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――あれから数日。
ファンクラブの子達から嫌味を言われたり言い返したりしたため、もっと何か大きな騒動に発展するかと思っていたが、そんなことは一切なく、以前と同じように美月と結衣は平和な学園生活を送っていた。
一つ変わったことといえば……
「ねぇ、結衣! これどう思う?」
「うん、凄く可愛い。美月に似合うと思う」
「本当? ありがとう。私の結衣のイメージは……これかな?」
「えっ! 私、そんな可愛いの似合わないよっ」
「そんな事ない、絶対似合うわよ!」
美月と結衣がよく談笑するようになったこと。
自宅から持ってきたファッション誌を結衣の机の上に開いて、モデルの着ている服を指差しては誰が似合うか、とか、どんな服が好みか、など言い合っては笑っている。
そんな二人の様子を、蒼真と榛名は苦笑しながら、竜崎は嫉妬するように顔を引き攣らせながら眺めていた。
「なーんか、凄く仲良くなってるなぁ」
「この間まで"さん"付けで呼び合っていたとは思えないくらい仲良しだね」
「「誰かさんとは大違い。」」
蒼真と榛名が竜崎を見ると、竜崎は舌打ちをしながらそっぽを向いた。
着実に結衣と親密度を上げていっている美月に反して、数日前から全く進展していない竜崎。
ジトー、と二人から視線を向けられて、竜崎は汗を流しながら気まずそうに顔を逸らし続けた。
「……あっ!今日図書室当番なの忘れてたっ」
突然ハッとして結衣は声を上げた。
慌てたように椅子から立ち上がる結衣に美月はクスクスと笑うと、彼女の背中を優しく押した。
「今からでもきっと大丈夫よ、行ってきて」
「うん!ごめんね、行ってくる」
結衣はそう言って微笑むと、パタパタと走って教室を出て行った。
それを自分たちの席から見送った後、榛名が珍しいものを見たかのようにポツリと呟いた。
「結衣が何か忘れるって珍しいなぁ」
「そんな事ないわよ?意外に忘れっぽくて少し天然で凄く可愛いわよ」
美月はそう言ってクスクスと笑った。
彼女の言葉に蒼真と榛名は首を傾げる。
教室で結衣を見ている限りでは彼女のそんな状況を見たことがなく、今回が初めて。
それが伝わったのか美月は机の上に置いていたスマホを持ち上げて蒼真達に見せた。
「連絡先交換したから、メッセージ送ったりビデオ通話したりしてるの」
「「へぇ〜」」
「誰かさんと違って私は行動派ですから」
そう言って美月がイジワルな笑みを浮かべながら竜崎を見ると、彼は嫌そうに顔を引き攣らせた。
そんな竜崎を美月はジトッと睨む。
「……雅人。結衣と連絡先交換してるくせに一回も結衣に連絡してないんでしょ?」
「…………。」
「も〜、ちゃんと送らなきゃダメよ。結衣から連絡来るんじゃないか〜、なんて悠長な事考えてたら私みたいなタイプにすぐ取られちゃうんだから」
美月が呆れたように溜息をつくと、竜崎が何か言うよりも先に榛名と蒼真が食い付いてきた。
「は!? 連絡先交換してんの!?」
「初耳なんだけど!」
「してるのよ、私よりも先に」
「えぇ〜……」
「なんでそこまで出来てんのに進展してねぇの?」
今度は三人から呆れた視線を向けられて、竜崎は不貞腐れたように顔を逸らしながら呟いた。
「んなこと言ったって、何送ったらいいかもわかんねぇし……」
ムスッとしている竜崎に美月はまた溜息をつくと、そっと竜崎に体ごと向き直って言った。
「私は別に雅人を揶揄って言ってるわけじゃないの。
あのファンクラブの子達との一件以来、結衣が注目されるようになったのよ。
"あの可愛い子は誰だ?"って。」
「!」
美月の言葉に竜崎は驚いたように美月を見た。
