10
ゆっくりと目を開けると、視界に綺麗な髪が見えた。
「! 美月……」
美月は振り下ろされる筈だった女子生徒の手を掴んだまま、こちらを振り返ってニコッと微笑んでくれた。
「大丈夫?」
そっと優しく問いかけられて、結衣は目の前の状況に戸惑いながらもこくりと頷く。
美月はホッと息を吐くと、静かに話し始めた。
「……私ね、嫌な事言われたら笑って流しちゃえばいいって思ってた。
気にしてないフリして普通に接してたら、みんな勝手に諦めてくれてたから」
「――……っ」
「でも、私の事"友達だ"って言ってくれた結衣が私の為に戦ってくれてるの見てたら、それじゃダメだって気付いた」
美月はそう言うとパシン、と女子生徒の手を振り払った。
そして一歩踏み出して女子生徒の目の前に立ちはだかる。
近距離にある美月の怒った綺麗な顔に、真ん中の女子生徒はたじろいで一歩下がった。
「な、なによ……っ」
女子生徒が視線を泳がせながら言うと、美月は小さく口角を上げた。
「今日だけ貴女達と同じ土俵に立ってあげる」
美月は、そっと自分の顎に指を当てながら女子生徒三人を見て言った。
「前々から思ってたけど、私、貴女達のこと気に入らないって思ってたのよね。
蒼真くん達に金魚のフンみたいに付いてまわって陰口ばっかり叩いてさ。
三人から相手にもされてないくせに、蒼真くん達が何も言わないからってちょっと調子乗ってるんじゃない?」
美月がクスッと笑うと、女子生徒達の顔がみるみる赤くなっていった。
「貴女達には部を弁えてもらわなきゃね」
「〜〜〜〜ッ!」
怒りを隠すこともなく挑発するように笑みを浮かべながら言う美月に、三人は言い返すこともできず怒りに震えている。
そんな彼女達から美月はパッと離れると、突然結衣の手を掴んで引っ張った。
「っ!」
「逃げちゃえ〜!」
美月は、アハハッと笑いながら広い廊下を走り出した。
静まりかえっていた廊下に二人の足音が響き渡る。
「はっ!? ちょ、待ちなさいよっ!!」
後ろから女子生徒の声が聞こえるがそれを無視して二人で走り続けた。
ひたすら走って階段を駆け上がり二人で屋上に入ると、美月はすぐに扉をバタン、と閉めた。
荒れた呼吸を整えながら外の綺麗な空気を思い切り吸い込む。
「あ〜、スッキリしたぁ〜!」
美月はそう言いながら、大きく背伸びをした。
ずっと息苦しかった。
我慢することが強さだと思っていた。
でも、それは少し違う。
時には戦うことも必要なのだ。
「――……」
美月の綺麗な黒髪が風に揺られてサラサラと靡いている。
暖かい日差しと少し冷たい風が優しく頬を撫でた。
美月は、控えめに後ろに立っている結衣を、そっと振り返った。
「結衣、ありがとう……」
戦う勇気をくれてありがとう。
私を友達だと言ってくれてありがとう。
美月は、そっと微笑んで結衣を見つめた。
「……!」
突然お礼を言われて、結衣はキュッと口をつぐんだ。
私は何もしていない。
ただ美月に守られるように後ろに立っていて、でも彼女を守ろうと小さな抵抗をして叩かれそうになって……
そしてまた彼女に守られた。
物事を大きくしてしまったと罪悪感が湧き上がってくる。
それでも、目の前の美月は、とてもスッキリした顔をしていて、彼女に"ごめんね"という言葉を送るべきではないと分かった。
その言葉を言わないといけないのは、美月ではなく私の方。
「ありがとう、美月……」
結衣がそっとお礼を言うと、美月はまた綺麗に微笑んだ。
* * * *
「何なのアイツら!」
「マジ意味わかんないんだけど・・・!」
教室の前に取り残された女子生徒達が口々に言う中、人だかりの中からゆっくりとこちらに歩いてくる足音が聞こえてきた。
「あーあ、全部美月に言われちゃったな!」
「本当だね」
「「!!」」
聞こえてきた声に振り返ると、そこには三橋蒼真、榛名悠、竜崎雅人の姿があった。
「うそっ!」
「きゃあ!」
突然現れた三人に女子生徒達は手を取り合って黄色い声をあげる。
近距離で見る三人は本当に顔が整っていてかっこいい。
