来襲!我儘お嬢様!
ある日の昼。ガラガラドンが手紙を持って屋敷を訪れた。
「配達ありがとう、ガラガラドン。ホヴズさんによろしく伝えてくれ」
ヨクルは手紙を受け取り、ガラガラドンに雪玉をあげた。
ガラガラドンはヘッと鳴き、村へ戻っていった。
「またお客さんか?」
ヨクルの手元を覗き見ると、二つ折りにされた紙切れが握られていた。
「手紙というより……メモ?」
「ホヴズさんの急ぎの連絡ですね。封筒に入れる余裕もなかったようです」
ヨクルはメモを開いた。
「……ふむ」
「なんだって?」
「急遽、奇妙な森を通りたい人が村に現れたそうです。直ぐに村へ向かいましょう」
ヨクルはランプの杖を手に取り、屋敷を出た。俺もその後に続いた。
□
「いつまでわたくしの歩みを妨げるおつもりなのかしら!?」
静雪の村に着くと、甲高い声が響き渡っていた。
鐘塔の下に村の人達が集まっている。中心には見知らぬ二人組がいた。
一人は縦巻きにした金髪が特徴的な小柄な少女。
もう一人は剣を携えた褐色肌の青年だ。年は俺と同じくらいに見える。
「ですから、森は危険だと言っとりますでしょう。ヨクル様がお迎えに来るまでお待ち下さい」
村長が少女を宥めるように言った。
「その方が来たからって何なんですの? 所詮はただの森でしょう? 案内なんて必要ありませんわ!」
「何度も言いましたが、森には異形が出ますし、異変も起こるんです」
「異形か異変か知りませんけど、怖くありませんわ! わたくしには護衛の騎士がいますもの! わたくしの行手を阻むものは彼が排除してくれますわ! それとも、貴方がわたくしの障害となるおつもり!?」
「いえ、そんなことは……」
「……貴方、わたくしが誰か、わからないなんて言いませんわよね。このわたくしの歩みを妨げるなんて良い度胸ですわ! 良いから早くその者を連れてきなさい!」
少女は捲し立てるように叫んでいた。
一体なんなんだ、彼女は……。
「ティリルさん」
ヨクルは俺の服の袖を掴んで、くい、と引っ張った。
「どうした?」と俺は耳を寄せる。
「僕の耳が悪いんでしょうか。早口で全く聞き取れません。彼女は同じ言語で話しているんでしょうか」
「気持ちはわかるが……」
少女は非常に早口だ。それでいて甲高く、キンキンとしていて耳が痛い。耳が慣れていないと聞き取れないだろう。
ヨクルはいつものんびりと話す。そのせいか、静雪の村の人達の話し方ものんびりだ。それが村の美点でもあるのだが……。
二人は奇妙な森を通りたいみたいだ。なら、話をしない訳にもいかない。
「お待たせ致しました」
ヨクルは皆に声をかけた。ヨクルの姿を見た村長はホッとしたような顔をした。
「はあ……やっときたんですわね──ひっ! 異形ですわ! かぼちゃ頭の異形! スラオシャ、斬り伏せなさい!」
「はい。ゲルセミお嬢様」
少女に命令された青年は剣を抜いた。
俺は咄嗟に青年の前に立ちはだかった。
「待て待て! こちらは──」
「ヨクル・フロスティと申します。奇妙な森の案内人をしております」
ヨクルは胸に手を当て軽く礼をした。
「あ、貴方がフロスティ辺境伯……? なあんだ。どんなに偉い人かと思ったら、ただの変な人じゃありませんの」
少女は嘲るように笑った。
「ヨクル様になんて無礼な……!」と村人達は憤る。
「貴方達、こんな人を頼りにしてるんですの? わたくしよりもこの人を優先させるなんて、正に田舎者って感じですわね。まあ、構いませんわ。貴方、案内させてあげても良くってよ」
「痛み入ります、お嬢様」
ヨクルは再び礼をした。
「お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「呆れた! わたくしのことを知りませんの? わたくしはノルズリ公爵が娘、ゲルセミ・オーゾヴナ・ノルズリですわ!」
「の、ノルズリ公爵家だって!?」
俺は大きな声を出してしまった。
「ノルズリ公女様が何故ここに……?」
