公女とその護衛
俺とヨクルは公女とその護衛騎士と共に奇妙な森へと入った。ヨクルが先頭を行き、俺が最後尾を歩く。
「何なんですの、あの村の方々! とても失礼でしたわ!」
公女は積雪を蹴りながら歩いていた。
ヨクルは軽く頭を下げた。
「申し訳ありません、公女様。普段は穏やかな方達なのですが、今日はどうやら気が立っているようでして」
──誰かさんのせいでな。
俺は心の中で悪態をついた。口に出してはいけないことぐらい俺もわかっている。
「貴方も貴方ですわ!」
公女はヨクルをビシリと指差した。
「平民相手に畏まるなんて何を考えてるんですの!? 身分を弁えなさい!」
上の立場の人間にその台詞を言う人、初めて見た。
ヨクルはまあまあ、と両の手のひらを上下させて公女を宥めた。
「身分は違えど同じ雪の上に立つ者ですから、礼節を持って接さなくては」
「ふんっ。とんだ臆病者ですわね。こんなにコケにされても、へこへこするしかないなんて。貴方、プライドはありませんの?」
「臆病者……。公女様の言う通りかもしれませんね。僕は誰も損なわずに済むのなら、プライドなどいりません」
「損なっていますわ! 威厳とか面目とか……そういうものが!」
「威厳? 面目? はは。公女様はユーモアに溢れていらっしゃる」
「馬鹿にしてますの!?」
「そんなまさか。威厳や面目は減るものではありません。減ったと感じたということは、元からそんなものはなかったのでしょう」
「そんなことありませんわ! ……きっと」
公女の声が尻すぼみになった。
「プライド、威厳、尊厳、面目……それらは脆く、簡単に崩れ去ってしまうもの。そんなものに縋って、一体何になるというのです?」
「辺境伯が言うセリフとは思えませんわね。爵位を剥奪されたとしても、同じことが言えるんですの?」
「ええ。その時が来ても言うでしょう。そもそも僕は高貴な生まれではありませんし……」
「そうなんですの?」
公女はきょとんとした。
「雪原を駆け回り、異形を狩っていたら、とある御方の目に留まったのです。元は誰とも知れぬ小さな雪でした」
「ご先祖様のことをそんな風に言ってはいけませんわ! 貴方のご先祖様は功績を上げたから、爵位を賜ったのですわ。高貴な血統じゃなくても、高潔な精神を持った方ではありませんの!」
「人間は血に精神が溶け込んでいるのですか?」
「違いますわ! 受け継いだ意志ってものがあるんですの!」
「公女様のお話は難しいですね」
ヨクルは首を傾げた。
ヨクルと公女が話している後ろで、俺と公女の騎士は二人を見守っていた。
「その銀竜のエンブレム……君は銀竜騎士団の者か?」
公女の騎士は俺の服にある銀竜のエンブレムを見て言った。
「はい。銀竜騎士団に所属している、ティルヴィングと申します」
俺は挨拶をした。
「俺はノルズリ公爵家騎士団のスラオシャだ。よろしく頼む」
スラオシャは挨拶を返した。
彼は俺のような一介の騎士と違って、美しい所作と身なりをしている。流石、公爵家の騎士だ。
ヨクルは良くも悪くも貴族っぽくないから、こんなに格差を感じたことはない。
「何故、銀竜騎士団がフロスティ辺境伯のところに?」
「銀竜騎士団とフロスティ家には縁があり、騎士を送る習わしがあるのだそうです」
「そうなのか」
スラオシャは淡白な返事を返した。それから、会話がぱったりと途切れた。俺は何か変なことを言ってしまったのではないかと不安になり、スラオシャの顔色を伺った。
スラオシャの髪は黒く、肌は日に焼けた色をしていた。雪の国ではあまり見ない風貌だ。
「スラオシャ様は雪のない国から来たんですか?」
「この身には異国の血が流れているが、生まれ育ったのは雪の国だ」
「そ、そうなんですか……」
更に気まずくなってしまった。
「ちょっと! わたくしの騎士に何か!?」
公女がズカズカとこちらに歩み寄り、俺をキッと睨みつけた。
「少し世間話をしていただけですよ」
俺はヘラヘラと笑って答えた。それが公女の気に障ったらしい。ビシ、と俺に指を突きつけた。
「スラオシャの外見について話していたの、聞こえましてよ! 貴方も異国の血を馬鹿にしているんですのね……!」
「そ、それは誤解です、公女様!」
俺は慌てて弁明した。
「ゲルセミお嬢様、ただ世間話をしていただけです。雪のない国から来たのかと」
スラオシャは俺を庇ってくれた。
公女は俺とスラオシャを疑うような目で交互に見た。
「雪のない国はどんなところなのかと気になって……。ヨクル──フロスティ辺境伯も気になりますよね?」
俺はヨクルに話を振ったあとで、はたと気づいた。
「あー……そういえば、辺境伯は暖かいところが苦手でしたね」
俺は誤魔化すように笑った。ヨクルは暖かいところになど興味ないだろう。
「僕は一度、雪のない地に行ったことがあります」
「えっ!?」
俺はあまりの驚きで大きな声を出してしまった。
「緑が生い茂り、小動物達が駆け回っていました。おっしゃる通り、僕は暑さに弱いので、直ぐに昏倒してしまいましたが」
「昏倒!?」
俺と公女の声が重なった。
「大丈夫でしたの!?」
「情けない話なのですが、皆に迷惑をかけてしまいました」
「そうではなくて、体は大丈夫かと聞いてるんですの!」
「ええ、ご覧の通り」
ヨクルは両手を広げて、無事をアピールした。
公女はホッとしてるようだった。それを見て、本当は優しい子なのかもしれない、と俺は思った。
「……まあ、良いですわ。わたくしの騎士を馬鹿にしたら許しませんから。よろしくて?」
「は、はい。肝に銘じておきます」
俺はこくこくと頷いた。
公女はフンッと鼻を鳴らし、前に向き直る。スラオシャもその後に続いた。




