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ヨクルと奇妙な森  作者: フオツグ
第七話

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公女とその護衛

 俺とヨクルは公女とその護衛騎士と共に奇妙な森へと入った。ヨクルが先頭を行き、俺が最後尾を歩く。


「何なんですの、あの村の方々! とても失礼でしたわ!」


 公女は積雪を蹴りながら歩いていた。

 ヨクルは軽く頭を下げた。


「申し訳ありません、公女様。普段は穏やかな方達なのですが、今日はどうやら気が立っているようでして」


──誰かさんのせいでな。

 俺は心の中で悪態をついた。口に出してはいけないことぐらい俺もわかっている。


「貴方も貴方ですわ!」


 公女はヨクルをビシリと指差した。


「平民相手に畏まるなんて何を考えてるんですの!? 身分を弁えなさい!」


 上の立場の人間にその台詞を言う人、初めて見た。

 ヨクルはまあまあ、と両の手のひらを上下させて公女を宥めた。


「身分は違えど同じ雪の上に立つ者ですから、礼節を持って接さなくては」

「ふんっ。とんだ臆病者ですわね。こんなにコケにされても、へこへこするしかないなんて。貴方、プライドはありませんの?」

「臆病者……。公女様の言う通りかもしれませんね。僕は誰も損なわずに済むのなら、プライドなどいりません」

「損なっていますわ! 威厳とか面目とか……そういうものが!」

「威厳? 面目? はは。公女様はユーモアに溢れていらっしゃる」

「馬鹿にしてますの!?」

「そんなまさか。威厳や面目は減るものではありません。減ったと感じたということは、元からそんなものはなかったのでしょう」

「そんなことありませんわ! ……きっと」


 公女の声が尻すぼみになった。


「プライド、威厳、尊厳、面目……それらは脆く、簡単に崩れ去ってしまうもの。そんなものに縋って、一体何になるというのです?」

「辺境伯が言うセリフとは思えませんわね。爵位を剥奪されたとしても、同じことが言えるんですの?」

「ええ。その時が来ても言うでしょう。そもそも僕は高貴な生まれではありませんし……」

「そうなんですの?」


 公女はきょとんとした。


「雪原を駆け回り、異形を狩っていたら、とある御方の目に留まったのです。元は誰とも知れぬ小さな雪でした」

「ご先祖様のことをそんな風に言ってはいけませんわ! 貴方のご先祖様は功績を上げたから、爵位を賜ったのですわ。高貴な血統じゃなくても、高潔な精神を持った方ではありませんの!」

「人間は血に精神が溶け込んでいるのですか?」

「違いますわ! 受け継いだ意志ってものがあるんですの!」

「公女様のお話は難しいですね」


 ヨクルは首を傾げた。

 ヨクルと公女が話している後ろで、俺と公女の騎士は二人を見守っていた。


「その銀竜のエンブレム……君は銀竜騎士団の者か?」


 公女の騎士は俺の服にある銀竜のエンブレムを見て言った。


「はい。銀竜騎士団に所属している、ティルヴィングと申します」


 俺は挨拶をした。


「俺はノルズリ公爵家騎士団のスラオシャだ。よろしく頼む」


 スラオシャは挨拶を返した。

 彼は俺のような一介の騎士と違って、美しい所作と身なりをしている。流石、公爵家の騎士だ。

 ヨクルは良くも悪くも貴族っぽくないから、こんなに格差を感じたことはない。


「何故、銀竜騎士団がフロスティ辺境伯のところに?」

「銀竜騎士団とフロスティ家には縁があり、騎士を送る習わしがあるのだそうです」

「そうなのか」


 スラオシャは淡白な返事を返した。それから、会話がぱったりと途切れた。俺は何か変なことを言ってしまったのではないかと不安になり、スラオシャの顔色を伺った。

 スラオシャの髪は黒く、肌は日に焼けた色をしていた。雪の国ではあまり見ない風貌だ。


「スラオシャ様は雪のない国から来たんですか?」

「この身には異国の血が流れているが、生まれ育ったのは雪の国だ」

「そ、そうなんですか……」


 更に気まずくなってしまった。


「ちょっと! わたくしの騎士に何か!?」


 公女がズカズカとこちらに歩み寄り、俺をキッと睨みつけた。


「少し世間話をしていただけですよ」


 俺はヘラヘラと笑って答えた。それが公女の気に障ったらしい。ビシ、と俺に指を突きつけた。


「スラオシャの外見について話していたの、聞こえましてよ! 貴方も異国の血を馬鹿にしているんですのね……!」

「そ、それは誤解です、公女様!」


 俺は慌てて弁明した。


「ゲルセミお嬢様、ただ世間話をしていただけです。雪のない国から来たのかと」


 スラオシャは俺を庇ってくれた。

 公女は俺とスラオシャを疑うような目で交互に見た。


「雪のない国はどんなところなのかと気になって……。ヨクル──フロスティ辺境伯も気になりますよね?」


 俺はヨクルに話を振ったあとで、はたと気づいた。


「あー……そういえば、辺境伯は暖かいところが苦手でしたね」


 俺は誤魔化すように笑った。ヨクルは暖かいところになど興味ないだろう。


「僕は一度、雪のない地に行ったことがあります」

「えっ!?」


 俺はあまりの驚きで大きな声を出してしまった。


「緑が生い茂り、小動物達が駆け回っていました。おっしゃる通り、僕は暑さに弱いので、直ぐに昏倒してしまいましたが」

「昏倒!?」


 俺と公女の声が重なった。


「大丈夫でしたの!?」

「情けない話なのですが、皆に迷惑をかけてしまいました」

「そうではなくて、体は大丈夫かと聞いてるんですの!」

「ええ、ご覧の通り」


 ヨクルは両手を広げて、無事をアピールした。

 公女はホッとしてるようだった。それを見て、本当は優しい子なのかもしれない、と俺は思った。


「……まあ、良いですわ。わたくしの騎士を馬鹿にしたら許しませんから。よろしくて?」

「は、はい。肝に銘じておきます」


 俺はこくこくと頷いた。

 公女はフンッと鼻を鳴らし、前に向き直る。スラオシャもその後に続いた。


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