美月は新しくスマホに通知の来たメッセージを開きながら言った。
「部活の子達経由で私に連絡が来るのよ。
"結衣は何年何組かー?"とか"名前はー?"とか尋ねてくる人もいれば、"連絡先知ってるか"って私に間を取り持ってもらおうとする人もいる」
ほら、と言って見せられた美月のスマホ画面には、新体操部のメッセージグループ内でのやり取り履歴。
そこには結衣の事について尋ねるメッセージが羅列されていた。
「……っ!」
「今は私のとこで止めてるから大丈夫だけど、いずれ結衣に接触してくる人も出てくると思うわ。
誰かに取られたくないのなら早めに行動しなさいっ!」
美月はそう言うと竜崎の肩をバシッと叩いた。
少し怒っているような彼女の表情に、竜崎は口をつぐんだ。
「まさかそんな事になってるとは……」
「今まで大人しくて目立たなかったから、みんな原石発見って感じなのかもなぁ〜」
美月の話を聞いて、蒼真と榛名は深く溜息をついた。
まさか自分達の知らないところでそんな動きがあったとは思わなかった。
確かに結衣は性格こそ控えめで大人しいが、蒼真や榛名から見ても顔が整っていて可愛いと思う。
読書をしている時の彼女はどちらかと言うと清楚で知的な印象を受け美人にも見えるが、微笑むとやはり可愛いという言葉が似合う。
もし彼女が美月の色に染まって美容に力を入れ始めたら更に人の目を引くほどの美少女に変貌する事だろう。
「今頃誰かに連絡先聞かれてるかもしれないわね」
「…………」
美月の言葉を受けて、竜崎は眉間に皺を寄せた。
嫉妬心と独占欲を隠す事なくあからさまに不機嫌になった竜崎に、三人はやれやれと首を振った。
* * * *
「遅くなってごめんなさいっ!」
図書室に着くと、同じ図書委員で一緒に当番をしている華菜に、結衣は頭を下げた。
すぐにカウンターの中に入って返却された本のチェックを始めていると、華菜が小さく笑った。
「そんなに慌てなくても大丈夫。」
「ごめんね……」
華菜に笑われて、結衣は少し恥ずかしそうに顔を俯かせた。
華菜は結衣と同じ中等部からの編入組で、その頃から一緒に図書委員をしている。
感情を顔に出さないタイプで無表情でいることが多いが、だからこそ彼女が笑った時の顔が特別に感じられて可愛らしい。
華菜とは一度も同じクラスになったこともないし、図書委員の仕事以外でほとんど接点もないのだが、それでも結衣は華菜と図書室で過ごすこの時間が好きだった。
「…………」
いつも通り返却された本のチェックと棚戻し、そして未返却の本の確認などを進めていると、結衣の横顔を静かに見つめていた華菜がそっと口を開いた。
「……ねぇ、結衣さん。」
「……?どうしたの、華菜ちゃん」
結衣が顔を上げて華菜を見ると、彼女は少し戸惑いながらもゆっくりと話し始めた。
「なんか最近、結衣さんのことを色んな人からよく聞かれるようになった。
……ほら、この間ファンクラブの子達と揉めてたでしょ?あの後くらいから。」
「……!」
結衣は華菜の言葉に目を見開いた。
まさかファンクラブの子達が自分の事を探っているのだろうか……。
「私は結衣さんの連絡先知らないから、聞かれても毎回そう答えてる。でも、なんか聞かれすぎて結衣さんに何かするんじゃないかって少し心配。」
そう言って心配そうにこちらを見ている華菜に、結衣はこの間の出来事を思い出して口をつぐんだ。
また、あんな事が起きるのだろうか……。
「……教えてくれてありがとう、華菜ちゃん」
結衣はそう言って華菜に微笑みかけた。
関係のない華菜を巻き込んでしまって申し訳ない。
結衣はこれ以上彼女を巻き込まないように、"私の連絡先を聞かれても今まで通り知らないと断り続けてほしい"と伝えると、華菜は神妙な面持ちで頷いてくれた。




