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ヨクルと奇妙な森  作者: フオツグ
第七話

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雪の怒り

 暫く歩みを進めていると、妖霧が出てきた。


「何ですの……この霧……」


 公女は危険を察したのか、スラオシャの後ろにサッと隠れた。公女のことはスラオシャに任せておこう。

「異変か?」と俺はヨクルに尋ねる。ヨクルは「いえ、これは異形ですね」と冷静に分析した。

 ヨクルの言った通り、紫色の霧の向こうから複数の異形が姿を現した。


「ひいっ! 異形ですわ! おぞましい……!」


 公女が悲鳴を上げた。俺とスラオシャは剣を抜いて構えた。

 俺達が異形へと立ち向かう直前、冷たい風が吹き抜け、思わず目を瞑った。目を開くと、ヨクルが異形達を斬り伏せていた。異形の体が空中に霧散する。

 俺は目をぱちくりとさせた。


「早いな……?」

「異形の姿は公女様の目に毒ですからね」


 ヨクルの気取っているような言葉に、ぽ、と公女は頬を赤らめた。


「貴方、なかなかやりますわね! わたくしの騎士にしてやってもよくってよ!」

「それは光栄なことです。しかし、遠慮させて頂きます。僕はこの森に骨を埋めると決めていますから」

「どうしてこの場所に固執するんですの? ここはただ寒くて、何処までも真っ白で、何の面白味もありませんわ。まあ、異形が出ることだけは刺激的かもしれませんけれど?」


 その瞬間、森の気温が一気に下がった気がした。


「公女様、発言には気をつけた方がよろしいかと。森の雪達は全て聞いています」

「は? 突然、何ですの? 雪が話を聞いている訳ありませんわ。所詮、ただの雪ですもの」

「お静かに」


 ヨクルは被り物の口元に人差し指を当てた。


「雪達が怒っている」


 ざわり、と森が怪しげに鳴いた。

 妖霧は更に濃くなり、再び異形が現れる。


「また異形が……」

「ティリルさんはお二人のそばへ」


 俺は頷き、公女とスラオシャのそばに移動した。

 ヨクルはランプのついた杖を積雪に差し、銀色のベルを手に持った。


「『我が愛しき雪達よ、我に力を分け与えたまえ。銀鐘のヨクルの名において命じる』──凍結せよ(ザミェルザーチ)


 氷の針山が出現し、異形達の胴体を貫いた。

 いつ見ても、ヨクルの魔術には圧倒される。


「魔術ですわ……! 貴方、魔術師なんですの!?」


 公女は目を輝かせて、ヨクルに駆け寄った。


「ゲルセミお嬢様、危険です」


 スラオシャは公女の後を追った。

 俺は周囲を見回した。


「これだけ異形を倒したのに、まだ妖霧は晴れないのか……」

「来ますよ」


 霧の向こうから再び異形が現れる。


「さあ、フロスティ辺境伯? さっきの魔術を奴らにもう一度見せつけてやるのですわ!」


 公女は異形をビシリと指差した。


「魔術の乱発は身を滅ぼします。何度も使うものではありません」

「つまり、貴方が未熟ってことですの?」

「いえ、これは未熟と言うより、老化と言うべきですね」

「どちらでも構いませんわ、お・爺・様! 早く異形を倒しなさい! これは命令ですわ!」



 スラオシャは公女を守ることに専念し、俺とヨクルは手分けをして異形を倒していく。しかし、一向に異形の出現が止まらない。


「おかしいぞ……いつもなら、とっくに妖霧は収まってるはずだ!」


 俺は上がった息を整えながら言った。


「どうやら我々は雪達の怒りを買ってしまったようですね。こうなってしまっては、怒りが収まるまで耐える他ありません」


 ヨクルは冷静に言った。


「ど、どうして雪が異形をけしかけるんですの!? 雪は異形を追い払うんでしょう!?」


 公女が慌てたように叫んだ。


「雪に善悪はありませんよ。彼らの気分次第で、僕達はいくらでも遭難してしまう」


 ヨクルは徐ろに銀色のベルを手に取った。


「もう一度、魔術を……」


 俺はヨクルの鐘を見て、違和感を覚えた。磨き抜かれた銀色の鐘が鈍く光ったように見えたのだ。理由はわからないが、心がざわついた。

 ヨクルがハッと顔を上げた。


「ティリルさん!」


 ヨクルが俺に向かって叫ぶ。

 ヨクルの鐘に気を取られ、後ろから異形が迫

っているのに気づかなかった。

 剣が間に合わない──そのとき、手首を掴まれ、後ろに引っ張られた。え、と声が漏れた。

 気づいた時には、俺を引っ張った反動で、ヨクルが異形の前に躍り出ていた。


「──ヨクル!」


 異形の鉤爪がヨクルの頭を狙う。

 剣では受け止めきれず、かぼちゃ頭に異形の鉤爪が突き刺さった。

 ヨクルは剣を握り直し、異形に胴を横に斬り払った。

 かぼちゃの被り物は割れた箇所から徐々にひび割れていき、ヨクルの顔があらわになった。


「ヨクル……顔が……!」

「……、……」


 ヨクルは気まずそうに目を逸らした。

 彼の肌はとても青白くて、この世のものとは思えないほどだった。大きな紫色の瞳は瞳孔がない──いや、瞳孔が開き切っているからそう見えているみたいだ。顔全体を見ると、少々あどけない印象を受ける。


「一度、体制を立て直さねば……」


 ヨクルがよろよろと立ち上がった。

 そのとき、地面が大きく縦に揺れた。何事かと地面を見ると、大きな穴がぽっかりと開いていた。俺の体は一瞬で宙に投げ出された。

 大穴は俺とヨクル、公女とスラオシャ、そして、異形までも吸い込んだ。


「異界──」


 公女の悲鳴が響き渡る中、ヨクルの冷静な声が聞こえた。

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