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ヨクルと奇妙な森  作者: フオツグ
第七話

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銀色信仰

「お二人は何をしに森を通ろうと?」


 ヨクルが尋ねた。

 スラオシャは目を伏せて黙り込んだが、公女は「観光ですわ!」と元気よく答えた。


「観光ですか。わざわざ危険なこの森を通る必要はないように思えますが……」

「ここを通る方が早いんですもの。わざわざ迂回するなんて、暇人のすることですわ。わたくしは公女ですのよ。色々と忙しいんですの!」

「近道か否かは平面の地図ではわからないものですよ。起伏があったり、道が悪かったり、異形の遭遇したり……実際に歩いてみなければ」

「今のところ、脅すほどの危険は感じなくってよ。だってここ、何もありませんもの」

「何もない……? はて。目の前に広がっているではありませんか。地面を覆い尽くす、この雪が」

「雪は雪でしょう。それとも貴方、銀竜伝説を信じてますの? 銀竜が天へと昇り、雪を降らせて異形の湧き穴を塞いだって与太話」


 その銀竜伝説から生まれた銀竜騎士団の騎士がここにいるのだが、と俺は呆れた。


「銀竜なんて本当にいたのかしら? わたくし、一度も見たことがなくってよ」

「銀竜がいたかどうかは僕にもわかりませんが、雪が湧き穴を塞いだのは事実です」

「その話も何処まで信じて良いかしら。雪が湧き穴を塞いだなら、どうして異形が湧き出すんですの?」

「瘴気が地上に漏れ出て、形を成し、異形となるのです。地面を雪で覆ったとしても、少量の瘴気は漏れ出てしまうのですよ」

「だとしても、わたくし、雪は嫌いですわ。歩きにくいんですもの」

「それは暁光……雪達も喜ぶことでしょう」

「なんで喜ぶんですの? 歩きにくいって言ってるでしょうに」

「元々、この雪は人間の歩みを妨げるもの。雪達は、異形の歩みをも邪魔するとは思っていなかったんですね」

「……訳がわかりませんわ」


 公女は肩をすくめた。

 最後尾を歩いていて、気づいたことがある。ヨクルの足取りがいつもより重い。ただ公女達の歩みに合わせているだけではなさそうだ。

 俺はヨクルに近寄り、小声で耳打ちした。


「大丈夫か、ヨクル」

「何がです?」


 ヨクルは普段通りの声色で答えた。


「ハンドベルを払い落とされた時、落ち込んでいただろ?」

「……そう、見えましたか。銀色の鐘は僕の一部のようなものですから。傷つけられると、自分のことのように思えてしまって」


 古くからこの地では銀色の鐘の音が異形を除けてきた。ここに住む人たちにとって、生活に溶け込み、とても大切にされている。それを蔑ろにされたのだ。落ち込まないはずがない。


「ただのハンドベルでしょう?」


 公女が呆れたように言った。


「公女様にとってそうなんでしょう。しかし、我々にとっては、重要なものなんです。銀色の鐘、というのは。この地には銀色信仰が根強く残っていますから」

「銀色信仰? 銀竜信仰ではなくて?」

「はい。古来から、銀色には災いを避ける効果があると言われているのです。銀竜伝説もおそらくそこから来ているものだと思われます」

「色にそんな力があるとは思えませんけれど」

「色には力があるのですよ。赤は気分を昂らせ、青は頭を冷やし、緑は心を和らげ、銀は厄を退ける。旅をする時は、僕のように銀色の服を身にまとうことをお勧めします」

「貴方の服は銀色というよりは白色ではないかしら?」

「銀も白も同じでしょう」

「そこは適当なのか」


 俺は思わず口を挟んでしまった。


「ティリルさん、雪は何色に見えますか?」

「白じゃないか?」

「では、こう表されたこともあるのでは? この一面の雪景色を『銀世界』と」

「雪は銀色……なるほど、だから雪には異形の湧き穴を塞ぐ効果があるんだな……!」


 俺は感動するぐらい腑に落ちた。ずっと雪が物理的に湧き穴を塞いだと思っていたが、銀色が瘴気を祓っていたのだ。


「はあ……。本当に忘れ去られてしまったのですね……。寂しいものです」


 ヨクルはやれやれと首を横に振った。


「銀色って凄いんだな……。あ! もしかして、ヨクルの髪が銀色なのも、瘴気を祓うためか?」

「いえ、この髪は元々は金色だったのですが、いつの間にか銀色になっていました」

「き、金髪だったのか!?」


 俺は金髪のヨクルを想像してみたが、銀髪のヨクルを見慣れているからか違和感しかなかった。


「わたくし、銀髪は嫌いですわ。老人みたいですもの」


 公女は眉をしかめてそう言った。


「そう……ですか……」


 ヨクルは自身の髪を指でくるくるといじり、しゅんとしていた。


「……何故、フロスティ辺境伯は忘れ去られた知識を知っているのですか?」


 スラオシャが疑問を口にした。

 ヨクルはくすりと笑った。


「僕は古いものですから」


 ヨクルの知識が何処から来るのか、俺も考えたことがある。フロスティ邸には本があまりない。あっても辞書や医学書、料理本などだ。どれもかなり古い。

 ヨクルの話す内容から、魔術書や歴史書があって然るべきなのだが……。ヨクルの謎の知識は全て口で伝えられたものなのだろうか。

 まさか、ヨクルの一族は皆、筆不精だったり……? 筆まめな俺としてはゾッとする話だ。


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