「…………」
竜崎は、黄色い声をあげる三人の女子生徒達に向かって歩いていくと、真ん中に立つ女子生徒の体を押して教室のドアに叩きつけた。
ガタンッという音が響き渡り、周囲から聞こえていた黄色い声が一瞬にして止まる。
「いった……っ」
叩きつけられた女子生徒が小さく呻き声をあげている。
「……えっ!?」
「大丈夫っ!?」
一拍遅れて慌てて駆け寄る取り巻きの二人。
竜崎は、痛みに顔を歪めている女子生徒に鋭い眼光を向けた。
「お前、清水を突き飛ばしたな?」
低く唸るような声が響き、女子生徒三人はビクッと肩を振るわせた。
ドアに突き飛ばされた女子生徒は、清水結衣を突き飛ばし頬を叩こうとした生徒だった。
「大丈夫?」
蒼真は女子生徒達を振り返ると、三人の前に屈んで優しく声をかけた。
すると、女子生徒が蒼真に縋るように手を伸ばしてきた。
「あ、蒼真くん……私……」
しかし、その手は蒼真の体に触れる前に彼の手によって払い除けられた。
ぱしん、という乾いた音が響く。
「え……」
驚いている女子生徒に、蒼真はまたニコッと微笑みかけると、ゆっくりと口を開いた。
「僕、あんまり女性に対して嫌な事言いたくないんだけどね、
……全部聞こえてたよ?
美月達に汚い言葉、使ってたよね?」
ニコニコと笑いながらも彼の背後にはドス黒いオーラが漂っている。
彼に縋りつこうとしていた女子生徒達は一瞬にして青ざめた。
何も言い返せず黙っていると、蒼真は小さく溜息をつきながら言った。
「今回はファンクラブがあるのを分かっていながら放置し続けていた僕たちにも非がある。
……なんで僕らなんかにそんなものがあるのか分からないけど、他の生徒に害をなすような事は今後一切やめてね。」
蒼真はそう言うと、ゆっくりと立ち上がって榛名と竜崎と共に女子生徒達を見下ろした。
「またこんな事をするようなら、僕がこの学園ごと潰すよ?」
「……っ、」
「覚悟してね。」
蒼真はそう言うと、ゆっくりと周りを見渡した。
この言葉は彼女達だけに言っているのではない。
蒼真と視線が合うと傍観していた人たちは慌てて顔を逸らした。
女子生徒三人が悪いだとか、美月が可哀想だとか囁く声も聞こえてくる。
それを聞いて竜崎は鼻で笑った。
「フン、傍観してただけの奴らがよく言う。」
「暫くは大人しくしといた方が身のためだぞ〜」
榛名はヘラヘラと笑いながら歩き出した。
それに合わせて竜崎と蒼真も歩き始める。
周りを囲んでいた生徒達は三人を避けるように廊下の端に捌けた。
それを気にする事なく歩き続ける。
――向かう先は屋上。
ガチャッ、と屋上の扉を開けると眩しいくらいの日差しの中、楽しそうに談笑している二人の綺麗な女子生徒がいた。
「!」
「あ、遅かったね、みんな!」
くるっと振り返った二人に、蒼真達はホッと息を吐いた。
こちらに笑顔を向けてくれている二人に歩み寄って行く。
「ジュース買ってきてくれた?」
「勿論買ってきたよ」
「ありがとう、蒼真くん」
美月は蒼真から飲み物を受け取ると嬉しそうに笑った。
蒼真と榛名が屋上の床に座って、売店で買ってきたパンを袋から取り出し始める。
「ほら」
結衣の目の前に缶ジュースが差し出された。
驚きながら顔を上げると、竜崎が結衣の隣に座りながらこちらにオレンジジュースを差し出していた。
「何飲むか分かんねぇから適当に買ってきた」
「いいの……?」
そっと確認するように尋ねると、竜崎が頷いた。
「……ありがとう」
結衣は小さく微笑みながらそれを受け取った。
「俺からはこれ!」
そう言って榛名は美月と結衣に売店で売られていたチョコクッキーを渡した。
透明の袋に入れられて可愛くリボンで結ばれている手作り感溢れるクッキー。
それを一袋ずつ手渡してくれた。
「食後のおやつな!」
そう言ってニッと笑った榛名に、美月と結衣は顔を見合わせると楽しそうに笑いながら榛名にお礼を言った。
青空の下、
円を描くように座って残り少ない休み時間を五人で満喫した――。