「ティリルさん、ご存じなんですか?」
ヨクルが首を傾げた。
我が国は四つの公爵家が牛耳っている。西のヴェストリ、東のアウストリ、南のスズリ、そして、北のノルズリ。この四つの家は『四大公爵家』と言われている。
「いや、なんでお前が知らないんだ。貴族だろう」
「すみません。奇妙な森からあまり出ないので世俗には疎く……」
「世俗どころの話じゃないぞ。雪の国の民なら知ってて当然だ」
俺は呆れてしまった。名前だけの辺境伯と聞いていたが、ここまで無知だとは思わなかった。
「その様子だと公爵が何なのかも知らなそうだな」
「僕が辺境伯となった時、身分制度について一通り学びました。正直に言うと、ほとんど覚えていませんが、辺境伯より公爵の方が位が高いことは知っています」
「し、心配だ……」
「人間の身分制度は複雑怪奇で……血というものが何より重んじられるのでしょう? どんなに能力が劣っていても、高貴な血に勝るものはないと。……理解に苦しみます」
「お前もフロスティ家の血を継いでるんだろ?」
「普通はそうなんでしょうがね」
ヨクルは深いため息をついた。
「僕の一族では、美しい見目と優れた魔術、その両方を持ち合わせている者が高貴だと考えられていました。血統など、評価に値しないものでした」
ヨクルが魔術に秀でているのはわかるが、美しい見目も? もしかして、かぼちゃの下はとんでもない美形なのでは……。それとも、昔はそうだったが、怪我を負ってしまい、それを隠すためにかぼちゃを被っているとか?
というか、ヨクルはフロスティ家の血を継いでいないのか?
「話は済みまして? 早く行きましょう」
公女がそう急かした。
「公女様、森に入る前に渡したい貰いたいものがあります。……ホヴズさん、例のものは用意してありますか?」
「はい。こちらに」
村長がヨクルに真新しいハンドベルを手渡した。
「ありがとうございます、公女様、これは異形除けのハンドベルです。お二人を守ってくれることでしょう」
「こんなもの、要りませんわ!」
公女はヨクルの手からハンドベルを払い落とした。
ヨクルはゆっくりと、ベルの落ちた方を見た。
「異形除けのベルを落とすなど罰当たりな!」
「ヨクル様のご厚意を無駄にするなんて!」
村人達の不満が一斉に爆発した。公女の無礼さに今まで我慢していたのだろう。
「な、何ですの、貴方達! ただのベルでしょう!?」
公女は尚も火に油を注ぎ続けた。
「──お静かに」
ヨクルの冷たい声が響き、村人と公女はぴたりと口論を止めた。声の方を見ると、ヨクルはしゃがみ込んで、ハンドベルを拾い上げていた。
村長がヨクルに歩み寄る。
「ヨクル様、そのベルはわしらが直しておきますんで……」
「これはもう、壊れて使い物になりません。僕がまた使えるようにしておきます」
ヨクルはハンドベルをコートのポケットに入れると立ち上がった。
「お騒がせしました、公女様。さあ、参りましょう」
「ヨクル様──!」村人達が不満の声を上げた。
ヨクルは落ち着いた様子で言った。
「皆さん、ここは矛を収めてくれませんか。謝罪は後日改めてさせて頂きますから」
「謝罪だなんてそんな……! ヨクル様は何も悪くありません!」
村人達はそうだそうだと同調する。
「ホヴズさん、ここはお任せしてよろしいですか?」
「ええ。任せといて下さい」
村長は村人達の方を向いた。
「皆の衆、ヨクル様の言う通りにするんじゃ。ヨクル様は争いごとを好まん」
ヨクルは公女の騎士に歩み寄り、別のハンドベルを手渡した。
「貴方にこれを渡しておきます。公女様から離れてはなりませんよ──彼女を守りたければね」
「わかりました」
公女の騎士は意外にも素直に受け取った。
「そんなの捨てて構いませんわ! 公女のわたくしが言ってるんですのよ!」
「身分など、この森では無意味ですよ。皆、平等に惑わせます。森へ入ったら直ぐにわかるでしょう」
ざわり、と森の木々が不気味に鳴いた。まるでヨクルの言葉を肯定しているようだった。




