銀色信仰
「お二人は何をしに森を通ろうと?」
ヨクルが尋ねた。
スラオシャは目を伏せて黙り込んだが、公女は「観光ですわ!」と元気よく答えた。
「観光ですか。わざわざ危険なこの森を通る必要はないように思えますが……」
「ここを通る方が早いんですもの。わざわざ迂回するなんて、暇人のすることですわ。わたくしは公女ですのよ。色々と忙しいんですの!」
「近道か否かは平面の地図ではわからないものですよ。起伏があったり、道が悪かったり、異形の遭遇したり……実際に歩いてみなければ」
「今のところ、脅すほどの危険は感じなくってよ。だってここ、何もありませんもの」
「何もない……? はて。目の前に広がっているではありませんか。地面を覆い尽くす、この雪が」
「雪は雪でしょう。それとも貴方、銀竜伝説を信じてますの? 銀竜が天へと昇り、雪を降らせて異形の湧き穴を塞いだって与太話」
その銀竜伝説から生まれた銀竜騎士団の騎士がここにいるのだが、と俺は呆れた。
「銀竜なんて本当にいたのかしら? わたくし、一度も見たことがなくってよ」
「銀竜がいたかどうかは僕にもわかりませんが、雪が湧き穴を塞いだのは事実です」
「その話も何処まで信じて良いかしら。雪が湧き穴を塞いだなら、どうして異形が湧き出すんですの?」
「瘴気が地上に漏れ出て、形を成し、異形となるのです。地面を雪で覆ったとしても、少量の瘴気は漏れ出てしまうのですよ」
「だとしても、わたくし、雪は嫌いですわ。歩きにくいんですもの」
「それは暁光……雪達も喜ぶことでしょう」
「なんで喜ぶんですの? 歩きにくいって言ってるでしょうに」
「元々、この雪は人間の歩みを妨げるもの。雪達は、異形の歩みをも邪魔するとは思っていなかったんですね」
「……訳がわかりませんわ」
公女は肩をすくめた。
最後尾を歩いていて、気づいたことがある。ヨクルの足取りがいつもより重い。ただ公女達の歩みに合わせているだけではなさそうだ。
俺はヨクルに近寄り、小声で耳打ちした。
「大丈夫か、ヨクル」
「何がです?」
ヨクルは普段通りの声色で答えた。
「ハンドベルを払い落とされた時、落ち込んでいただろ?」
「……そう、見えましたか。銀色の鐘は僕の一部のようなものですから。傷つけられると、自分のことのように思えてしまって」
古くからこの地では銀色の鐘の音が異形を除けてきた。ここに住む人たちにとって、生活に溶け込み、とても大切にされている。それを蔑ろにされたのだ。落ち込まないはずがない。
「ただのハンドベルでしょう?」
公女が呆れたように言った。
「公女様にとってそうなんでしょう。しかし、我々にとっては、重要なものなんです。銀色の鐘、というのは。この地には銀色信仰が根強く残っていますから」
「銀色信仰? 銀竜信仰ではなくて?」
「はい。古来から、銀色には災いを避ける効果があると言われているのです。銀竜伝説もおそらくそこから来ているものだと思われます」
「色にそんな力があるとは思えませんけれど」
「色には力があるのですよ。赤は気分を昂らせ、青は頭を冷やし、緑は心を和らげ、銀は厄を退ける。旅をする時は、僕のように銀色の服を身にまとうことをお勧めします」
「貴方の服は銀色というよりは白色ではないかしら?」
「銀も白も同じでしょう」
「そこは適当なのか」
俺は思わず口を挟んでしまった。
「ティリルさん、雪は何色に見えますか?」
「白じゃないか?」
「では、こう表されたこともあるのでは? この一面の雪景色を『銀世界』と」
「雪は銀色……なるほど、だから雪には異形の湧き穴を塞ぐ効果があるんだな……!」
俺は感動するぐらい腑に落ちた。ずっと雪が物理的に湧き穴を塞いだと思っていたが、銀色が瘴気を祓っていたのだ。
「はあ……。本当に忘れ去られてしまったのですね……。寂しいものです」
ヨクルはやれやれと首を横に振った。
「銀色って凄いんだな……。あ! もしかして、ヨクルの髪が銀色なのも、瘴気を祓うためか?」
「いえ、この髪は元々は金色だったのですが、いつの間にか銀色になっていました」
「き、金髪だったのか!?」
俺は金髪のヨクルを想像してみたが、銀髪のヨクルを見慣れているからか違和感しかなかった。
「わたくし、銀髪は嫌いですわ。老人みたいですもの」
公女は眉をしかめてそう言った。
「そう……ですか……」
ヨクルは自身の髪を指でくるくるといじり、しゅんとしていた。
「……何故、フロスティ辺境伯は忘れ去られた知識を知っているのですか?」
スラオシャが疑問を口にした。
ヨクルはくすりと笑った。
「僕は古いものですから」
ヨクルの知識が何処から来るのか、俺も考えたことがある。フロスティ邸には本があまりない。あっても辞書や医学書、料理本などだ。どれもかなり古い。
ヨクルの話す内容から、魔術書や歴史書があって然るべきなのだが……。ヨクルの謎の知識は全て口で伝えられたものなのだろうか。
まさか、ヨクルの一族は皆、筆不精だったり……? 筆まめな俺としてはゾッとする話だ。




