたんだから本当だろ」
結衣は痛いほど突き刺さる視線に顔を俯かせた。
違うのに、
違うのに……っ
そもそも竜崎くんは私の事を"俺の女"と言ったわけではない。
"誰の女に手を出してると思ってんだ"
そう濁した感じで言っただけ。
それを周りが勝手に"竜崎の女"と勘違いしたのだ。
「〜〜〜〜〜ッ」
今更羞恥心と罪悪感が襲ってきた。
男子生徒から守ってくれた竜崎くんの姿を思い出して顔を真っ赤に染め上げながら膝の上に乗せた鞄に突っ伏した。
午後の授業からは何も考えないように、なるべく竜崎くんを見ないようにして、赤くなりそうな顔と爆発してしまいそうな感情を必死で抑え込んだ。
きっと誰にもバレていないと思う。
それくらい平静を装えたという自信はある。
伊達に中等部時代をボッチで乗り切ってはいない。
威張れるところではないが、今だけ盛大に威張ってやりたい。
結衣は早く脈を打ち続ける心臓を落ち着かせるために、ゆっくりと息を吐いた。
「(きっと迷惑だろうなぁ……)」
竜崎くんにとってこの噂が広がる事はデメリットでしかないだろう。
美月と竜崎くんが付き合っていたとするなら二人の仲を裂きかねないし、そうでなくても今後竜崎くんが彼女を作る上でこの噂が弊害となりかねない。
「(それだけは何としても阻止しないと……)」
でも、どうすればいいんだろう……。
美月達四人を除いて他に親しい人なんていない。
近くの人を捕まえて、"私たちは付き合ってませんっ!"なんて言って回る勇気もない。
「(……とにかく、誰かに聞かれたら"違う"って答えるようにしよう……。竜崎くんにもそう言ってもらうように伝えなきゃ)」
そしたら、こんな噂すぐに消えてしまうはず。
胸がギュッと苦しくなったけど、これが一番正しい行動。
竜崎くんにとっても。
私にとっても。
私はそっと鞄からスマホを取り出した。
メッセージアプリを開いて竜崎くんの名前をタップする。
すると、画面に表示されるのはまだ白紙のメッセージ履歴。
初めて彼に送るメッセージがこれになるとは思わなかった。
……何て打とう。
今日はありがとう、迷惑かけてごめんね、とかかな?
トトトッ、とメッセージを打ってみる。
……これでいいだろうか。
送信を押す前に自分の入力した内容を読み返す。
不自然じゃないだろうか。
嫌な気持ちにならないだろうか。
メッセージを送る時、相手がこれを読んでどう受け取るか不安になり、何度も読み返しては消し、そしてまた入力するを繰り返す。
「(……よし!)」
きっとこれで大丈夫。
たった数行のメッセージに電車に乗っている間のすべての時間をかけて、やっとメッセージを送信した。
* * * *
ピロン。
竜崎は自分のスマホに通知が来たことに気付き、胴着を羽織る手を止めて鞄からスマホを取り出した。
「!」
画面に表示された名前に目を見開く。
「(清水からだ……)」
初めて清水から送られてきたメッセージ。
一体何が書かれているのか。
柄にも無く胸が高鳴った。
この学園では武道場内でのスマホ類の使用は禁止されている。
しかし、彼女から送られてきた内容がとても気になってしまい、このままでは部活に集中できそうにない。
「…………」
竜崎は鞄の中で隠すようにしてそっとメッセージを開いた。
パッと画面に表示されたメッセージに目を通す。
『部活お疲れ様です。
今日は助けてくれてありがとう。
でも、今日のことみんな噂してるみたいで……なんか私が竜崎くんの彼女だって話が間違って広まっちゃってるみたいなの。
迷惑かけちゃってごめんね。
聞かれたらちゃんと違うって答えるから安心してね!
部活頑張ってください』
「………」
竜崎はギュッとスマホを握りしめた。
胸が締め付けられるように苦しくなる。
俺は迷惑だなんて思っていない。
むしろ周りからそう思われたいが為にあの発言をしたのだ。
……だが、アイツにとってそれは迷惑だったのだろうか。
竜崎は男子生徒を追い返した後の清水のことを思い出す。
体を離した直後、少しだけ見えた清水の顔は真っ赤に染まっていた。
彼女のその愛おしさに抱き締めたくなる気持ちと、彼女が多くの男子生徒達から好奇の視線を向けられている苛立ちが竜崎の心を埋め尽くした。
しかしそんな自分とは反対に、彼女が自分の行動に反応を示したのはその時だけで、その後は何事も無かったように過ごしていたように思う。
もしかすると、清水は自分のことを異性として見ていないのかもしれない、という焦りが出てきた。
『誰の女に手を出してると思ってんだ』
そんな抽象的な言葉では、清水の心に届かなかったのかもしれない。
いっそのこと、"俺の女に手を出すな"とはっきり言ってしまった方が良かったのだろうか。
「…………」
竜崎は暗くなったスマホ画面をタッチして起動させると、手早くメッセージを入力した。
すぐに送信してスマホを仕舞おうとすると、またすぐに通知が来た。
「……?」
こんなに早く清水から返事が来るはずない。
竜崎はまたスマホに視線を落とした。
* * * *
結衣が電車を降りて改札口を出る時、ポケットに入れていたスマホが振動した。
「!」
頭の中に先程メッセージを送った相手のことが浮かぶが、部活動の真っ最中なのにそんなに早く返信が来るだろうかと、内心ドキドキしながらポケットからスマホを取り出す。
すると、画面に表示されている名前に結衣は小さく息を呑んだ。
「(竜崎くんからもう返事が来るなんて……)」
内容が気になるが、バイトの開始時間が近い為メッセージを開くか悩んでしまう。
既読を付けたまま放置するのはあまりいいイメージがない。
悩んだ挙句、目の前の横断歩道が赤になったタイミングでそっとメッセージを開いた。
『おつかれ。
噂の事は気にするな。
俺は迷惑だとは思っていない。
お前さえ良ければ噂をそのままにしといてくれ』
「え………」
結衣は表示されたメッセージに目を見開いた。
これは、一体どういう意味だろう……。
落ち着いていたはずの心臓がまた早く動き始めた。
茫然とメッセージを見つめている間に歩行者信号が青に変わった。
ぞろぞろと歩き始めた人達にハッと顔を上げると、ポケットにスマホを入れて横断歩道を渡り始めた。
「(えっと……え……? 噂をそのままって……え?)」
混乱する頭で必死に答えを探す。
そしてバイト先にもうすぐ着くというタイミングで一つの答えを導き出した。
「(そうか……、これから私が絡まれないようにするために噂を予防線として使えってことか)」
結衣はなんとか答えを引き出すと、ドキドキと高鳴る胸を落ち着かせるために深く息を吐いた。
……絶対勘違いなんてしては駄目だ。
竜崎くんが、噂が広がる事を望んでいるなんて……そんなこと、絶対ない。
一瞬でも期待してしまって、また胸が苦しくなった。
でも、そこまで彼に甘えてしまってもいいのだろうか?
彼は"迷惑だとは思っていない"って書いてくれてるけど、もし美月と付き合っているのならば、竜崎くんは良くても美月が良くないという可能性もある。
「どうしよう……」
結衣はポツリと呟きながら歩き続けた。
もうバイト先であるコンビニは目と鼻の先だ。




