13
その日一日の授業を全て受けホームルームも終わると、結衣はバイトがあるという事でパタパタと教室を出て行った。
竜崎も剣道の練習試合が近いという事で直ぐに武道場へと行ってしまった。
他の生徒達も続々と教室を後にしてくと、教室に残っているのは、美月、蒼真、榛名の三人だけになった。
しん、と静まり返った教室に沈黙が流れる。
「……どう思う?」
沈黙を破ったのは蒼真だった。
蒼真は美月と榛名を伺うように見て言うと、美月と榛名は腕組みをして唸った。
「どうって、ねぇ……。やっぱあんな反応されたら可能性薄いんじゃねって思うよな、普通……」
榛名は結衣の様子を思い返しながら言った。
昼休みのあの騒動後の結衣の様子を見ていても、特に竜崎を意識している様子もなく、普通に授業を受けていつも通り美月と談笑していた。
竜崎の方は、結衣に集まる好意の視線に牽制するように廊下を睨みながらも、結衣のことを見て様子を伺っていた。
きっと竜崎自身も悩んでいるに違いない。
美月は小さく唸りながら言った。
「でも、でもね……私、結衣を見てて脈なしだとは思わなかったのよね……」
「というと?」
「結衣、雅人に対してだけ少し違うの」
美月は、結衣と親しく話し始めてからの事をゆっくりと思い返しながら言った。
「蒼真くんと悠に向ける視線は普通なんだけど、雅人に向ける視線は何か違うのよね……あんまり見ないようにしてる、というか……」
うーん、と美月は唸った。
結衣が竜崎へ顔を向ける回数は蒼真、榛名、美月よりも圧倒的に少ない。
それは竜崎がほとんど会話に加わらないからもあるかもしれないが、蒼真や榛名に対しては普通に二人の目を見て話し、笑っている。
「いや、でも……清水さんのその行動は、逆を言うと竜崎に苦手意識を持っているとも取れるよ?」
蒼真の言葉に榛名も頷く。
しかし、美月はそれでも唸りながら考え続けた。
結衣の行動に何かが引っ掛かるのだ。
結衣は、竜崎を見てないわけではない。
さり気なく彼を見ていると思う。
それは親しくなっていくに連れて、段々と分かってきた部分。
竜崎に話題が振られた時にだけ彼を見て、そして直ぐに視線を逸らす。
そして竜崎が榛名や蒼真と話している時や、竜崎が何か作業をしている時に、そっと見つめているところを何度か目にした。
「なんって言ったらいいのかしら……」
あからさまに視線を送ることはしない。
控えめに……、そして竜崎と視線が合うとすぐに顔を逸らしてほんのり頬を染めている。
「片想い、してるって感じ……?」
美月は言葉に出してみて、すとん、と腑に落ちたような感じがした。
「そうよ……!片思いしてるのよ!」
美月はパチン、と手を合わせて声を上げた。
「えっ?」
「今の流れでなんでそうなるんだ?」
蒼真と榛名は訳が分からず首を傾げている。
美月は身を乗り出して言った。
「自分に脈がないって、雅人と両想いになれる可能性がないって思ってるから、雅人からあんな事言われてもあからさまに反応しないのよ!」
「「!」」
「でも、雅人に向ける視線は蒼真くんや悠に向ける視線とは違って、少し恥ずかしそうにしてる時があるの。チラッと見てすぐ逸らす事が多いし、時々赤くなってるところ何度か私見たもの! でも直ぐにいつもの表情に戻してた。雅人や私たちに、自分が片想いしてるって気付かれたくないのよ!」
美月の言葉に、蒼真と榛名はポカン、と口を開けていた。
まさかそんな事があるのだろうか。
……いや、思い返せば確かにそうかもしれない。
初めて隣同士の席になって教科書を見せてあげている時も少し恥ずかしそうに視線を逸らししていた。
竜崎に課題を教えてあげてる時も。
今日のナンパ騒動の後も。
敢えて彼女は竜崎の方を見ないようにしていたようにも感じる。
「マジかよ……」
「まさか両片想いをしていたとは思わなかったなぁ……」
ハァーー、と榛名と蒼真は溜息をついた。
控えめで大人しい性格の結衣が考えそうな事だ。
自分に可能性が無いと思って、恋心が周りにバレて気まずい思いをしたくないから、敢えて何も感じていないフリをし続ける。
教室の隅で孤独に耐えているのを隠すように、ひたすら読書をしていた彼女の姿と、今彼女が恋心を隠すために竜崎から視線を逸らし続けている姿は一致する。
「謎が解けたね……」
「そうね……」
蒼真の呟きに美月も頷くと小さく溜息をついた。
もし自分が結衣と仲良くなっていなかったら、一生彼女の気持ちに気付くことは無かっただろう。
蒼真や榛名と同様、脈がないと思って諦めていたかもしれない。
しかし、榛名は考えるように顎に手を当てて言った。
「でもさ、何でそこまで必死になって隠す必要があるんだ?」
「えっ?」
「だって、俺たちもう仲良くなってんだぞ? 知り合ってすぐならまだ分かるけどさ、今は俺たち弁当も一緒に食べて普通に毎日雑談してんじゃん。前みたいに竜崎は手の届かない存在じゃ無くなってるはずだぞ?」
榛名の言葉に、蒼真と美月は口をつぐんだ。
確かにそうだ。
自分たちで言うのもなんだが、学園内でも人気な四人全員が誰か一人と親しくするなんて今まで無かった。
だから学園内の生徒達が一斉に結衣に興味を持ったのだ。
ファンクラブの子達は結衣の境遇に嫉妬し、
男子生徒達は原石を見つけたと騒ぎ立てた。
「確かに、どうしてだろうね……」
「うーん、何か他に理由があるのかもしれないわね」
三人で首を傾げながらウンウンと唸ったが、それ以上は何も出てこなかった。
「とりあえず、清水さんが竜崎に片想いをしているという可能性が確信に変わるまで暫く様子を見ようか」
「そうね、私もさり気なくメッセージで探ってみるね」
蒼真と美月はそう言うと、椅子から立ち上がった。
教室の時計が、蒼真はバイトへ、美月は部活へ向かわなければならない時刻を指していた。
「俺の方でも色々探ってみる」
榛名もそう言うと、二人に合わせて椅子から立ち上がった。
蒼真と美月と別れて、榛名はゆっくりと駅へ向かって歩きながら先程話した内容を思い返した。
「(よくよく考えると俺、結衣のことあんまり知らねぇな。)」
きっと他の生徒よりかは結衣のことを知っているかもしれない。
しかし、もっと深いところ、考え方の癖であったり、取り繕っていない彼女本来の性格であったり。
そもそも学校外での結衣のことは、バイトをしているという事以外全くと言っていいほどわからない。
唯一結衣と連絡を取り合っている美月だけが、他の三人より知っていることが多いだろう。
「もっとお互いを知る必要があるな!」
榛名はそういうと、ニッと笑いながらポケットからスマホを取り出した。




